【連載】ブルプリ/Stage04『皇女殿下』

  • BluePrism04 2019/07/26 23:00

    「今日はまた、どこに行くんですか?」
     双子に連れられたリノは、キョロキョロと辺りを見回した。
     森。
     森としか言いようがないこの場所は、置いていかれたら迷子になってしまいそうだ。
     確か、魔獣は出ない土地だったはずだが、それでも危険なことには変わりないし、それを犯してまで何かがある場所には思えない。
     だが。
    「あー。人に会いに?」
    「僕は会いたくないけどね」
     双子の言い方は少し億劫そうで、リノはこれ以上の詮索をよした。
     しばらく歩くと、アルフレッドがため息をつく。
    「あの小屋にマーキングさせてくれれば、歩かなくてすむのになー」
     彼らの住んでいる場所は異次元だ。
     こちらと行き来するにはゲートの固定が必要なわけだが、それには媒体に場所を覚え込ませる必要がある。その行為を『マーキング』という。
     ぷぅっと頬を膨らませる弟に、兄はえっ、と声を上げた。
    「俺、マーキングさせてもらってるけど? 歩かなくちゃって言ってたの、そういうことなのか?」
     む。
     アルフレッドの不機嫌さは更に度を増した。アルトを急いで抱き寄せ、頬に唇を寄せる。
    「ルアムめ、そういうことかー……! うかうかしてられないな」
    「?」
     不思議そうに見上げるアルトに、短く「一人で外出禁止」と言い、アルフレッドは先を歩く。
     だいたい予想がついたリノは、アルフレッドに心底同情して、彼についていった。
     歩いていると、噂の小屋は唐突に現れた。どうやら遮断魔術を掛けているようだ。
     近づいて視認できるということは、術式は簡単なものにしておいてあるのだろう。
     リノはちらりとアルトを見る。
     術の形式を見れば、だいたい術者を特定できる。リノはそういう教育をされていた。
     これはアルトが施術したものだ。
     では、この小屋の持ち主はこの双子か、彼らに縁のある者なのだろう。
     アルフレッドが小屋のドアをノックする。
    「開いてる」
     中から声が聞こえた。
     双子は顔を見合わせて頷き、リノを手招きしつつ中へ入った。
     中には、全身黒尽くめの、仏頂面をしたアゼル人の男性が一人いた。瞳こそ綺麗な碧だが、黒かがった藍色の髪も、黒い服装も重苦しくて、見ているこちらが息が詰まりそうだ。
     リノの知り合いに似ている気がするが、キャト族のアゼル人であるリノには、ドーグ族のアゼル人の顔はあまり見分けがつかない。多分、勘違いだろう。
     彼は初め、面倒くさそうにしていたが、アルフレッドの隣にいるアルトを見るなり、慌て始めた。
    「! アルトもいるならそう言ってくれ! お茶! お茶出すから!」
     モテるんだなあ。
     リノはそう思って、再びアルトを見る。
     一番面倒な精神構造の年齢で心の成長が止まっているアルトは、リノの目からは魅力的というより危なっかしく、そしてワガママに見えた。
     リノには、彼よりもアルフレッドの方が魅力的だ。
     もっとも、アルフレッドも充分ワガママに見えるが。
    「……ところで、その女の子は?」
     男性はお茶を用意しながら双子に訊く。
     その言葉に内心傷つきながらも、リノが自己紹介をした。
    「アルトさんとアルフレッドさんにお世話になっております、リノと申します。以後、お見知りおきを」
     丁寧にどうも。
     男性はそう言って、自己紹介を返す。
    「ルアム。訳あって家名は名乗ってない。よろしく」
     彼は握手の代わりに椅子に座るよう促した。
     三人が椅子に座ると、ルアムがグリーンティーと干菓子を振る舞う。
    「極東の島国のものですか。なんと味わい深い」
     リノが喜ぶと、彼を挟むように隣に座った双子が顔を見合わせた。
    「物知りなんだな」
    「前に『本で』見まして!」
     なぜだか『本で』と強調したリノが、ごまかし笑いのようなものを浮かべた。
    「それよりも、どうしてここへ来たんですか?」
     リノが言うと、ルアムがうむ、と頷いた。
