【小説】オリジナル/R刻/Rの刻印『過去の因縁』(パイロット版)

20XX年、4月8日。
K市内、ノヴァアカデミー・校門前。
「リノ、アルト、メル。ついたぞ」
車を運転していたアイダが3人に呼びかけた。
「お、サンキューっす」
「ありがとう、アイダさん」
「いってきまーす!」
3人が口々に言って、車から降りる。
「ああ、気をつけてな。帰りも迎えに来るか?」
アイダの提案に、ノヴァアカデミーの男子制服に身を包んだアルトが笑う。
「アイダさん、会長の仕事、放っておくなよな。大丈夫、帰れるから」
「そうか。また近いうちに様子を見に来るからな。リノを頼んだぞ」
「あいあいさー」
アルトの気楽そうな返事に、にっ、と笑い、アイダは車を走らせて行った。
「しっかし、高校かー。久々でなんか緊張する」
ふー、と肩を回しながらアルトが言うと、メルがしっぽ毛をぶんぶん振りながら、
「あたしは楽しみ。友達100人出来るかな?」
と言い、にっこり笑った。
その一歩後ろで、リノが緊張した面持ちで首元のジャボをいじりながら建物を見上げている。
「これが……ガッコウ……」
彼は学校を見るのが初めてだった。
不思議そうにしていると、メルがいつの間にか後ろに回って、リノを押す。
「さあさ、リノ。入るよ~」
「え、え? ちょっと待って、心の準備が……」
「大丈夫、怖くなんてないから~」
アルトは先に校門の中に入った2人を見て、急いで追いかけた。

********

1-A、教室。
3人は、アイダの計らいで、同じクラスになっていた。
一番出席番号の若いリノは、廊下側の一番前に座り、周りをきょろきょろと見回している。
そんな様子を見て、ラストナンバーのアルトがくっくっく、と笑った。
「諸君、入学おめでとう。私はパワー実技の教科担当で担任の、木更津(キサラズ)という者だ。諸君はこれから、ノヴァアカデミーを通してパワーの扱い方を学び……」
担任のキサラズが挨拶を始めたその時、リノの近くにあったドアがガラッと音がして開いた。
「スミマセン、1階と2階、間違えました!」
テノールボイスに、キサラズが怒鳴り返す。
「いいからさっさと席に着け! 全く、たるんでいるぞ。遅刻1回にカウントする! 名前は!」
声の主は一歩教室に入り、頭を掻きながら
「鷹崎アルフレッド(タカサキ・アルフレッド)です」
と言い、教室を見渡した。
濃紫のサラサラした髪、右目が濃紺、左がエメラルド。
「……!」
それはあまりにもアルトに似すぎていて、教室中の視線がアルトとアルフレッドをさ迷う。
「どういうこと?」
「……双子?」
「いや、双子って同じクラスには配置されないよ」
「じゃあ、なんなの?」
ざわつく教室に、キサラズが活を入れる。
「静粛に! タカサキ、早く席に着け!」
「はい」
と、彼が席に着く前に、リノと目が合ったらしい。リノに、にこっと無邪気な笑顔を返して、席に着いた。
アルトは必死で頭を活性化させた。
何か……。何か、サクラさんかアイダさんは言っていなかったか? 何か……。
しかし、何も思い浮かばない。
だが、偶然ではないはずだ。アルトの髪の毛の色は地の色だ。勿論、瞳の色も。遺伝子操作された結果、髪の毛の色はこうなり、瞳の色は鮮やかになったと後で知ったが。
(……単に染めててカラコンなだけか?)
その時唐突に、サクラが研究所で放った一言を思い出した。
『Rシリーズで現存しているのは、R1-A……リノと、R2-D……アルフレッド。この個体の現在の行方は結局判らなかったが……』
『R2-D……アルフレッド』
「あぁぁぁぁ!? あ、あ、あーるつーでぃー!?」
アルトが立ち上がり、人差し指つきで叫んだ。アルフレッドが「OK」の文字を手で示して、にこっと笑いかける。
そこに。

カツン!

