【小説】オリジナル/R刻番外編/少しずつ……


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えーっと、えっとね。
リノがわたわたして、説明する相手は、自身の最愛の人、アルト。
「色々なものが百エンで買えてね、とっても楽しいところってメルちゃんが言ってたの」
ああ、百エンショップね。
説明を受けながら、アルトが思う。
「千エンをね、サクラさんからお小遣いとしてもらったの。アルトも一緒に行こうよ、ね?」
この前、『買う』という行為について、リノに説明したばかりだ。お金を支払って品物を受け取ること、と辞書には載っていた。お金、という概念も彼にはなかったが、物を交換できる価値のあるもの、と説明したら、なんとか判ってくれた。しょっちゅう辞書は引きたくないから、こうやって物分かりがいいと助かる。
話を元に戻そう。
要するに、リノは百均に行きたいのだ。確かに、色々と面白いところだし、お金の使いかたも勉強できる。これは絶好のチャンスだろう。
アルトがリノの白い手袋と白いファーの上着を彼に投げ、自身も黒いジャケットを着た。
「判った。ショッピングモールにでかいのあったから、行こう」
かくして、二人はマンションを後にしたのだった。
外はからっと晴れていて、突き刺す寒さはあるものの、空気が綺麗で気持ちがいい。この辺は、山や森を切り開いて出来た閑静な住宅街で、その分、空気が都会よりも澄んでいる。アルトが以前住んでいたところなど、交通の便が多少いいだけで、空気の汚さといったらなかった。幼馴染のあずさなど、その空気にやられて、公害病の喘息を発症したほどだ。まぁ、彼女のことはおいておくとして、外を知らなかったリノには、この程度の環境が望ましいに違いない。
この坂の下にある、『坂ノ下リーベ』は、ここら辺有数のショッピングモールだ。ちなみに、坂の下にあるからではなく、サカノシタ、という地名らしい。アルトも最初は突っ込みたかったのを我慢していたが、初めからそういう地名だったのを知って、突っ込まなくてよかった、と胸を撫で下ろした。地名は、ここの土地を管理していた坂下、という地主に由来するそうで、なんでも、県内有数の大富豪だったらしい。詳しいことは、まだここに住み始めて間もないアルトにはよく判らない。
『坂ノ下リーベ』に入って、百均がある、二階のフロアに行こうとして、アルトがエスカレーターの段をまたぐと、リノが続いて恐る恐る飛び乗った。それを目にして、アルトがやばい、といった顔をした。
……そうか、エスカレーター初めてだったな。
だが、運動神経がいいリノは、降りるときもすんなりと降りて、アルトの後ろをついて歩く。アルトがほっとして前を向きなおし、リノの手を引っ張って歩き始めた。
程なくして、百均に到着。買い物カゴを持ってやると、リノがぽち袋をごそごそして、アルトに中身を見せた。
「こんな紙一枚なの。これ、センエン?」
紛れもない、ニホン国の千エンだ。偽札でなければ、の話だが。
「それ、千エンだから。なくすなよ」
「うん、判った。で、これで十個、モノが買えるの?」
「残念だな。ニホンでは消費税が5%つくから、九個」
リノが不思議そうな顔をして、首を傾げた。そんな顔をされても、アルトは辞書じゃないから、正確な答えを返せない。
「要するに、百エンのモノを買うのに、プラス五エンかかるんだ」
「えーっ、なんでー? 百は百でしょ? 百五じゃないでしょ?」
ゴメン、オレは辞書じゃない。頼むからそんなに批難しないでくれ。
言いたかったが、彼にも罪はないので黙っておいた。
色々見て回ろうとしていたリノを、これ必要だろ、と財布のコーナーに連れて行く。
「えっと、なんで?」
「お金入れるのに」
「お金のケース?」
「そんなとこ」
ふーん、いっぱいあるねー。
リノがアルトと財布を交互に見比べた。
「アルトはどんなの使ってるの?」
「ん? この前、蓬田財閥が回収したのを取り戻したから、こんなのだけど。お前のイメージとはあわねーよな」
アルトが見せた財布は、黒い革財布で、シルバーの飾りがついているものだった。
「自分で作ったんだ、これ。体験教室やってて」
「へぇ、アルトは凄いなぁ。ボクにも作ってよ」
お前に似合うのは作れそうにねーよ。
笑いながらそう言って、アルトがこれこれ、と指し示した。
「お前、猫好きだろ? これいいんじゃない? ロシアンブルーの描いてある財布」
明らかに女性用だ。だが、リノにはそれが判らないらしく、わー、可愛い、などと言いながら、胸にぎゅっと押し抱いた。
