【連載】ブルプリ/Stage09『決着』

  • blueprism09 2019/09/13 23:00

     明朝。
     武装もしないで小屋の前に立っていたアルトの前に、包帯の男が現れた。
    「父さん」
     アルトが話しかけると、包帯男は、ニンマリと笑う。
    「その紋様。魔弾は効いてるみたいだな」
     男は、息がかかりそうなくらいの至近距離に近づき、アルトのおとがいに手をかけた。
     アルトは目を潤ませて、熱い吐息を漏らす。それを見て、男は満足そうにした。
    「相変わらず可愛い仕草しやがって」
     男に触れられたところが熱を持つ。
     ひどく昂揚している自分に気付きたくなかった。アルトが少しだけ顔を歪ませた。
     その様子に気付くこともなく、男はアルトそっくりの声で含み笑いをして訊いてくる。
    「アルフレッドたちはどうした? お前を置いて逃げたのか?」
     男は慣れた手つきでアルトの服をはだけさせた。アルトは小さく震えて、されるがままにする。
     仕方ない。仕方ないんだ。
     アルトは自分に言い聞かせる。
     これは、自分の意志ではない。自分がしたいことじゃない。
    「父さん……」
     悪くない。
     自分は悪くない。
     アルフレッドに対する裏切りでもない。
     これは。
     仕方がないこと。
    「抱いて……」
     その言葉に興奮したのか、男は口づけてきた。
    「ん、」
     不思議と嫌でもない自分がいて、その自分がひどく汚れている感じがした。
     汚れている……?
     ふと、疑問に思う。
     何を今更。
     そんなのは知っている。判っている。
     ならば、何をそんなに嫌がっているのか。
     利用してやればいい。すべて。
     アルトは彼にきつく抱きついて、男の舌が口内に侵入してくるのを受け入れた。
     瞬間。
     隠蔽魔法を使って隠れていたアルフレッドが、アルトの脚ごと、男の脚を切り払った。
     両脚がなくなったことでバランスを崩したアルトは、しかしそれを覚悟していたようで、男の身体を思いっきり突き飛ばす。
    「ギャアアアアアッ!」
     男は絶叫してその場を転げ回った。
     アルフレッドは涙を拭いながら、男の腹を踏みつけた。ガボッと声を出して、男は転げ回るのをやめる。
    「姫はどこだ?」
     高い声を低くして、アルフレッドは男に訊く。
    「なんだ? リノエリアのこと追ってんのか?」
     チャキッ。
     アルフレッドはデスサイズの切っ先を男の首に押し当てた。
     切っ先を当てた部分の、男の白い包帯に血がかすかににじんだのを見て、アルフレッドはめまいを覚える。
     人間。
     こんな奴でも人間なんだ。
     血が通ってて、血液は赤くて、感情だって痛みだって感じる人間。
     ――そして、僕たちの父親。
     でも、認めない。
     お前だけは、許さない。
    「お前が喋っていいのは二つだけだ。姫の行方と、アルトの淫紋の解き方。さあ、言え!」
    「そんな風にしても、パパは殺せないだろ? なあ、アルフ――」
     男が名を言い切る前に、アルフレッドは彼の手の指を一本、反対方向に折る。絶叫が森にこだました。
     アルフレッドは、男の違う指に手を添える。男が小さく悲鳴を上げた。
    「言わなければ、一本一本の指を反対に折ってやるよ」
     冷たい光を宿した金色の瞳は、汚いものを見る目で男を睨みつけていた。
     恐怖の色をにじませる男の瞳は、金色ではない。アルフレッドはそれを見て、この男に似なくてよかった、と心底思った。
    「忘れるなよ。僕はお前に、何度もナイフを突き立てたんだ。お前なんか、殺そうと思えば殺せる。慈悲なんてない」
     口をしばらくもごもごさせた後、男は息せき切って話し出した。
    「言う、言いますっ。リノエリアはアゼルマイン城だ! 俺の雇い主は皇王のランダリル三世だよ! 魔術銃と魔弾はランダリル三世が用意してくれたんだ! アルトの紋様はどうやって解くのか俺にゃわからねえ! これでいいだろ?!」
     アルフレッドは冷めた目をして、父を蹴る。
     それから、横で自らの治癒を試みていたアルトを抱き上げると、ゲートを開いた。
    「ちょ、ちょっと待てよ! 俺は?!」
     助けろ。そういうことだろう。
     この森は魔獣は出ないが、猛獣はたくさんいる。血の匂いをさせていれば、きっと危ないだろう。
     仮にも自分たちの父親だ。脚を治してやってもいい。
     そんな風に一瞬思ったアルフレッドは、次の、男の言葉ですぐに考えを改めた。
    「生きている価値のねえガキどもが! いいから早く治せって言ってんだよ!」
     この男は、僕たちの父親だ。
     それは間違いない。
     だが、人間として尊敬できる部分はない。有り体に言えばクズだ。
     助ける価値などない。
     アルフレッドはそちらを見ずに言い捨てる。
    「知らないよ。勝手に野垂れ死んで」
     その言葉に、男は声を荒げた。
    「この恩知らずども! 育てて貰った恩を忘れたのか!」
     はっ。
     アルフレッドが息を吐く。
    「だから、情けでトドメは刺さないであげてるんだろ。あとはその、害虫並のしぶとさでなんとかしなよ」
     ゲートに入っていく瞬間、アルフレッドはもう一つだけ、と言い含める。
    「僕だけのことを言わせてもらえば、育ててくれたのは、ママとアルトだ。間違ってもお前じゃない」
     その言葉は静かだったが、怒りに満ちていた。
     アルフレッドは、自分の腕の中でぐったりしているアルトに少しだけ頬を寄せた。
     仮にも父親である存在のあんな言葉、アルトに聞かせたくなかった。
     そう思って、ゲートをくぐる。
    「ごめんね、アルト。また辛い思いさせたね」
     ゲートが完全に閉じる瞬間、双子は男の叫びを聞いた。
    「覚えてやがれ――――ッ!」