「あいたっ!」
「キサマッ! 私の話を聞いてるのか、ええっ!? えーっと、簗橋有都(ヤナハシ・アルト)!」
チョークつきで、キサラズの怒号が飛んできた。
「スミマセン、聞いてなかったっす!」
アルトの素直な申告に、教室中が爆笑の渦に包まれた。
「ヤナハシとタカサキ、あとで居残れ――――ッ!」
再び、キサラズの怒号が飛んだ。
「あたし、知ーらない。知ーらないっと」
メルが机に突っ伏した。

********

「失礼しましたー」
「失礼しましたーっ」
アルトとアルフレッドが職員室から出てきた。
入学早々、職員室に呼ばれるヤツはそうはいないぞ、喜べ!とキサラズには言われたが、全然嬉しくない。
職員室の外には、リノが待っていた。
「あれ、メルは?」
アルトが言うと、リノが「お昼ご飯の準備に先帰っちゃった」と言い、首を傾げる。
ん、判った。
アルトがリノの頭を撫でた。
リノとアルトには実に10cmの身長差があったが、今はそれも過去の話。アルトは、いつの間にかリノと同じくらいか、ちょっと大きいくらいに背が伸びていた。正直、ここの制服だって2回作り直している。サクラにも、笑いながら「給料泥棒だ」と言われたものだ。そのアルトと、アルフレッドは同じ背格好だ。双子のような近い存在なんだろう。
「えっと、アルフレッドくん、だっけ?」
リノがアルフレッドのほうを見て首を傾げた。
「久しぶり、R1」
「もう。ボクはR1って名前じゃないよ。今は入生田璃乃(イイダ・リノ)って言うんだ」
「そっか。ごめんよ、リノ」
これ、お詫びの印。
アルフレッドはそう言って、リノの瞼にキスをした。リノはしばらくぽかんとしていたが、やがて口を押さえて、その場から逃げるように走り去って行った。
「リノッ? ……おい、タカサキ!!」
アルトが彼の胸倉をつかんだ。
「何?」
彼は冷めた笑いをアルトに返す。さっきまでの彼とは別人のような笑いに、アルトが激昂して、殴りかかろうとする。
「『許可してない』よ?」
刹那、アルトの身体が強張った。
「やだなぁ、ヤナハシくん。ほんの挨拶じゃないか。それとも、リノはキミのものなの?」
アルトが声を出そうとするが、声も出ない。
「……今日はこの辺で『許可する』よ。そのほうが」
アルフレッドが残酷な笑みを浮かべ、何かを唇だけで言うが、アルトには判らなかった。ただ、それに恐怖を覚えた自分がいるのだけは判った。
「リノはきっと驚いちゃったんだね、僕がいきなりキスしたから。ふふっ。意味はないよ、って伝えておいてよ。じゃあね、また明日」
彼はそう言って、アルトの肩にぽん、と手を置いてから、にっこり笑って去っていった。その時初めて、アルトは自分が動けることに気がついたのだった。
「……そうだ。リノ! リノ、どこだ!?」
アルトが走り出す。校庭に出て、先ほど式典のあった講堂へ差し掛かると、講堂の脇の水飲み場で、鏡を見つめているリノがいた。
「リノ!」
呼び声に少し怯える彼に駆け寄る。
「あ、アルト……? アルト、だよね?」
「どうしたんだよ、急に」
すると、リノは少し考えて、うん、と言い、笑顔を作った。
「なんでもないよ、ちょっと驚いちゃっただけ」
しかし、その笑顔は
「リノ」
一目見て判るくらい、無理矢理な笑顔だった。
「何考えてる」
アルトが声のトーンをひときわ落として訊いた。
「キミのことだよ。キミとの別れを思い出して、泣いちゃったんだ。ごめん」
アルトは言っていない。「何で泣いている?」とは。
まぁ、いい。そういうことにしとくよ。
アルトはそう言って踵を返し、無言で歩き出した。それに従い、リノもつかず離れずついてくる。
それがアルトには酷く辛かった。突き放せたら、どんなに楽か。リノを置いて帰ってしまおうかとも思った。だけど、やっぱりリノのことは好きで。大好きで。愛してるって言っても過言じゃなくて。
学校からの坂道を下りきって、公園に差し掛かったところで、アルトはリノを抱き寄せ、アルフレッドがしたようにリノの瞼に口付けた。
「あ、アルト……ッ?」
「愛してる。誰よりも」
自分の頬が真っ赤になっていくのを感じたが、それ以上に、何か見栄みたいなものがあった。
「……でも、悪い。オレ、今はきっと、優しく出来ない」
「うん、それでいいよ。構わない。ボクが悪いんだから」
そんなことねーよ。踵を返して、再びマンションへと歩き出す。
春風が、やたらと寒く感じた。