「買うんだったら、このかごの中入れとけ」
うんっ、と元気よく返事して、財布をかごの中に入れると、くるっとターンして、気の向くままに歩き出すリノ。
「……アルト、これなに?」
そんな彼が目を留めたのは、髪飾りのコーナーだった。
「髪飾り」
「カミカザリ?」
鸚鵡返しすると、彼は、手編みだろうイチゴのモチーフが付いたヘアピンを手に取った。
「髪につけるもの。女の子がよくしてるよ。メルはしてないけど」
「ボクがしてもおかしくない?」
「まあ、おかしくはない、かな」
女みたいな顔してるし。背は高いけど。
そんなことを思いながら、リノを見る。当のリノ自身は、売り場に備え付けられた鏡に向かい、そのヘアピンを髪の毛に当てて、なにやら感心していた。イチゴの綺麗な赤が、見事な色の緑の髪に映え、それが可愛くってどうしようもなくって、アルトは胸を高鳴らせた。
「お前、髪の毛長いんだから、こうやってさ」
彼の後ろの毛を手でまとめてあげると、途端に彼が笑い始めた。
「へ?」
怪訝そうな顔をするアルトに、だって、と目に浮かんだ涙を指で払いながら、リノが笑い続ける。
「くすぐったい! ボク、首の後ろ苦手! あははっ!」
そうだったのか。知らなかった。
髪を解くと、彼は笑いながら後ろ髪を押さえつけ、くるっと振り返った。
「もー! ダメだよ、苦手なんだから」
「だ、だって、知らなかったから……」
「叩き落とす暇なかったもんなぁ……」
リノがにこっと笑顔を作り、アルトの鼻頭に人差し指をつけて言う。
「今回は許してあげる。今度やったらダメだよ」
と、再び棚のほうを向いて、今度はカチュームを弄りだした。
「これも可愛いなー。こっちかこっち、買おうかなー」
こっち、と言っているのは、さっきから気になって離さない、イチゴのヘアピン。
はっきり言って、カチュームよりもヘアピンのほうが可愛かった。二つ入りだから、左右で前髪を止めたら、自分にとってはこの上ない破壊力だ。
そう思ったアルトは、彼の手からヘアピンを奪い取り、説得に入ることにした。
「こっちのヘアピンのほうが可愛いって。ほら、お前って髪、緑だから、赤が映えるし。何より、カチューム……あ、そっちのヤツな……は首の後ろにかかるからくすぐったいぞ。これにしろよ」
「じゃあ、こっちにするー」
よし、とばかり、アルトがヘアピンをかごに入れた。
「もういいや」
「え、いいのか?」
「うん、楽しかったから。これ、買うにはどうしたらいいの?」
あっちに行って、列に並んで、精算してもらうんだ。そうは言ったが、精算の意味が判らなかったらしく、アルトも一緒に、とせがまれ、ついていくことになった。
ついていき、自分たちの番になり、品物を出す。
「二百十エンになります」
そう言われて、リノがぽち袋から千エンを出すと、七百九十エン分の硬貨を返され、彼が興奮しだした。
「ねぇ、アルトっ。お金、増えた!」
「ばっ、違うっ、つか、声でけえ!」
周りにくすくす笑われて、リノもやってしまった、と思ったらしく、赤面して下を向き、うん、と小さく返事する。
袋詰めのとき、リノが小さく、増えたと思ったのに。としょんぼりして言ってきた。
「うんうん、判るよ。オレも小さいとき、そう思った」
と、慰めながら、アルトが荷物を持ち、もう片方の手でリノの手を掴んだ。
しかし、失敗したのがそんなに嫌だったのか、肩を落としてとぼとぼ歩くリノ。
そんな彼を見ていられなくって、食べ物で釣ることにした。
「クレープ、食いに行こうか」
「うんっ」
坂ノ下リーベを出て、坂を上がっていく。いつものクレープワゴンが見えてきた。ここの店の名前は、うさぎ屋というらしい。ワゴン車の頭にも、うさぎの耳が乗っている。
「あれっ、よく来るねー」
もう馴染みになった、お姉さんの顔。
「んで、なににするー? あ、この際だから、自己紹介しよっか。わたし、志穂。志に稲穂の穂でシホ。キミたち、お名前は?」
アルトが先に自己紹介を始める。
「有都。都に有る、って書いてアルト。こっちはリノ。……えっと、どう書くのか決めてなかったな。勝手に決めちゃっていいか……瑠璃色の璃に乃至の乃でリノ。よろしく、シホさん」
シホがそっかそっか、と頷く。
「リノくんのほう、TVで見たよ」
ぎく、となってアルトが恐る恐るシホを見た。
「あ、そんなに怖がんなくていいよ。わたし、こう見えても今年、ノヴァアカデミー受験するんだ~。多分、ほぼ受かるから、お母さんのお店手伝ってるのよ~。今はちょっとしたフリーター気分ってとこ」
え、じゃあ、パワーユーザー?
