【小説】オリジナル/R刻番外編/コーヒーの思い出


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「……コーヒー、切れたか」
袋を覗き込んで、ルアが呟いた。袋は空。残るのは、薄く作られたコーヒー。
こんな薄いコーヒーでは、飲んだところでまずいだけだ。彼はそう思い、勿体無いが流しに捨てることにした。
「……」
流れていく薄いコーヒーを見て、思い出す。
そういえば、リノを初めて抱いたとき、コーヒーに薬を混ぜて、身動きを取れなくさせた。あれ以来、彼はコーヒーを決して口にしなかった。アルトは「なにも知らないリノを穢したのか」と言ったが、その通りだ。あの子には散々ひどいことをした。暴力を使い、暴言を使い、自分の権限を振りかざして、何度も何度も彼を穢した。許されるとは思っていない。一生背負っていくつもりだ。だから、幸せにはならない。リノのためにも、妹たちのためにも。
「……外で飲むか」
彼はコートを羽織り、カバンを持って、マンションの外へ出た。カードキーでカギを掛け、歩き始める。
このマンションは、義父が逮捕された後買ったもので、まだ使い慣れない。義父は自分に興味があったらしく、一人暮らしに反対していた。実験のサンプルだ、手元においておきたかったのだろう。なんの実験かは知らないが、まぁ、ろくでもないものには違いない。
駐車場に辿り着くと、キーを取り出して黒い車に乗り込む。
……確か、イイダのマンションの近くに、コーヒーが美味しいと評判のパン屋があったはずだ。そこで飲もう。
そこの番地をカーナビに打ち込み、アクセルを踏む。
ルアはコーヒーに特別な思い入れがあった。彼と、双子の姉妹のリオ、リカは、早くに両親を亡くし、孤児院暮らしだったのだが、そこの孤児院は朝食に必ずコーヒーが出たのだ。よく、「苦ーい」などといいつつ、双子とブラックを飲もうと目論んだものだ。双子が死んでから、すぐにアイダ会長に引き取られた故に、彼にとってコーヒーとは、双子との幸せな時間を表すキーアイテムであった。
車は丘を登っていく。すぐに目的の店が見えた。駐車場があるようだ。正直、助かった。
彼は車を駐車場に止め、キーを外して、店の中に入っていった。
「いらっしゃいま……!」
そこにいた、アルトと同じくらいの年恰好の、水色のメガネを掛けた女性店員が、ルアの顔を見て、絶句した。
なぜだろう、自分はなにか特徴があるだろうか、と思って、はっと気がつく。起き抜けで、サングラスを掛けるのを忘れていた。用心してはいたが、こんなところで。オッドアイはなかなかいないから、きっと相手をびっくりさせたんだろう。思えば、店内にいる、他の客の視線も痛い。
早く退散しよう。そう思ったとき。
「あっれぇ、アイダさんじゃん」
低く、包み込むような優しいトーンで、後ろから声を掛けられた。振り向くと、アルトとリノだった。
「リノ、アルト」
声を掛けると、二人がにこっと笑う。
「どしたの、サングラスかけてないじゃん」
「ああ、起き抜けでな。忘れてしまったんだ。お前たちこそ、どうした?」
「ここ、アルトのお友達がバイトしているところなんです」
リノが相変わらずの高い声で、優しく、礼儀正しく言う。
「メシはどうした?」
「ここで食おうと思って」
「わたしもまだだ。じゃあ、おごってやろう」
やった、と騒ぐ二人をよそに、トレイとトングを取って、品物を選び始めるルア。そのうち、二人も後ろでパンを選び始めた。
「じゃあ、これ」
「ボクはこれ、お願いします」
アルトはミニフランスパン、リノはあんぱんをそれぞれ一つずつ、トレイに乗せた。
「あのなぁ、お前たち。食べ盛りがなにを遠慮しているんだ。もっと食え。命令だ」
すると、アルトがぷっと吹き出した。
「『命令だ』なんて言っちゃって。なんだ、アイダさんって、実はすっげー優しいヒトだったりする?」
テレパシーが使えないはずのアルトに、完全に見透かされて、ちょっと恥ずかしくなった。顔が紅潮したのが判る。
「お、お前な……」
アルトはニヤニヤ笑いながら、お、図星などと言っている。
図星だが、優しいヒトなどと言われて、こんなに恥ずかしいことはない。
「年上をからかうのはやめないか」
「でも、アイダさんって本当はすごくいいヒトですよね」
リノまでその意見に賛成している。
おい、忘れてないか。俺は、お前を穢した張本人なんだが。