********

次の日からは、ノヴァアカデミーではもう、通常授業だった。
この学校では、パワーユーザーはパワーの使い方、研究志願者はその研究の仕方を学ばせるので、授業数が足りないのが理由だ。
「1-Aはパワーユーザー学部だ。よって、今日から、パワー実技がある。昼休みが終わった後、伝導体スーツに着替えて体育館に集合!」
担任・キサラズにそう言われ、クラスは一旦昼休み解散した。
「アルト、リノ、お弁当作ってきたよ! ご飯食べよ!」
「わーい! メルちゃんのお料理大好き!」
「おっ、メル、準備いいなぁ。つーことは、今日はサクラさんも愛妻弁当か」
「まだ奥さんじゃないけどねー」
3人が机を動かして向き合い、お弁当を広げはじめた。
「わっ、タコさんだ! 可愛い~」
「ウィンナーだよ」
「ホントだ! おいしー! ボク、ウィンナー大好き!」
そこに、アルトの後ろからアルフレッドが近づいてきた。
「いいなぁ、混ぜてよ。あ、1個貰っていい?」
と、彼がアルトの弁当箱から、シュウマイを摘んで口に放り込んだ。
「あっ、タカサキ、テメェ! シュウマイ好物なのに!」
アルフレッドはその言葉も我関せず、といった調子で、リノとメルの間に椅子を持ってきて座った。
「おいしいね。これ、どこの冷凍食品?」
「冷食じゃないよ。あたしが作ったの!」
メルが、ない胸を張ると、アルフレッドはふーん、とにこにこしながらノリ弁を広げた。
「えーっと、なんていうんだっけ。僕はタカサキ・アルフレッド。アル、って呼んでよ」
「岬萌楼(ミサキ・メル)。よろしく~、アルくん!」
「メルちゃんか。可愛い名前だね。ねぇ、今度、僕にもお弁当作ってきてよ。材料費くらいは払うからさ」
「そんなにシュウマイおいしかった?」
メルがにこにこして訊くと、アルフレッドはうん、とっても!と笑い返してノリ弁を食べ始めた。
「僕、片親でさ。母さんは作る暇ないから、これからも買い弁になりそうなんだ。メルちゃんのシュウマイ、おいしいから毎日でもいいな」
「嬉しい。他に食べたいのある? あたしの分とそっちのおかず、よかったら交換しよっか」
「わぁ、いいの? サンキュー! じゃあ、その菜の花のわさび和えと、こっちのブロッコリーサラダ交換しようよ」
メルがいいよ、と菜の花のわさび和えをアルミカップごと差し出した。アルフレッドがそれとブロッコリーサラダのカップを交換して渡す。
その時、アルフレッドはちらっとアルトの顔を見て、またあの嫌な笑いを浮かべた。まるで、メルは味方に付けた、と言っているようだった。
アルトは何か言おうと思ったが、リノとメルにはあの笑いが悟られていないことに気がついて、気のせいか、と思うことにした。
しかし、引っかかる。何故、アルフレッドは自分に嫌味な態度をとるんだろう。
「ん? アルト、菜の花嫌い?」
苦々しい表情をしていたアルトに、リノが話しかけた。
「ん、ああ、あんま好きじゃねーな、確かに」
「じゃ、ボクのシュウマイと交換する?」
「あ、ああ」
交換してもらったリノは、嬉しそうに菜の花をほおばって、ご飯をぱくっと食べた。そんな様子を見て、可愛いなぁ、と思う。すると、アルフレッドが口を開いた。
「ははっ。リノは相変わらず可愛いなぁ。女の子みたいだ」
「もう。ボクは男の子だよ」
「判ってるよ、大丈夫」
パックのお茶をストローで飲みつつ、アルフレッドが訂正する。ところで、とまた彼が口を開くのに、それほど時間はかからなかった。
「3人は今、どうしてるの? まさか、研究所から通ってるわけじゃないだろ?」
「あたしたち、今、とある研究員のヒトのマンションで暮らしてるの」
答えたのはメルだった。
「えー、3人一緒か。いいなー」
アルフレッドが頬を膨らませた。
「僕なんか、つい先日まで父さんの事情でA国ぐらしだよ。言葉は通じないし、嫌になっちゃった」
「あれ、さっき、片親って言ってなかったっけ?」
「うん、父さんが亡くなったから、ニホンに戻ってきたんだ。名前だってさ、父さんがA国のヒトだから、アルフレッドだよ。ニホンらしい名前にして欲しかったよ、ホント」
でも。
「アルト、とかはごめんだけどね」
そう呟いて残酷な笑いを浮かべた彼に、誰も気がつかなかった。