     ********

    「成功したか」
     双子の家に待機していたルアムは、双子がリビングに現れると、安堵の顔を見せた。
    「自分ごと脚を切断しろとか、まともな思考じゃない」
    「オレもそう思う。けど、やっぱあの男には効いたよ」
     アルトはアルフレッドの腕から離れて、ひょこひょこと歩き出した。両脚が痛むのだろう。
     ボトムの布は切れて、年端もいかない少年のような脚が見える。
     跡もなく、綺麗にくっついているようには見えるが、布の切れ方から察するに、脚は丸ごと吹っ飛ばしたのだろう。
     痛々しい。
     ルアムは顔をひきつらせた。
    「お前、脚は大丈夫なのか?」
     ルアムの問いに、アルトはうん、と答える。
    「オレの属性、水だから。回復は得意なんだ」
     そう言いながら歩くアルトに、アルフレッドが近づく。
    「まだ歩いちゃダメ。痛いでしょ」
     そう言って自分を抱き上げようとする弟を避けるアルト。その瞳は、少し濁って影を落としていた。
    「……アルト? なにかあったのか?」
     ルアムがアルトの肩に手を置いて、アルトと同じ視線まで腰を落とす。
     アルトはバツの悪い顔をしながら、別に……と言い、唇を拭った。
     途端、彼の大きな狐目から、ぼろっと大粒の涙がこぼれる。
     ルアムはぎょっとして、俯いたアルトを覗き込んだ。
    「おいっ。別にじゃないだろっ」
     その言葉にアルトは、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらルアムに抱きついた。ルアムが困惑しながら、アルトを抱きしめ返してアルフレッドを見る。
    「なにかあったのか?」
     訊いたのはアルフレッドに、だったが、アルトがぐすぐす言いながら答える。
    「キスされた」
    「……はっ?」
     ルアムの腰のあたりに顔をうずめたまま、ぽつりぽつりとアルトが答える。
    「オレ、最悪だ……。本当に、あの男に抱かれたいって思っちゃった……。囮のつもりだったのに……もう少しアルフレッドの攻撃が遅かったら、あの場で……」
     アルフレッドの顔色がさっと変わる。
     あれは演技じゃなかったのか。
     そう思うだけで辛かった。
     やっぱり、囮になんてしなければよかった。
     彼は複雑そうにすると、ルアムからアルトを引きはがして、強引に唇を奪った。それから、兄をぎゅっと抱きしめる。
    「キミは悪くない。悪くなんて、ないから」
     ルアムはそれを見ながら、二人の分のお茶を用意して、さあ、と言い、二人の注意をこちらに向かせた。
    「とにもかくにも、状況を聞こうか」