「なに、お前、アイダさんのこと、嫌いじゃなかったの?」
「ん? 苦手だよ。でも、アルトには悪いかもしれないけど、アルトの次に好きなヒト」
「なにそれ、ちょっと腹立つな」
きっと、出会いたての頃の印象を引きずっているんだろう。自分は、リノの教育係として配属された。あまりにも双子に似ていたから、当時は優しく、壊れ物を扱うかのように接していたのだ。
しかし、ここで二人の仲を険悪にするのも気が引ける。
「リノ、わたしは下心があったから、お前に優しくしていたのであってだな……」
「アイダさん、今、心が丸見えです」
言われて、ルアは肩を落とした。
あのサングラスはただのサングラスではない。パワーをはじく、『ミストドロップ』で作られている。故に、今まで心を覗かれることがなかったのだ。だが、それを装着していないとなると、やはり彼には心を覗くことは容易いのだろう。つくづく、自分の間抜けさが嫌になってくる。
仕方ない。話を逸らそう。
「話を元に戻そう。もっと食え。もう一度言う、命令だ」
「いっぱい金かかっちゃうよ、オレ大食らいだから」
「わたしを誰だと思っている。蓬田財閥の会長だぞ」
「全く、可愛くないなー。素直に言ったらいいのに」
「そうか。まぁ、可愛いと思われたくもないからな」
その言葉に、アルトが可愛くないなーを連呼しつつ、他のパンを選び始めた。リノもそれにつられて、パンを選び始めている。ルアはふぅ、とため息をつき、サンドイッチコーナーのタマゴサンドとBLTサンドをトレイに乗せた。彼ははっきり言って、小食なほうだ。これだけで一日持ってしまう。今日は午後から会議がみっしり詰まっているし、これで持たせてしまおう。
「じゃあ、これお願い」
アルトがチーズブレッド、ウグイスパン、イチゴサンドを二つ、甘夏サンドを二つ乗せてきた。
「……お前、本当に大食らいなんだな」
「ん、減らしたほうがいい?」
「いや、これくらい食ったほうがいい」
「ボクもこれ、お願いします」
リノはポテトサンド、トマトとチーズのパンを乗せた。彼は普通にしか食べないから、これが遠慮していない量だ。
「よし、遠慮してないな。偉いぞリノ」
ルアがリノを珍しく褒めると、リノが目を大きく見開いてきょとんとした後、嬉しそうに頬を紅潮させてピョンピョン跳び跳ねた。
会計を頼もうと思ったとき、先ほどの女性店員がカウンターから出てきて、アルトに話しかけた。
「アルト、来てくれたんだ!」
「あずさ、それ似合うじゃん」
アルトが彼女の制服姿を褒めると、
「あはは、お世辞はいいって」
と、彼女が頬を赤くして、手をぶんぶん振った。
なるほど、彼女がアルトの友達か。アルトはこの地方出身ではないはずだか、どこで知り合ったやら。
ルアがそう思っていると、視線に気づいたアルトが、彼にあずさを紹介する。
「幼馴染っす。なんか、おじさんの転勤でこっち引っ越してきたらしくて」
「あ、お知り合い? 瞳の色がまんま同じだったから、びっくりして……」
「血縁上の伯父だよ」
アルトが言うと、彼女が丁寧に頭を下げた。
「初めまして。若葉あずさ(ワカバ・あずさ)です。アルトくんにはいつもお世話になってます」
「あ、いや……」
なんと言おうか迷っていると、アルトが勝手に説明し始めた。
「アイダさん。アイダ……ごめん、そういや下の名前しらねーや。研究員のヒトで、今は蓬田財閥の会長さん」
「そうか、下の名前を名乗ってなかったな。留有(ルア)だ」
「あー、そういうんだ。覚えとく」
「アイダさん、お会計します? お預かりしますけど……」
あずさが手を差し出してきたので、ルアは、ああ頼む、と言って彼女にトレイを手渡した。
と、そのとき、身体のバランスを崩して、彼女が転倒しそうになる。
「危ない!」
近くにいたルアが、宙に浮かんだ彼女を、お姫様抱っこの形で抱え上げた。
彼女はしばらくきょとんとしていたが、我に返るなり、トレイを投げて彼にぎゅっと掴まり、悲鳴を上げる。
「高い! 怖いーッ!!」
「あ、アイダさん。あずさ、極度の高所恐怖症なんだ! 早く降ろしてやって!」
その言葉を受けて、ルアがゆっくり降ろすと、彼女は半泣きになりながら、投げた品物を片付け始めた。
「スミマセン、すぐ交換しますーッ!!」
「あ、ああ、頼む」
わたわたと動く彼女を見て、ルアがぷっ、と吹いた。抱え上げただけなのに、あんなに怖がるなんて。冷たそうな美人だが、可愛いところがあるじゃないか。