********

「イイダ、前に出ろ!」
キサラズの指示で、伝導体スーツに身を包んだリノが、緊張した面持ちで前に出た。
「イイダ、パワーの使い方は理解出来ているか?」
キサラズが訊いてきた。アイダの計らいで、どの生徒が研究所に所属していたかは、学校のトップシークレットになっており、キサラズのような末端の教師には伝えられていないことだった。
「はい、大体は」
リノが答えると、そうか、という返事と共に、体育座りしているアルトの頭上に声が振ってきた。
「ヤナハシ! お前、ちょっと相手してもらえ」
「は、はぁ!? オレが?」
敵うわけないじゃん、と言いたいが、言えないのがもどかしい。
仕方なしに彼がリノの前に立つと、リノが苦笑いをした。
「アルト、手加減するから。ね?」
「うるせー。手加減されたって負けるに決まってるだろ」
「始め!」
思い直し、先手必勝、とばかりにバーストを放つアルト。しかし、リノはシールドを張って、軽く受け流し、もう一段階、アルトの近くにシールドを張った。その勢いで、アルトが体育館に描いてある線の外側に飛ばされた。
「そこまで! ふむ……。イイダ、お前、なかなか出来るじゃないか。戻ってよし」
「アルト、ごめんね!」
リノが彼に謝り、線の外側に出て、ちょこん、と体育座りをした。
「じゃ、ヤナハシ。外見そっくりなタカサキとの勝負はどうだ?」
「もう勘弁してくださいよ。これ以上負けたくないっすよ」
アルトが言うと、キサラズは豪快に笑った。
「だが、この対決、見たがってるヤツが多いんじゃないか? おい、タカサキとヤナハシの勝負見たいヤツ、手を上げろ!」
すると、なんと、クラスのほぼ全員が手を上げた。面白がっているのか、メルまで手を上げている。
「メル~……! 後で覚えていやがれ!」
「決まりだな。おい、タカサキ!」
アルフレッドが立ち上がり、前に出る。
「負けないよ、ヤナハシくん」
「チクショウ、もうどうとでもなれ!」
「始め!」
アルフレッドが走り出して、バーストをコブシに纏った。アルトも、それを相殺させるため、バーストを纏い、アルフレッドに向かって1つ打ち出す。が、アルフレッドの狙いは、アルトのバーストボムを減らすことだったらしい。それをコブシで相殺して、そのまま、アルトの攻撃範囲内に入り、彼にしか聞こえないようにポツリ、と呟く。
「『許可してない』よ」
まただ。
聞いた瞬間、またアルトは動けなくなった。これは、何かの力なんだろう。声も出ない。
アルフレッドの瞳に、光が集まっていき、大きなバーストを纏ったコブシが、アルトのみぞおちに入った。

ダンッ!!