     ********

    「なるほど、理解した。しかし……」
     ルアムは顎に手を当てて考え込む。
    「アゼルマイン城か……。これはまた……」
     気難しそうな顔を歪めるルアムに、アルトが訊く。
    「父さんの雇い主はランダリル三世だって言ってた。リノの父親か?」
     その問いに、ルアムがいや、と答えた。
    「皇女殿下の弟君だ」
     想定外の答えに、双子が顔を見合わせる。
    「嘘でしょ? ランダリル三世は皇王だってパパは……」
    「もしかして、幼くして即位したとか、そういうアレか」
     いや。ルアムが答える。
    「ランダリル様は23歳だよ」
    「え、弟君でしょ?」
     アルフレッドの問いに、ルアムがああ、と答える。
    「リノエリア様は25歳。見た目が幼いのは、アルトと同じなんだ。バヨナだよ」
     それはそうとして。
    「私は、なぜお前たちとリノエリア様が一緒にいらっしゃったのか、そこから全然わからんのだが」
     ルアムのもっともな言葉に、アルトが答える。
    「アイツ、魔獣に殺されそうになったオレを助けてくれたんだ。で、そのお礼に一緒に暮らしてただけで」
     しかし、それは余計混乱を招いただけだったようで、ルアムははあ?と訊き返してきた。
    「助けてもらったから一緒に暮らすって、まったくもって意味が分からん。お前はアレか、竜宮城の亀か? だったら私も助けてやるから一緒に住め」
     思わずまくしたてるルアムにジトっとした視線を向けつつ、アルフレッドが言い返す。
    「家に帰りたくないって、姫が言ったの。そのためには何でもするって。当時は家出少年かなとも思ったし、じゃあ、一緒に暮らすかってなったんだ」
     うーむ……。
     ルアムが眉をひそめながら、とりあえずは分かった、と頷いた。
    「それはそうと、皇王にはお会いしないとならないだろう。アゼルマイン城にお戻りになったのなら、リノエリア様のことはともかくとして……。アルトの呪いを解く鍵は、皇王にあるのは確実だからな」
     その言葉に、双子は微妙な顔をした。
     アルトたちエジャン人の国『エジャール』と、リノエリアたちアゼル人の国『アゼルマイン』は長いこと戦争をしていた。
     優勢だった『アゼルマイン』から、何故か停戦申し出があり、一応の和平条約を結んだのは、双子が生まれる少し前だ。
     未だにエジャン人とアゼル人の仲は良好とは言えず、お互いの国に入ることはあまり良しとされていない。
     双子がマーキングしている場所も、エジャールか、エジャール近隣の共有森林区域だけだ。
    「取り敢えず行くしかないのは分かってるけどさ」
     アルフレッドが頭を抱える。
    「マーキングしてない土地には飛べないぞ。蒸気列車のチケットを取るにしても、まずは通行許可を取らないといけないし……」
     ルアムは、口々に言う双子をちらっと見たあと、一つだけ……とアルトに訊いた。
    「アルト。私と初めて会った時のことを覚えているか?」
     不思議そうな顔をしたアルトが、上目遣いでルアムを見る。
     覚えているか、も何もない。
     この、変人極まりないアゼル人は、アルトを見るなりすごい勢いで抱きついてきたのだ。
     インパクトが強すぎて、忘れようはずがない。
    「いきなり抱きついてきて、変な奴だなって思った」
     アルトの言葉に、ルアムはほんの一瞬戸惑ったあと、くすりと笑う。
    「そうだな。変な奴だよ、私は」
     そう言いながら、ルアムは目を細めて、テーブルの上の本を撫でた。しばらく表紙を撫で、息を大きく吐くと、アルトにその本を渡す。
    「これの印刷所前にマーキングしろ。そこはアゼルマインの城下町のはずだ」
     アルトは本を受け取り、まじまじとそれを見た。
     デザー・ミルフェの本。
     まだ読み終わってもいない新刊、しかも初版本だ。物質を触媒にして行うマーキングは、出来れば行いたくない。
     そして、気づいてしまった。
     いや、思い出した、のほうが正しい。
     この本は。
    「……でも、この本は……」
    「初版本が欲しいなら、後でくれてやる。優先順位を間違えるな」
     違うんだ。
     アルトが震える声で言う。
    「この、本、は」
     ぎゅっと本を抱きしめるアルト。
    「……気づかなきゃ……思い出さなきゃ、良かった」
     固く瞑った目から、ポロポロと雫が落ちる。
    「なんで今更、こんなの書くのさ……。馬鹿、みたい……」
     ポロッと落ちた涙が、ハードカバーの、タイトルの辺りにかかる。
     箔押しのタイトルが、雫を受けて光っていた。