【小説】オリジナル/ブルプリ/STAGE02『それはまだ僕だけの秘密』(Alfred)


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 コトコトと、鍋の蓋が湯気で動いている。
 僕はその音を聞きながら、ゴーリンの皮をむいていた。ゴーリンは、元の世界で言うところのリンゴだ。僕は果物が大好きで(それはアルトもだけれど)、余裕のあるときは、もぎたての果実を食卓に並べることにしている。
 ビオトープのゴーリンという果実は蜜が多く入っていて、甘みが強い。生食にしても加工してもおいしいから、僕のお気に入りだ。
「……あっ」
 手を滑らせて、ナイフの位置をずらしてしまった。左の人差し指に痛みが走る。じんわり滲んだ朱は、手にまとっていた果汁に混じる。
「ああ、いけない……」
 アルトのように、うまい具合に家事はできないな。
 この数年、何度思ったことだろう。
 僕は水で手を洗い、止血処理を済ます。幸いにして大した傷ではなく、痛みももうない。
 気を取り直して、切った果実を皿に盛り付ける。
 盛り付けは得意だ。
 別においしくない僕の料理も、おいしそうに見せることだけはできる。
 盛り付けをしているうちに、蓋の音はかなりの大音量になっていた。僕は慌てて火から下ろし、中のスープの無事を確認する。
 中のスープは無事で、琥珀色の透き通ったコンソメスープができていた。きっと、味はひどいものだろうけど、僕と同じで見た目だけはいい。
「……」
 少し笑う。
 僕がうまくできるようになった炊事と言えば、お湯をいい塩梅に沸かせるようになることだけだった。
 それでも、何もできなくなったアルトよりかはましだ。
 記憶が混乱したアルトは、子供返りを起こした。一日中ぼうっとして、赤ん坊のように喃語(なんご)を喋り、泣いて、僕を求める。
 辛くなかった、といえば嘘になる。元の彼に戻ってほしかったし、僕の愛したアルトは僕のせいで喪ったのだと思った。
 やがて元に戻ったアルトは、しかし、僕の愛していたアルトとは違った。少しがさつで、なにを考えているかわからなくて、何もかも完璧だった家事は、何もかもできなくなっていた。
 以来、僕は彼のことを『くん』とつけて呼んでいる。
 今のアルトを愛している。勿論だ。その気持ちに嘘はないし、神に誓って言えることだ。でも、彼は、過去のアルトとは違う。きっと、僕は別人を好きになってしまったんだ。そう思う自分も悲しいし、そう思わざるを得ない、アルトの変化も悲しい。
「お皿……お皿、と」
 お皿を人数分用意する。
 そういえば、姫が家族として増えたので、スープ皿やその他諸々買い足して、ビオトープの材質に変化させなくては。
 仕方がないので、余っているお皿で代用することにした。
「これでいいか」
 食器だけしっかりセットし、食品は全員が揃ってから配膳することにする。
 エプロンを外し、まだ起きていない二人をベッドルームに起こしに行くため、頭を切り替える。
 大きな音を立ててドアを開ける。
 僕の想い人は、キングサイズのベッドに、小さな身体の少女と身を寄せ合って眠っていた。なんて羨ましい。
「おっきろー!」
 ばふん!
 僕は叫び、二人の真ん中にダイブする。
「は、はひっ! 起きますっ!」
 少女はこの起こし方に慣れていないのでびっくりしたのか、寝ぼけながらも可愛い反応を見せてくれた。うむー、やりがいがある。
 問題は、僕の片割れだ。
 この起こし方でも起きないとか、よっぽど眠り方に問題があるんじゃなかろうか。
「ほらほらー。アルトくん、起きてよねー」
「ああ……」
「お寝坊さんだなぁ。姫はもう起きたよ?」
「んー……」
 ああ、これダメなヤツだね?
「ね、起きないんだったらキスしていい?」
「……ダメ」
 これが一番効くとか、僕はすごく複雑なんだけれど。
「じゃ、姫。代わりにキスしよっかー」
「えっ? ええっ?」
 あ、この子、ファーストキスも済ませてないクチだな?