体育館の壁に派手にぶつかり、アルトはぐったりと倒れこんだ。
「アルト!!」
リノが立ち上がり、慌てて彼の側に行くが、彼は気を失っていた。血を吐いたらしく、近くに血の塊がある。
「……やりすぎたかな」
アルフレッドが肩をすくめた。
「おい! 誰か、キュア使えるヤツいないか! ヤナハシにキュアかけてやれ! それから、保健室に連れて行け!」
「僕が、キュアかけて保健室連れて行きます。先生は授業の続きをなさってください」
アルフレッドはそう言うと、アルトに素早くキュアをかけ、保健室へと運ぶため、彼を背負い、歩き出す。
校舎の中に入ると、アルフレッドの背後で目覚めたような気配があり、彼はアルトに話しかけた。
「ごめんね、ヤナハシくん。さすがにやりすぎたよ」
「ん……。大丈夫だ……」
「血、吐いたみたいだけど、本当に大丈夫?」
「確かに口の中、血の味がする……」
まさか、防御しないとは思わなかったんだ。
アルフレッドが言うと、背中のアルトが決まり悪そうな声で
「ちげーよ。しないんじゃなくて、出来ねーの」
と訂正した。
「え?」
「オレ、バースト以外、出来ねーんだ」
「……よく、ここの学校、受かったね」
うるせぇ。それよりも……
「『許可してない』ってなに? あれもお前の力なわけ?」
アルフレッドはその質問には答えなかった。
「そうだ。後でお詫びしたいから、リノと一緒に屋上に来てよ」
「は? オレはともかく、何でリノなわけ?」
「リノも傷ついただろうからね。きちんと誤解を解いておかないと。しかし、ヤナハシくんって軽いね。体重、何kg?」
軽いね、と言われて、少し恥ずかしくなったアルトは、背中で暴れ始めた。
「も、もういい。降りる!」
「遠慮しなくていいんだよ」
「遠慮なんかしてねぇよ!」
慌ててアルフレッドの背中から降り、肩で息をするアルト。その顔は羞恥心からか真っ赤だった。
アルフレッドがにっこりと笑う。
「ヤナハシくん、可愛いなぁ。見た目、僕と同じなのにね」
「うるせぇなっ。ほら、戻るぞ!」
「え、保健室行かなくていいの?」
「お前といると調子狂うんだよ!」
体育館のほうに歩き出したアルトを目で追い、アルフレッドは、調子が狂う……ね。と呟いた。

********

基本的に、屋上は立ち入り禁止になっている。が、まだ学生手帳も支給されていないアルトは知る由もなく、リノを連れて屋上へのドアをくぐった。
「あれ、いない……」
誰もいないのを見て、リノが呟く。
刹那。

タンッ!

