【連載】ブルプリ/Stage03『それは愛と呼んでもいい』

  • BluePrism03 2019/07/19 23:00

     無事に家を拡張し、リノの部屋を作ることに成功した双子は、ベッドルームでくつろいでいた。
     リノは自分の部屋が気に入ったようで、片付けや模様替えにあくせくしているようだ。ベッドルームの外から忙しない音が聞こえてくる。
     そんな彼を可愛いな、と思いつつ、アルフレッドは隣に座るアルトに話しかけた。
    「デザー・ミルフェの本、面白い?」
    「ん」
     本を夢中で読んでいるアルトの気のない返事に、アルフレッドは目を細める。
     ぺら、と音がして、ページが捲られる。辞書を引きながらでないと読めないアルトには、ページ捲りの動作が多い。
    「僕、姫の部屋行こうかなあ」
    「ああ、いいんじゃないか?」
     その言葉に、アルフレッドは眉を上げた。
     彼は静かに立ち上がると、アルトから本を取り上げる。
     なんてわがままだ。自分でやっていながら、その行為に吐き気を催す。しかし、止められそうになかった。
    「ねえ。キミはもう、嫉妬もしないんだね」
     元々は高い声を、低く低く抑えて、絞り出すように言葉を発する。
    「それとも……僕のことは、やっぱり」
    「……あまり変なことを言うなよ」
     アルトは弟を睨んだ。
     本を取り上げたからだ。思って、アルフレッドは本を返そうとする。
    「違う。今、その本はいらない。怒ってるのは、お前の考えに、だ」
     立ち上がったアルトは、アルフレッドの頬に触れた。
     アルトが細めた目は冷たい光を放っていて、アルフレッドは思わず目を背けそうになる。
    「言おうか? お前が――」
    「――っ!」
     アルフレッドは兄の手を振り払って、目を瞑り、耳を塞いでベッドに座り込んだ。
     その言葉は聞きたくない。そんな、ウソの言葉は。
     その様子を見て、アルトはため息をついた。そして、彼の腕を持って言う。
    「お前、いつまで逃げるんだ? 自分からは追いかけてくるくせに」
     アルフレッドは絞り出すように、震える声で必死に言葉を紡ぐ。
    「……キミには……、わからないよ」
     瞑った目の端には、涙のようなものが浮かぶ。弱音を吐くのは、アルフレッドには珍しかった。
    「じゃあ、俺の気持ちは? 考えたことあるのか?」
     その言葉に、アルフレッドが目を開いた。
     その目に映ったのは、寂しそうな顔をしたアルトだった。
    「自分の気持ち嘘だって言われて、言葉に出すことすら許されないってどんなに辛いか、考えたことあるか?」
     アルトは、アルフレッドのことを愛してはいない。
     だが、好きだ。大切だ。
     側にいたいし、繋がりたいし、身体を重ねることだってやぶさかではない。
     それは『愛』でないことは、痛いほどよくわかっている。感情には嘘をつけない。
     しかし、この感情を表す名前がないなら。
     それは『愛』と言ってもいいのではないだろうか。
     いつもは気難しそうな顔をしているアルトが、少しだけ笑う。
    「誰がなんと言おうと、お前がどう思おうと。お前のことは好きだし、大切だよ」
     アルフレッドはその言葉を何度も聞いた。
     そして、幾度となく突っぱねた。
     『愛』という感情は、アルトにはない。魔法使いになるときに、触媒として使われたはずだから。
     けれど、今日はなぜか、彼の言葉が胸に滲みた。理解できそうな気がした。
     昨日、デザー・ミルフェの物語を語ったアルトの瞳が、あんなにキラキラしていたのも関係あるのかもしれない。
     アルフレッドが、自分が手に持っている本の表紙を見る。
     デザー・ミルフェの書く話は、恋人同士の話だとアルトは言っていた。
     それをステキだと思う彼の感情を信じたかった。
    「愛してるって……言ってくれない?」
     アルフレッドの口から溢れた声は柔らかく、しかし震えていた。
     『愛』を失ったアルトは、決して口にしてくれなかった『愛』が、今だけは聞きたいと思った。
     アルトはアルフレッドの頭を撫でて、ぎゅっと抱きしめる。
     いつものことだが、アルトは柔らかくて、シトラスの香りとともに、子ども特有のいい匂いがした。
    「愛してるよ」
     低く響く声。
     この言葉を紡ぐその声は、聞いたことがなかった。
     アルフレッドの目から、涙が一筋だけこぼれた。彼は気付かれないようにそっと手で拭う。
    「本に夢中でゴメンな。読書中は割と素っ気ない自覚あるから、迷惑かけっぱなしだよな」
     頭を撫でる手は小さくて温かかった。
     この手は、自分が守ってきた手だ。
     それが今、自分を撫でてくれるまでに成長するなんて。
     アルフレッドはなんだか複雑に思う。
     あの頃と同じ大きさの手に、僕は撫でられている。
     ああ、でもそれが、なんて心地よくて、安心できるんだろう。
    「べ、別にっ。読書の邪魔しちゃって、しかもなんか変な嫉妬までしてて、なんか、……なんか」
     だんだん小さくなる声に、アルトは頭を撫でることをやめた。
     ふうっとため息をついて、しばらく考える。
     そして、アルフレッドの額を指で小突く。
    「お前って、ほんっと馬鹿だよな!」
    「な、なにを」
     額を抑えるアルフレッドに、アルトはビシッと言う。
    「どうせ、デザー・ミルフェになりたかったとか、デザー・ミルフェに嫉妬したりとか、そーゆーアレだろ!」
     図星だ。アルフレッドが声を喉をつまらせる。
     でも、こんなことをアルトに知られたくはなかった。
     そう思い、アルトから目をそらそうとするところに、追い打ちがかかる。
    「俺はな! ルアムにあんなに言い寄られても、お前を選んでここに住んでるようなヤツだぞ!」
     ルアムとは、双子の共通の知り合いだ。
     アルトのことをいたく気に入っていて猛アタックをかけている男で、ことあるごとに一緒に住まないかという誘いを持ちかけてくる。
     その度、アルフレッドはヒヤヒヤしながら見守っているのだが、そういえばアルトはいつも丁重に断っていた。
     アルフレッドは、ビオトープにしか住めない自分を心配しているだけ、と思っていたのだが……。
    「……本当に……僕のことを好きでいてくれたんだ……?」
    「そうだぞ! 少しは信頼しろ! それから、自分に自信持て!」
     アルトはそこまで言うと、頬を少し赤くした。
    「『愛情』をなくした俺をオトした男なんだぞ、お前」
     アルトは言い終わるやいなや、アルフレッドから本を奪い取ってベッドに腰掛け読み始めた。
     その頬は赤いままで、本は逆さまだが。
    「あの、アルトくん……?」
     アルフレッドは、少し離れて隣に座るアルトに話しかけた。
    「異言は認めん。あと、俺は読書に忙しい」
    「逆さま。本」
     指摘されて、本を逆に持っていたことに気づいたアルトは大慌てで持ち替えた。
     その様子を見て、思わずアルフレッドは微笑む。
    「アルトさーん、アルフレッドさーん! お茶淹れましたからお茶にしましょうー!」
     リノの声が廊下から聞こえた。
    「今行くー!」
     双子は声を揃えて返事をして、顔を見合わせて笑う。
     それは幸福な午後だった。