その問いにシホが親指を立てて答える。
「八月頃、いきなり力が開花してねー。いやぁ、面白いね。スプーン曲げが、いともたやすくできる体質になっちゃったよ~。しばらく、就職した友達とかに見せびらかしまくっちゃった」
こ、この人、すごい楽天家だ。
アルトはあまりのショックで腰が抜けるかと思ったが、黙っておいた。
シホが続ける。
「リノくんとアルトくんもノヴァアカデミー受けるの?」
「うん。つか、一足お先に合格してる」
「あ、ズルい。ところでさ、あそこ、制服が可愛いんだよね。もう作った?」
制服。すっかり忘れていた。サクラが採寸させてくれ、と言っていたのは、もしやそれだったのか。だとしたら、無碍に断って悪いことをした。今日、測ってもらおう。
しかし、アルトは再び成長期に入ったようで、日に日に背が伸びている。作ったとしても、制服を作り直す羽目にならなければいいが……。まぁ、それは捕らぬ狸のなんとやら、である。
「まだ」
「わたしみたいなのが着たら、似合わないかなぁ」
ノヴァアカデミーの女子制服がどんなものかは見てないから判らないが、シホの見た目は華奢で可愛い系だ。強いて言えば、茶色く染めた長い髪が、少しばかり悪目立ちする程度。それでも、メルの赤髪に比べたら全然なのだから、可愛い系の制服ならこの人に似合うだろう。
「シホさん可愛いし、似合うと思いますよ。オレ、まだ制服見てないけど、可愛い系なんでしょ?」
アルトの率直な言葉に、シホはしばらくぽかーんとしていたが、いきなり顔を真っ赤にして、メニューを投げ飛ばしてきた。
「え、え。なに?」
「アルトくん、真面目な顔してそーゆーこと言うんだ! なになに、彼女にはもっと熱い言葉を囁くの?」
「リノ、オレ、変なこと言ったか?」
すると、リノは知らないッ、と勢いよくそっぽを向いた。
これは……。
嫉妬している。絶対に。
「待て! 待て待て! 誤解だ、リノ!」
「絶対、誤解じゃないもん。知らないッ」
「オレはお前だけだって。なっ、リノ!」
すると、シホが大げさに開けた口を手で隠して見せた。
「うわぁ、ゲイカップル初めて見た……」
ゲイカップル。
確かにそうかもしれない。いや、事実である。
だが、シホさん。オレはちょっと傷ついたぞ。
「あの、シホさん。ゲイカップルって呼び名は……」
ちょっと……、までは、リノの視線が痛くて言えなかった。
はいはい、オレが悪いです。
「でも、もし、リノくんがあの女子制服着たら、きっと似合うわ。悔しいけど」
その言葉に機嫌を直したらしく(単純だが、そこがリノのいいところだ)、にこにこ顔で、さっきアルトに向かって投げられたメニューを見始める。
もう大丈夫だろう。グッジョブ、シホさん。
心でシホに賛辞の言葉を贈りつつ、リノに寄り添ってメニューを眺めるアルト。また新メニューが増えている。
「今回の新メニューはね、一週間限定先行販売なの。本来なら、ヴァレンタインの時期にしかやらないんだけど、ウチの常連さんにこれのファンが多くってねー。仕方ないから、一昨日から販売してるの」
へーえ。
アルトが感心の声を上げた。
「じゃ、ヴァレンタインに先駆けて、食べてみようかな。フォンダンショコラ一つね。リノは?」
「この、ハム……なんとかチーズって甘くないの?」
&が読めなかったんだろう。
シホが理解して、ハムアンドチーズね、と言い直した。
「それは軽食用。甘くないけど、おいしいよ。わたしは甘いのが少し苦手だから、それよく食べてた。ハムとレタスと、とろけるチーズを乗せて、温めたヤツだよ。トマトも入ってる」
なら、これ。
リノのオーダーも訊いて、シホがありがとうねー、と言い、クレープを作り始めた。相変わらず、手際がいい。こんな働き手の店員が4月から減ってしまうんだから、お母さんもさぞかし悲しいだろう。
さっさっと作り終え、紙を巻くと、二人に手渡して、手を引っ込めるシホ。アルトがお金を出しても、手を出そうとしない。