空からアルフレッドが降りてきて、リノの後ろに立ち、その首を締め上げた。
「!」
リノの悲鳴で、アルトは後ろを振り向いた。
「リノ。キミ、ホントに兵器として育てられてたの? 後ろ、がら空きだよ」
見ると、アルフレッドがにっこり笑いながら、片手にバーストボムを作っている。
「リノ!」
「離し、て……!」
「動くことなんか『許可してない』よ」
彼の言葉に、途端に、リノの身体が硬直する。
「ヤナハシくん。それ以上動いたら、リノがどうなるか……判ってるでしょ?」
「タカサキ! お前、何考えてるんだ!」
アルフレッドがくすっ、と笑う。残酷な笑みだった。
「キミにリノを渡すくらいだったら、僕の手で殺す。それまでだよ、『R2-D』」
「……な、に?」
アルトが訊き返すと、リノの瞳から涙が溢れた。
「やめ……て、言わ、ないで……」
「あれ? 僕の『否定形(ネガティブ・フォーム)』を受けて、反抗できるヒトなんか初めて見たよ。やっぱり、リノは特別なんだね。でも、『許可してない』んだよ」
リノの瞳から、生気が消えた。
「二重にしたら、さすがのキミでも動けないはずだ。……さて、本題に移ろうか、R2-D」
「オレはR2-Lのはずだ」
アルトが言うと、はっ、とアルフレッドが鼻で笑う。
「僕がR2-Lだよ。本物の。そして、リノの愛した。……ね」
昔話をしてあげよう。
そう言って、アルフレッドが語りだした。
「R2シリーズは僕とキミだけが残され、他は廃棄された。僕はオーラが特殊なために。キミはバーストのオーラウェーブに特化していたために。僕たちは一卵性双生児よりも近しい存在で、キミのほうが若干年上でもあるが、キミはなぜか3歳になっても言葉を喋ることがなく、絵ばっかりを描いて過ごしていた。そんなキミを見かねて、研究所ではキミを廃棄する計画も持ち上がったほどだ。それに反対したのが、今の僕の家族、タカサキ家だった。キミは、タカサキ家に引き取られるはずだった」
しかし、引き取りの数週間前、悲劇は起こる。
「キミは突然喋れるようになった。タカサキ夫婦も他の研究員も、それを見て、僕とキミの見分けがつかなくなり、夫婦は僕を引き取っていったんだ。僕も小さかったから、訳が判らなかったことも悲劇を加速させる要因だった。でも、僕はお別れのときに、リノの瞼にキスをしたんだ。『大好きだよ』って言って。……僕とリノは心のそこから信じ合っていた。愛し合っていた。それなのに」
アルフレッドがアルトを睨みつけた。尖っていて、今にも切れそうなほどの目の光が痛い。
「キミが、僕からリノを奪った。やっと、リノを見つけたと思ったのに。やっと、リノと共に過ごせると思ったのに……!」
リノ、『許可する』よ。
彼が言うと、リノの呪縛が解けた。
「選ぶんだ、リノ。僕と共に生きるか、R2-Dと共に死ぬか」
「……アルフレッドくん……」
「選ぶんだ、リノ。キミが僕を選べば、悪いようにはしないよ」
リノはしばらく迷い、下を向いていたが、顔を上げて、アルフレッドに抱き付いた。
「……あーるつー、える……」
「ありがとう、僕を……」
「ごめん、R2-L……」
リノは彼から離れ、アルトのほうへ歩み寄った。
「……昨日、キスされた瞬間、判ったんだ。キミがボクの好きだった人なんだろうな、って。でも、アルトはボクを選んでくれたんだ。今のボクも、アルトを選んだんだ。お願い、アルトを傷つけないで……」
アルフレッドが唇を噛み、2人を睨みつけた。
「……なら、死ね! 僕のものにならないリノなんて、必要ない!」
「いい加減にしろ!」
飛びかかってきた彼の攻撃を受け流したのは、リノの前に出たアルトだった。
「うるさい! 『許可してない』!」
アルフレッドの言葉は届かなかったのか、なおも攻撃を続けるアルフレッドに、形勢逆転の一撃を加えたアルトは、石の床に突っ伏した彼を見下げた。
「リノはお前のものなのか? ああ!? 違うだろ、リノは『リノのもの』だ」
お前の話を聞いて判ったよ。
「リノが好きだったのは、お前1人でも、オレ1人でもない。オレたち2人だったんだ。きっと、幼かったリノは、平等に愛してくれてた」
アルトがアルフレッドに手を差し伸べた。
「オレ1人がリノに接触しちゃって悪かったな。お前の気持ちは何となく理解できるよ。オレがお前の立場でも、きっとお前を恨んでたと思う。でも、オレたちが争うことは、リノは決して望んでいない」
「……」
「リノには手、出すな。オレにはいくらでもちょっかい出していいから。ただ、それをする度に、リノから遠ざかること、忘れんなよ」
まだ手をとらない、アルフレッドの強情さに負けて、アルトが手を引っ込め、大きく伸びをした。
「リノ、帰ろう」
「…………うん」
その時初めて、アルフレッドが声を上げた。
「ヤナハシくん、1つ聞かせて欲しい……」
アルトが振り返り、何だ?と訊き返す。
「何故、僕の『否定形』が効かなかったんだ?」
簡単さ。
アルトが自分の耳を指差して、いたずらっ子ぽく笑う。
「耳の中に、シールドを張ったんだ」
「……!? キミは、バーストしか使えないって……」
「人間、追い詰められると出来るもんなんだよな。知らなかったよ、オレ自身も」
アルフレッドが立ち上がって、2人を見た。制服はぼろぼろになり、着用にはもう耐えられそうにもなかった。
「タカサキ。『否定形』のことは、ちゃんとキサラズ先生に話しとけよ。じゃあ、オレたち帰るから……」
「アルフレッドくん……。ごめんね……」
アルトが屋上の扉を閉めると、アルフレッドの押し殺した嗚咽が、扉の向こうから聞こえた。
リノが複雑そうな表情をする。
「どうした?」
「……ボクさえいなければ、アルトとアルフレッドくんが行き違うこともなかったのに……」
アルトはしばらく無言で階段を降り続けたが、1階につくや否や、後ろから来たリノの頬を両手でぐいーっと引っ張った。
「ふへ?」
「そんなこと言うなよ。次言ったら、怒るからな。お前は、オレにとっても、タカサキにとっても、救いだったんだ」
まだ無言のリノに、アルトがため息1つ。
「そんなこと言ったら、お前に心底惚れてるオレたちはどうなるんだよ。可哀想すぎだろ。だから、そんなこと言うな」
彼はそう言って踵を返し、アルフレッドのことを思いながら歩き出した。