ようやく片付けて、会計をするとき、彼女はルアの顔を見なかった。
「あと、コーヒーを頼む」
「はい。オリジナルブレンドで宜しいですか?」
「ああ、なんでもいい」
「かしこまりました。あとでお席にお持ちします」
表情が硬い。これは、怒らせてしまったか。
しかし、後ろに会計待ちの人がいる。今謝って、その人を待たすのも迷惑な話だ。
彼はそう思い、トレイを受け取って、リノ、アルトと共に、4人席に座った。
「ほら、食え」
「ひゃー、うまそー!」
「アイダさん、ごちそうさまです」
アルトがチーズブレッド、リノがあんぱんを頬張りはじめた。二人とも、おなかがすいていたのだろう。結構惚れ惚れする食いっぷりだ。
ルアもBLTサンドを食べようと袋を開けたとき、あずさがコーヒーを運んできた。
「お待たせしました」
「……先ほどはすまなかった。ああなるとは思わなかったんだ」
「あ、はい」
はい、と言ってはいるが、やはり自分の顔を見ない。
……まぁ、仕方がないな。
そう思い、彼はコーヒーに口をつけた。
程よく苦くて、程よく酸味がある。それに、とても香りが高い。
「美味いな、予想以上だ。キミが淹れたのか?」
「あ、はい」
顔を見ないで短い返事をするあずさの代わりに、アルトが説明を始めた。
「あずさ、コーヒーマニアなんすよ。将来はコーヒー専門の喫茶店開きたいって言ってて」
「馬鹿っ。ヒトに言うことじゃないでしょ」
「えー、なんでだよ。別にいいじゃんか!」
そうだな。
「好きなモノがあるというのはいいことだ」
ルアが言うと、あずさは、持っていた丸いトレイで顔を隠して、小さく、ありがとうございます、と呟き、去っていった。
一連の動きを、あんぱんを頬張りながらおとなしく見ていたリノが、ほうほう、と頷く。
「なんだ?」
「なんでもありません」
リノがにこっと笑う。
だが、その笑みが綺麗過ぎて不気味だ。さすがに、なにか裏がある。それを証拠に、リノはアルトになにか耳打ちをしている。
「えー? ありえないって」
「でも、そうじゃないかな」
「心読んだのかよ」
「読んでないけど」
アルトがイチゴサンドを咥えながら、うーん、と腕組みをした。そして、決意したように、ルアに訊く。
「アイダさん、好きな人いる?」
「……いや。とおの昔に死んだ」
「そうじゃなくて、今、恋愛する気ある?」
ぶっ!
カウンターの中で、水を飲んでいたあずさが、勢いよく噴き出した。
「?」
ルアが振り向いて、首を傾げる。
「あ、リノの言うこと、ホントだったみたい」
「なにがだ」
「アイダさん、鈍感って言われたことない?」
「いやない」
そっかー、オレもだけど、鈍感だと思うんだけどなー。
そう言いながら、甘夏サンドにかぶりつくアルトを見て、ルアはイラツキを覚えた。
一体全体、なんだというのだ。
「お前な、はっきりモノを言え。別に怒りはしないぞ」
「いや、これはアンタが気づいたほうがいいと思うよ」
そのとき、ケータイのアラームが鳴った。
「……時間か。すまん、わたしはもう行く」
コーヒーをぐいっと飲み干し、サンドイッチの残りをカバンに詰めて、ルアが席を立った。
足早にカウンター前を通り過ぎるとき、彼は最後に、あずさに声を掛けた。
「コーヒー、美味しかった。また飲みに来る」
「は、ははは、はいっ!」
カウンターの小さい椅子に座っていたあずさが、ぴょこっと直立して、これまたぴょこっとお辞儀をする。彼はそれを見て微笑み、満足げに去っていった。
アルトはそれを見てニヤニヤしながら、ウグイスパンをかじる。リノもにっこり笑って、ポテトサンドを一気に頬張った。その二人に気づいたあずさが、ゆっくりと彼らに近づく。
「ど、どうしよう、アルト……」
あずさの言葉に、アルトはさあね、と答えた。
「でも、よく考えたほうがいいぜ。オレの伯父だってことは年齢的には大きく離れてるし。それに、それ、吊り橋効果じゃね?」
「アルト、ツリバシコウカってなに?」
リノが訊くと、アルトが得意げに答える。
「恋をするドキドキと、吊り橋の上に立ってドキドキしてるのと勘違いしてヒトを好きになる心理状態のことさ」
「同じなの?」
「さあ、オレは経験したことないからなんとも。……うぐ」
アルトが二つ目のイチゴサンドを詰まらせて、咳き込んだ。
「あっ、水持ってきてあげる」
あずさがセルフサービスの水を持ってくると、彼は一気にその水をあおった。