    「アルフレッド。とうとう私にアルトを任せる気になったか?」
     あ、それはあり得ないし絶対にイヤ。
     そう言って干菓子をかじったアルフレッドは続ける。
    「この子に、僕たちのエンゲージリングと同じものを作って欲しい」
    「はあ?」
     リノとルアムが同時に返す。
    「えっ、えっ? ボク、結婚したいとは一言も……」
    「そ、そうだぞアルフレッド! お前、アルトがいながら、この娘にも手を出すのか?」
     見かねたアルトが、違う違うと言って、混乱する二人を制する。
    「『カルミナ鉱石』と『ブループリズム』で何か身につけられるものを作って欲しいんだよ。リノ一人でもビオトープとこっちを行き来できるようにさ」
     『カルミナ鉱石』は希少価値の高い金属で、その輝きや安定性から、エンゲージリングに使っているカップルが多い。
     『ブループリズム』はこの世界ではかなり希少な宝石で、高値で取引されるものだ。希少価値が高く、安定した高価格のため、一部の富豪や王族などがこぞって買い集める代物でもある。
     だが、何故かこの二つはビオトープにも存在しており、故に、ゲートをこじ開ける媒体として利用できるのだ。
    「カルミナ鉱石はともかくとして、ブループリズム持ってるのか? 最近は本当に手に入らんぞ、あれ」
     ルアムがグリーンティーを飲んだ。渋い顔は、お茶が渋いからではないだろう。
    「お前たち、ビオトープ掘るのか? スコップかなんかで?」
     アルトがアルフレッドに視線を投げる。
     アルフレッドがペロッと舌を出して笑った。
    「考えてなかった」
    「えー。マジかよ……。丸投げした俺も悪いけど、それはないわ」
     スコップで掘るとしたら何年かかるかなあ。
     ボヤくアルトに、リノがポケットからきらびやかな指輪を出した。それは明らかにリノのサイズではなく、親か兄姉のものだろうと思われた。
    「これ、その二つ使われてませんか?」
     ルアムはちょっと拝見、と指輪を受け取る。
     真ん中に施されている、蒼く偏光する大きな石はブループリズムで、様々な大きさのダイヤを埋め込んである台座は、黄金色のカルミナ鉱石だった。
    「わ、私、こんな大きさのブループリズム、ほとんど見たことないぞ……」
     呆然とするルアムの独り言に、双子が思わず指輪を覗き込んだ。
    「えっ、ホンモノ?」
    「うわ、すごいな!」
     その時、台座の裏に彫られているものに気づいたルアムは、さっと顔色を変えた。
     ルアムは神妙な面持ちで、リノに指輪を返し、その場に跪く。
    「ご機嫌麗しゅうございます、リノエリア皇女殿下」
     双子は目を丸くして、再び顔を見合わせる。
     しばしの沈黙が場を支配したが……
    「えええええ?!」
    「ウソでしょ?!」
     絶叫が部屋の空気を切り裂いた。
    「民間の方にこの指輪を見られても、見抜けはしないと思っていたのですが……ごめんなさい、見くびっていましたね」
     リノが指輪をしまいながら困ったように笑う。
    「いえ。普通の民間人ならわからないでしょう。騎士団員に知り合いがおりまして、誇らしげにその指輪を見せてくれたことがありますので知っていたまでです」
     リノが、未だに跪くルアムに手を差し伸べた。
    「取り敢えず、顔を上げてください。私、そんなふうに、こうべを垂れて頂くような存在ではないと自覚しております」
     すっかり置いてきぼりを食らった双子は、ぽかんとしたまま動かなかった……否、動けなかった。
     気づいたリノが、申し訳なさそうに言った。
    「ごめんなさい、隠してて」
    「可愛いから姫って呼んでたけど、まさか本当にお姫さまだったなんて……」
     アルフレッドがそう言いながら、自分を落ち着かせるために、冷めたグリーンティーを口にする。
    「うわあ、もう冷たいや」
    「それはすまなかったな。淹れ直してくるから待っていてくれ」
     ルアムはそう言って、トレイにカップを載せ、キッチンに向かう。
     キッチンに立ったルアムを見送ると、リノはため息をついた。
    「ずっと隠し通せるとは思ってなかったんですけど、バレてスッキリしたのと、申し訳ないのと、半々ですね」