********

翌日。
「スミマセン、遅れました!」
アルフレッドが、ジャージ姿で教室のドアを開けた。
「キサマッ! タカサキ・アルフレッド!! 制服はどうした!?」
「スミマセン! 昨日、ウチのマンションの階段から転げ落ちて、ぼろぼろになったので、作り直しです! 1週間かかるそうです!」
アルトがあーあー、と言って、頭を抱えた。
……そうだ。攻撃した時、あいつの制服、ぼろぼろになってたっけ。
やべーな、弁償かな。でも、今、バイトしてないしな。サクラさんに泣きつくか? また「給料泥棒」って笑いながら言いそうだな。
アルフレッドがテレパシーを使ったのか、指でOKを作った。そんなことは心配しなくても大丈夫だよ、という意味らしい。
「何をヘラヘラ笑っとるか! 今日は遅刻1.5回にしておくからな!」
「ええーっ! 先生、勘弁してくださいよ!」
「とにかく、HRは終わってるから、待機してろ! あとで職員室に来るように!」
そう言って、キサラズが教室から出て行った。
アルフレッドは自分の席に着かず、まっすぐにアルトの側に来た。
「?」
「アルトくん、昨日はごめん」
「いや、オレじゃなくて、リノに謝れって」
「アルトくんにも謝んなくちゃって思って」
「呼び捨てでいいよ。つか、くん付け、気持ちわりぃからやめろ」
「だって、僕より年上だし。いいじゃん。ねぇ、仲良くしよーよ」
仲良くするのはいいけど、くん付けだけは嫌だっての。
アルトが言うと、アルフレッドがにっこり笑う。
「ちなみに、リノのことはまだ好きでいるからね」
「おう、別にいいぜ。それはお前の自由だからな」
「リノがいずれ僕を選んだとしても?」
「ああ、恨みっこなしだぜ。……でも」
オレを選ぶに決まってるけどな。
そう言って、アルトがBadサインをした。
「よし、受けて立つよ」
アルフレッドが笑う。
アルトは、なんだかんだで、コイツとはいい友達になれそうだな、と思い、にっと笑い返した。