 瞬時に理解した僕は、さすがにはばかられたので、冗談冗談、と濁す。
「ねー、ご飯にしよーよー。僕、おなかぺっこぺこ!」
「ん、ちょっと待ってくれ……」
 アルトはそう断り、しばらくモゾモゾしてから、起き上がって伸びをした。昨日は肌を重ねたあとに寝たからか、彼は素肌のままだ。アイボリー色の肌が朝日に照らされて色っぽい。エジャン人は行為の時に相手の首筋から血を吸うことがあるのだけれど、その痕も、キスマークも、くっきり残っている。昨日、夢中になった僕がつけてしまったもので、姫に感づかれたら恥ずかしいだろうな、と思いながらもやめることができなかった。
「アルトさん、虫刺されですか?」
 かなり目立つからか、姫が指摘する。文化の違いからなのか、アゼル人にもそういう文化があるけれど彼女が知らないだけなのかはわからないけれど、彼女にはそれは虫刺されに見えるらしい。こんな大きい痕をつけられる虫がいたら、僕だったら卒倒するけれど。
 アルトは決まり悪そうに首筋を押さえながら、
「ん。めちゃくちゃでけぇ虫にやられた。やめろって言ったのに」
 と、僕を見た。どうやら、僕に対する抗議のつもりらしい。興奮するだけなんだけど。
「虫と話せるんですか?」
 真剣な瞳で聞く少女。
 ダメだこの子、性知識どころか普通のお勉強も怪しいな?
「……」
 アルトはしばし視線をさまよわせ、
「……ビオトープ内に、喋る虫がいるから気をつけろよ」
 と、あくまで虫のせいにすることにしたようで(でも、それ、僕のことだよね?)、会話を無理矢理終わらせた。
「リノ。アルと一緒にリビング行ってて。服着たい」
「あ、はい。気づかずにスミマセン」
「じゃ、スープが冷めないうちにね」
 パジャマ姿の姫と僕はベッドルームのドアを閉め、リビングへと向かう。ドアを閉めた瞬間、大きなため息が向こうから聞こえた。多分、昨日はいろいろと痕をつけすぎた。あとで二人きりになったら、謝っておこう。
「よく眠れた?」
 僕が聞くと、異国の皇女は微妙な顔をする。
「……あんまり」
 きっと、安物のベッドで寝心地がよくないんだろうなぁ、と思い、もう一つ聞く。
「ベッド硬かった?」
「ベッドの寝心地は大丈夫です。……お二人の、その……」
 ああ。
「気づいてた?」
 それだけ訊ねると、姫は困ったように笑う。
「途中から……その。してらっしゃるのかなって」
 あー……。
「眠ったと思ったから、始めたんだけどね」
「振動で起きますよ。あと、結構……声、大きいです」
 それは僕じゃなくて、アルトだ。
 でも、本人がいないところでそんなことを言うのもなんなので、何も言わないでおいた。
「ごめんね。でも、姫も意地悪だなぁ。わかってるなら、虫刺されだなんて……」
 すると、大真面目な顔で、彼女が一言。
「あれは虫刺されじゃないんですか?」
 ……墓穴掘った。
「う……。あれは僕が噛んだりした痕だよ」
 言った途端、彼女の顔がトマトのように赤くなった。
 本当に、性知識がないのかもしれない。
 それなのに、隣でしてしまって、可哀想なことをした。
「あの、その、そーゆーことしてるときに……噛んだりするんです?」
「エジャンは血を吸ったりもするね。唾液に催淫効果があるから。アゼルでも、肌吸ったりしてキスマークくらいならつけると思うよ」
 姫は黙りこくって俯いた。もう、この話はやめておこう。
 カチャリ、という音のあとに、歩いてくる音が聞こえた。アルトが着替え終わったらしい。
 アルトがこちらを視認して一言。
「……お前、なにリノをいじめてるの?」
 ひどい。僕がいじめっ子みたいじゃないか。
 仕返ししてやる。
「アルトくん。昨日、してたのバレてる」
 恥ずかしいのは僕だけじゃ不公平だもんね。一蓮托生だ、一緒に恥ずかしい思いをしてもらおう。
「……だから、やめようって言ったんだよ」
 アルトが頬を染めて言い捨てた。
「キミの喘ぎ声が大きいのが悪い」
 僕は言い返して二人にテーブルに着くように促し、スープとサンドイッチを分け始めた。
「なっ……! 執拗に攻め立てるお前が悪いだろ!」
 配り終わったので、いただきます、と祈り、僕はサンドイッチを口に運ぶ。
 それに倣って、アルトも不満顔でサンドイッチを頬張った。
 途端。
「げほっ……。み、水……」
 苦しみだしたアルトにびっくりして、姫が水を差しだした。
 アルトは貰った水を煽り、涙目で僕に訴える。