「シホさん、お金」
「あ、友達になった記念。今日だけね」
「え、いいのー?」
「いいよー」
彼女がワゴンから降り、二人の背中を押した。
「じゃあね。また来てねー」
そう言うと、姿が見えなくなるまで手を振ってくれていたようだった。
二人は坂を上がり、いつもの公園へ。
「今日はここがいい~」
リノはそう言うと、公園のブランコに陣取った。
可愛い。こういうところが、たまらなく可愛い。
アルトはそう思いながら、リノが座ったブランコの脇に立って、一足お先に食べ始めた。
これはおいしい。この前のフランボワーズレアチーズもおいしかったが、自分はこっちの方が好きだ。
「アルト、座らないの?」
リノがブランコを揺らしながら訊く。
「ん、いいや」
既に食べ終わり、紙を片づけながらアルトが答える。
「ふーん……」
リノが声を上げなから、出来立てあつあつのクレープに口をつけた。
「おいしーっ」
ふわふわの髪の毛を揺らしながら、幸せそうに声を上げるリノが可愛くて、アルトは少しイタズラ心が沸いてきた。後ろからそっと首に手を伸ばし、首に触ってやる、というイタズラだ。
心のままに手を伸ばすと、リノが見向きもしないまま、その手を叩き落としたので、アルトは驚愕した。
「な、なんで判ったんだよ」
手をさすりながら尋ねると、リノが悲しそうに長い睫を伏せた。
「ボク、後ろから近づくものでも、全部把握できるように訓練されてるんだ……」
十九。
十九年という長い年月だ。
十九年間、この少年は、他の少年がやるようなことを全て取り上げられ、代わりに殺戮兵器になることを教え込まれた。
多分、今まで彼は、後ろからものが来たら判ることが普通だったのだろう。そして、そう思っていたに違いない。自分の何気ない一言が、彼に気付かせてしまった。彼を普通じゃない、と追い詰めてしまった。
まだ言いようがあった筈だ。
しかし、自分を責める言葉はなしに、リノがにっこりと笑った。
「アルトに後ろから抱きつかれるのもすぐ判るから、便利だけどね」
アルトがそっと近づいて、頬に口づけた。途端、リノの瞳から、涙が落ちる。
「ボク、普通じゃ、ない? ボクはやっぱり、おかしいのかな」
確かに、普通じゃないかもしれない。
アルトは前置きしつつ、それでも、と笑いかけた。
「お前が好きだ。愛してる」
「アイシテル、って感情すら、ボクには判らない」
リノが首を振ると、アルトが彼の頭をそっと撫でた。
「まだ判らなくていい。オレも小さい頃、判らなかったよ」
少しずつでいいんだ。
「少しずつ、お前はお前らしくなっていけばいい。それは『普通』とは一線を画した存在かもしれないけれど、とても素敵な存在だと、オレは思う」
彼はそう言いながら、百均の袋から髪飾りを取り出し、リノの前髪につけた。
リノが困ったような笑顔を浮かべ、首を傾げる。
う、やっぱりめちゃくちゃ可愛いじゃないか。
「似合う、かな」
「つーか、めちゃくちゃ可愛い。お前、なんで女じゃないの?」
「ボクだって女の子に生まれたかったよ」
「あー、でも、男でもいいや。可愛いから、お前だったらなんでも」
もくもくと再びクレープを食べ始めたリノがふーん、と声を上げた。
「これ、おいしーよ。アルトも食べる?」
「ん、ちょーだい」
はい、あーん。
リノに言われ口を開いて、クレープを食べるアルト。
しかし、次の瞬間、なんともいえない声を上げた。
「ぐぉえ、トマト!」
「トマト嫌いなの?」
「大嫌い。大大大嫌いッ」
「もう。子供だなぁ、アルトは」
「ガキのお前に言われたかねー」
顔を見合わせて、しばし沈黙。
やがて、あはははは、と笑いだした。
そう、これでいい。
少しずつ、お互いを知って。
少しずつ、自分になろう。
そして。
少しずつ、恋人になろう。


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