    「ビックリしたぞ。全く……。なんだってお前、そんな……」
     アルトが言いかけたその時、キッチンから大きな物音が聞こえた。
    「ルアム? どうし――」
     アルトの問いは、
    「アルト、アルフレッド! 今すぐ彼女を連れて逃げろ!」
     ルアムの絶叫でかき消された。
     ただ事ではない。確信した双子は武装した。
    「お前はここにいろ」
    「何かあったら逃げるんだ、いいね?」
     二人はリノに言い聞かせてキッチンに向かう。
     キッチンには、見知らぬ、包帯で顔を隠した男に羽交い締めにされているルアムが居た。
    「馬鹿者ども! なぜ逃げないんだ!」
     アルフレッドは、その言葉を無視して、鋭い視線を男に投げた。デスサイズの切っ先を男の首元に置くオマケ付きで。
    「僕の親友を離してもらおうか」
     男はそれに動じず、ルアムに向けていた銃を何故か、アルトに向けた。
    「え……?」
     パンッ。
     乾いた音と同時にアルトが倒れる。
     倒れたアルトの脇腹から、ジワリと血が滲んできていた。
    「アルトっ!」
    「形勢逆転だな、アルフレッド」
     その声は、アルトにそっくりな低い声だった。
     アルフレッドは知っていた。
     もう一人の、この声の持ち主を。
    「おま、え……?」
     嘘だ。
     信じない。
     あり得ない。
     これは悪い夢。
     ならば、早く覚めてくれ!
    「パパ、だろう? なあ、我が息子よ」
     包帯男は、高らかに笑う。
    「旅の資金が尽きていたところに、美味しい話が転がり込んだと思ったらよお! まさか、リノエリアとお前らが一緒にいたとはなあ!」
     下卑た笑いは、あの頃の父親と変わっていない。
     アルフレッドは怒りと絶望でどうにかなりそうだった。
    「さあ、アルフレッド。大好きなお兄ちゃんを殺されたくなかったら、リノエリアを渡し――」
    「待ちなさい」
     凛とした声が響く。
    「その方々にそれ以上の無礼、なりません」
     リノは足音を響かせて、包帯男の前に立った。
    「私ならここにいます。貴方の主人が誰かは存じませんが、この身でよろしければ、要求に応じましょう」
     アルトのほうからは、リノの表情は窺い知ることができなかった。
     だが、いつもふわふわと揺れている髪が、ひどく跳ねている。
     前にアルトが聞いたところによれば、アゼル人の髪は感情によって変化するそうだ。
     怖いのかもしれない。
     アルトはそんなことを、傷口を抑えながら思う。
     痛みは勿論ある。
     だが、それ以上に、傷から溢れてくる生暖かい液体がアルトの手を濡らし、彼から考える能力を奪っていく。
     いつもそうだ。俺はうかつすぎる。
     そんな思いがぐるぐる回る。
     リノはちらっと双子を確認し、それから、男に向き直った。
    「さあ、彼らを解放なさい。さもなくば――」
     シャトレイン・チェインに繋いでいた小柄を自らの喉に押し当てるリノ。
     切っ先が彼の肌を傷つけたのだろう。つ、と紅い雫が喉を伝う。
    「貴方は依頼を達成できないことになりますよ?」
     包帯男は舌打ちしてルアムを横になぎ倒し、リノの手首を握りしめた。
     男は銃の中身の切り替えを行うと、その銃で煙幕を張る。
    「ごめんなさい……」
     リノの声が聞こえた気がしたが、煙が晴れたとき、二人の姿はなかった。
     ルアムが急いで立ち上がり、周りを確認する。
     それから、
    「しっかりしろ、アルトっ。今、止血を……」
     倒れているアルトに駆け寄って、処置を始めた。
    「……」
     虚ろな目をして、しばらく何かを呟いていたアルフレッドだったが、
    「あああああ――――ッ!」
     やがて喉を反らして、声の限り叫んだ。
     混濁した意識の中、その叫びを聞いたアルトは、届く筈もない手をアルフレッドの方に伸ばす。
     大丈夫だ。俺は、ここにいる。お前を、守る。
     思いは声にならず。
     そこで彼の意識は途絶えた。