「てめぇ! またチリソースしこたま入れやがって!」
「え、そうですか? おいしいですよこれ」
 頬いっぱいにサンドイッチを詰め込んでもきゅもきゅ食べながら、姫が首をかしげる。
 いい子だなぁ。僕の特製激辛サンドイッチをおいしいと言ってくれる子は初めてだ。
「俺は! 辛いの苦手なの! 俺の分は! チリソース使わないでくれって言っただろっ!」
「チリソース使わないと、味ないよ?」
「何でそんな極端な飯作るんだよ!」
 そんなこと言われましても。
「じゃあ、食べなくていいよ……」
 ちょっとしょげる。僕だって、頑張ってるのに。
 それを見た瞬間、アルトは目を伏せて、ごめん、と言って、おとなしく食べはじめた。
「……別に……けほっ。お前の飯、嫌いじゃないよ」
 水をたくさん飲みながら、申し訳なさそうに彼は呟いた。
「ん、知ってる。ありがと」
「そうですよね、おいしいですもん」
 コンソメスープ(僕もさっき飲んだけれど、やはりひどい味だった)を飲みながら、姫がにこりと笑う。
 この子はこの子で、何食べてきたんだ。アゼルの特産品なんて、おいしいことで有名なのに(エジャンはそれがほしくて戦争してた面もある)。しかも、皇女なんだよね、この子。いいものいっぱい食べてきただろうに。
 これがおいしいとか、好き嫌いがないを通り越して、味音痴を疑うレベルなんだけど……。大丈夫なのかな。
「あの、姫……? 僕、自分の料理がひどいのは結構自覚してて……」
「そうですか? とってもおいしいですよ」
 姫がニコニコ笑いながら次に言ったことで、僕はこの子を手放さないことを誓った。
「ボクがお城で食べてた食事なんかとは、比べものにならないくらい!」
 彼女は心底嬉しそうに、またサンドイッチを頬張った。
「えへへへへ。おいしー」

 ********

 探検に行ってきます。
 そんなふうに言い残して、姫は外へ出て行った。
 ビオトープは、アルトの魔力で形作っているものだ。アルトは魔術の素質があるほうだけれど、世界をまるごと作るのは限度があって、ビオトープはそれほど広くない。
 すべて整備を済ませているし、迷子になることはないので、行っておいで、と送り出した。
 アルトが食器の片付けをしているのを眺めながら、僕は紅茶を飲んでいた。
「あの、アルトくん」
「なんだ?」
 手を止めることなく、兄は聞き返す。
 陶器と左手の指輪が時々当たるのか、カチャリ、カチャリ、と音が聞こえる。
 左手の指輪は、僕とおそろいだ。元の世界に戻るための鍵なので、金属部分も貴石も、元の世界の物質。僕が弾かれない物質である、カルミナ鉱石と、ブループリズムという貴石でできている。作ったのは、僕たちの友人だ。指輪の内側には、祈りの言葉を彫ってもらった。
 エジャンの法では……アゼルの法でも、だけど……近親の結婚はできない。せめて、真似事だけでもしたいと、僕のワガママで、指輪を作らせてもらった。
 昔の資料を見たりすると、過去、男女でしか結婚ができなかった時代があったらしいけれど、今は違う。男同士だろうと女同士だろうと、種族が違っても、今の世の中は近親でさえなければ、結婚ができる。
 僕たちは、愛し合ってはいるが、本当の兄弟であるが故に結婚はできない。それだけが、本当に悔しい。
「……痕、つけすぎてごめんね」
「なんだよ。別にそんなのいい」
 ただ……。
 彼はそう言って、一瞬手を止めた。
「リノに最中を知られてたのは恥ずかしい……」
 食器を洗い終わり、シンクを力任せに擦るアルトは、なんだかすごく可愛かった。
「俺の声、聞いてたんだよな……。俺、すげぇ喘ぐから……」
 あ、自覚あったのか。
 いや、めちゃくちゃ興奮するし、可愛いから好きなんだけどね。
「……あー……。恥ずかしい……」
 綺麗にし終わったのか、アルトは、シンクからふらふらと離れて、椅子に腰掛け、頭を抱えた。
「でもさ……俺、それよりも気になるんだ」
 ポツリと彼は切り出した。
「アイツ、城でどういう扱い受けてたんだ……?」
 アルトは自分用に冷やした紅茶に口をつけた。
 魔獣がドロップする『魔石(マギカジェム)』の種類で、溶けない氷がある。威力によっては冷凍庫にも使われるそれを飲み物に入れて、冷やして飲むのがアルトは好きなのだ。
「子供産んだら殺すとは言え、母体になるわけなんだから、もうちょっといい扱いしてやれよ……。いや、そーゆーことでもねーけどさ……」