「ぷは、助かった。サンキュ。……それで、あずさはどうしたい?」
「わっ……判らないよ~!」
「メアド、知ってるけど。なんかメール送ってみる?」
「そ、そんなの迷惑でしょ」
あれ、あずさってこんなに奥手だったっけ。咀嚼しながら思うが、そういえばそうだったかもしれない。なんせ、アルトが失恋して落ち込んでるところでようやく、自分をアピールできたくらいだったからだ。
「でも、また来るって言ってたじゃん。その件について話してみたら?」
「う、うぅ……!」
「あ、でも……」
あのヒト、他人に言えない過去がある。
言いかけて、アルトはやめた。それは二人が近づいていくことになったら、ルアが話すことだろう。今ここで言うことではない。
「やっぱ、なんでもない」
「なによ」
「ん、なんでもないって」
「ならいいけど」
全部食べ終わったリノが、口を開く。
「アイダさんは優しいヒトだよ。今日、ようやく気づいたけど」
彼が頬についたトマトソースをナプキンで拭いながら続ける。
「あずささん。ボクね、ヒトの心が大体読めるんだ。あのヒトの心は今まで訳があって読めなかったけど、今日、初めて触れたら、とっても柔らかくて暖かかった。だから、きっといいヒトだと思う」
だから。
「きっと、メールっていうの、お手紙と同じだよね? それ、送っても大丈夫だと思う」
「オレが紹介してやるよ。そうそう、この前、またケータイ買ったんだ。オレから紹介したってメール送っとくから、そのあとでメール送ってみ」
アルトがケータイを見せて、にやっと笑った。

********

深夜。
ルアがマンションに帰宅して、ケータイを取り出した。
新着メールは殆どが仕事関係のものだったが、そのなかに、アルトのメールアドレスからと、そのすぐあとに知らない差出人からのメールが来ていた。
不思議に思い、彼はアルトからのほうを先に開いた。
『こんちわ。あずさがお礼言いたいらしいから、失礼だとは思ったけど、メアド教えといたから。オレからのこのメールは返信不要だから、その分、あずさに返信してやって。じゃ!』
読んで、思わずルアが呟いた。
「なんだ? 珍しくメールが来たと思ったら」
そのあとに、知らない差出人のを開く。多分、これがあずさのだろう。
『初めまして、こんにちわ。バードトリップ店員のあずさです。朝は助けていただいたのに、商品を投げ出した上に騒いでしまってすみませんでした。コーヒー、お好きなんですか? バードトリップは色んなコーヒーがあって、コーヒー好きの方に飲んでいただきたいオススメもたくさんあります。また、是非いらしてください。お待ちしてます』
女性らしい、可愛い絵文字がたくさん入ったメールだった。妹たちも、年頃になってケータイを持てたなら、こんなメールを自分に打ったのだろうか。微笑ましくて、思わず顔がほころぶ。と、同時に、抱き上げたときに触れた、彼女の身体の柔らかさを思い出して、ちょっとどきりとした。
……なにを考えている、俺は。
思いながら、返信ボタンを押し、なるべく丁寧な言葉を選んで返信を打ち始めた。
『初めまして、こんばんわ。夜分遅くに失礼します。お怪我はありませんか? 極度の高所恐怖症と知っていたら、別の方法を取っていたのに申し訳ありませんでした。コーヒーは好きです。昔、朝食に必ずコーヒーが出ていたので、飲むのが習慣になっています。ですが、コーヒーについて、詳しくはありませんので、今度教えてくださると嬉しく思います。今度はゆっくりしたいので、休みの日に伺います。メールありがとうございました』
送信ボタンを押し、彼はため息をついた。
しばらくすると、彼女から返信が来た。
『丁寧なご返信、ありがとうございます。コーヒーは種類のほかにも、いろんな淹れかたがあるんですよ。今度、私の一番オススメの淹れかたでお出ししますね。お身体にお気をつけてください。それでは、おやすみなさい!』
悪い気はしない。
むしろ、いい気分だ。
なぜだろう。
「……まあ、いい。おやすみなさいと言われたんだ。シャワーも明日にして、寝るか」
彼は寝室に行き、ベッドに身体を投げて、眠りについた。

彼は、このメールがきっかけで、あずさとメール交換を始めることになるのも、この感情の名前も、まだ、知らない。


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