「いい扱いしてそれなんでしょ。栄養があって安全なものは食べさせるけど、味とかは二の次、ってこと」
 僕は二杯目の紅茶をつぎながら、ため息と一緒に吐き捨てた。
「あれか? 女王蜂の食うローヤルゼリーみたいな。栄養あるけどまっずいじゃん? 絶対ハチミツのほうがおいしいのに、女王蜂は一生ローヤルゼリーじゃん」
「それかもね。魔力高める食事とかなんじゃないの? 知らないし、知りたくもないけど」
 彼も飲み干したので、アルトのグラスに二杯目の紅茶を入れてあげた。レモネ(要するに、ビオトープでのレモン)のかけらも入れて、マドラーを渡す。
「俺、昨日までは、ほとぼり冷めたらリノを一人暮らしさせようかとも考えてたけど、手放す気一切なくしたから」
「あー。それは同意見。本人が嫌がらない限り、僕たちで面倒見よう。アゼルマインにもエジャールにも渡さない」
 パタン。
 玄関のドアが開いて、彼女がひょっこりと顔を覗かせた。
「ただいまです!」
 僕たちは顔を見合わせた。こういうとき、双子っていうのは何か通じ合うものがあるのか、アイコンタクトでどうにかなる。通じた意思は一つ。『普通に振る舞え』。
「おかえりー。どう、面白いもの見つけた?」
 僕が聞くと、えへへへへー、と彼女が笑う。まるでいたずらを思いついた子供のようだ。25歳だと言っていたけれど、なんかの理由で年齢を偽ってるんじゃないだろうか。
「んとですね、エジャール語で『蒼の洞窟』って立て札があったところが綺麗でした! 壁面が星空みたいな洞窟!」
「あー、あそこな。面白いよな。今度、弁当持ってピクニック行くか」
 アルトが言うと、彼女の髪の毛がぴょんっ、とはねた。アゼル人はこれがあるから、感情がわかりやすいなーと思う。苦労はしそうだけど。
「ピクニック! 行く! 行きたいです!」
 彼女はその場で、踊るようにくるくると回る。嬉しさの表現らしい。可愛らしいなーと思うと同時に、やっぱり、25歳には見えないな、と思う。一挙一動あまりにも子供。
 僕たちエジャン人は15歳が成人で、それ以降は大人の扱いなのだけど(身体は20歳くらいまで成長するけどね)、もしかして、アゼル人って、25歳っていっても子供のうちに入るとかなのかな。
「ねえ、姫。アゼルって成人になるのいくつ?」
 思わず訊くと、
「え? エジャンと同じですよ。15歳です」
 そんな答えが返ってきた。
 彼女の答えに、僕は目を丸くしていたんだと思う。姫は笑って、口に手を当てた。
「子供っぽいですよね、ボク」
 そして、彼女は、さらっとした調子で言った。
「バヨナ病にかかっていたもので」
 バヨナ病とは。アゼル、エジャンともに罹患する数少ない病気で、感染経路こそ不明だが、いったんかかると心身ともに成長が止まる病だ。死に至らないものの、それゆえに研究も進まず、難病として知られている。
「寛解はしましたけど、成長期過ぎちゃったので……見た目も中身もぜんぜん子供なんですよ」
 彼女はそう言って、なぜか申し訳無さそうに笑った。
 僕とアルトは顔を見合わせて、この少女の幸薄さに心底同情した。

 ********

 夜。
 少女は、僕とアルトの合間で、縮こまるようにして眠りに落ちていた。
「ねえ、アルトくん」
「なんだ?」
 彼女の背中をさすっていたアルトが、優しいトーンで訊いてくる。
「……三人、一緒にいようね」
「そうだな。許される限り、そうしたいな、俺は」
 その言い方に、僕は見透かされた気がして、少し戸惑った。
「まあ、誰が許さなくたって……別に……いいか……」
 眠かったのだろう、彼はそのまま背中を向けて寝息を立て始めた。
 僕はそのまま、兄から視線を外す。視線を泳がせ、辿り着いた先は、友人が開発した、チャクトワーフトのレベル測定器(マジュプリカ)。
 24で止まった数値。上がることも、下がることですらない。
 僕の願いはきっと叶わない。
 それどころか、僕はもう『いない』のだろう。
 あとどれだけ、この身体を維持できるかも判らない。
 今はまだ、僕だけの秘密。
 やがて、二人も知ることになるだろうが……それはまだ、先の話でいい。
 おやすみなさい、僕の愛しいヒト。
 今はひとときの夢を。


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