【小説】オリジナル/ブルプリ/STAGE01『全ての始まり』(Alto)


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「ほら、こっち来いよ」
 俺が言いながら手を差し出すと、アルフレッドが困った顔をして手を伸ばす。
 サラサラの、青みがかった紫の髪が揺れた。
「僕だって、魔法使いだよ。そんなのしなくたって……」
「仕方ねぇだろ。お前ってなんかこー……心配なんだよ」
 その言葉にぷくーっと頬を膨らませて、ヤツは不満をあらわにする。
「あっ。その『自分は兄です』って言いかた、頭くるな~」
「事実なんだから怒るなっての。メンドクセーな、お前は」
 俺が少なからず眉をひそめると、アルフレッドはニマーと笑って、俺の腕をくいっと引っ張った。俺はといえば、そのせいでよろけて(コイツは意外と力がある)、コイツの胸に顔を埋めることになった。
「うふふふふー。アルトくん、かーわいいっ」
 満足げに笑うアルフレッドは、なんだか自分の保護者みたいで。
 ……こーゆーとこ、嫌いだ。ムカつく。
 片腕でアルフレッドの胸をぐいっと押しやり、ヤツを後ろにして再び歩き出すと、後ろから抱きしめられた。
「ねぇ、愛してる」
 同じ顔に向かっていう言葉じゃねーな、それ。
 俺ははぁ、とため息をつく。
 俺……アルトと、アルフレッドは双子だ。俺が兄で、ヤツが弟。
 有名な話ではあるが、双子はなぜか、先に生まれたほうが弟である。
 アルフレッドは自分が先に生まれたから、と、ことあるごとに主張する。曰く、俺を守る義務があるとかないとか。
 確かに「露払い」などとは言うらしいが、俺としてはそんなのどうだっていい。つーか、うるさいから、どうにかして黙らせてやりたい。
「残念だけど……」
 俺の言葉は、後ろからの「あ」の声で遮られた。
 この、空気の読めなさというか、あくまでマイペースなところも、あまり好きじゃない。
 なんだよ。
 振り返ると、アルフレッドは目を見開いて、向こうの木を指差した。
「誰か、落ちた」
「ここ、どこだと思ってんの?」
「静寂の森」
 静寂の森は、俺たちエジャン人の国『エジャール』と、亜人であるアゼル人の国『アゼルマイン』を分ける国境の役割をしている。
 国境なのに兵士の一人もなく、普段はヒトなぞ寄りつきもしない。ゆえに、静寂の森と呼ばれる。
 この辺りは魔獣が出て危険なので、不可侵な国境としてはちょうどいいのだ。
 魔獣。
 ヒトの邪念から生み出されるケモノ。
 物理攻撃もそれなりの力だが、邪念の塊だからなのか精神汚染攻撃を特徴としている。
 そして、対処できるのは魔法使いくらいのものだ。それか、よっぽど腕の立つ狩人。
 魔法使いやハンターは共同でハンターズギルドを設立し、魔獣の亡骸から落ちる魔石を売買して生計を立てている。
「判ってるじゃねーかよ」
 俺は呟いて、ふぅ、と息を吐いた。
「この森に、魔法使いやハンター以外いるかよ。人間なんてさ……」
「魔法使いだよ。だって、契約の計器、首にあったもの」
 目、良すぎ。
「行こ! チラッと見た感じだと、結構可愛いコだった! 助けて、お近づきになりたい!」
 現金すぎ。
 だいたい、アレだ。
 助けたからと言って、お前になびくとは限らないんだぞ。
 確かにお前はモテるけどな。ムカつくことに。
 そう考えている俺を他所に、弟は呪文を唱え、空間をかき混ぜ始めた。
「『クイック・レベル3』!」
 ……魔法まで使うか、普通。
 あっけに取られた俺を置いて、アルフレッドはどんどん加速していく。
「ま、待てって! 俺これでレベル下がるのに! チクショウ! 『クイック・レベル3』!」
『アルト、経験値が規定値を下回りました。レベルが一つ、ダウンします』
 契約の計器からチャクトワーフトが警告する。
「うるせぇ! さっさと下げろ、バカ!」
 俺は怒鳴りながら、必死でアルフレッドについていく。
「アルフレッド!」
 名前を呼ぶと、アルフレッドは走りつつ、すごい目をしてこっちを見た。
「アル、でしょ!」
 ぐ。
 その迫力に、ちょっと口ごもる。
 アルフレッドは、自分の名前が大嫌いらしい。理由は知らない。
 俺にもいつも、『アル』と呼べと、本当にうるさく言ってくる。耳だこだ。いつもはそんなコイツに従って、アル、と呼んでいる。
 だけど、だけどだ。
 いきなりで、こっちだって訳が判らず走らされて、自分のレベルも下がっていいことないのに、何故お前の言うことを聞く必要がある!
「アルフレッド!」
「くどい! あ、みっけ! ……う、わぁ」
 アルフレッドは何故か言葉を失い、なにもすることが出来なくて、急ブレーキをかけ、その場に座り込む。
 それに躓いてコケそうになるが、ぐっと堪えてから、その現場を覗き込む。
 そこには、変身が解けて、気絶している少女がいた。
 何故、俺に、『変身が解けた』と判ったのか。その理由は簡単だ。『契約の計器』がない。
 『魔法使い』は、『チャクトワーフト』という異形の存在と契約してなるモノだ。そんな魔法使いは、変身するとき、首に『契約の計器』をつける。これは、自分に憑いたチャクトワーフトのレベルを表すもので、見た目は、時計がついた首飾りだ。長針が経験値(長針が一回りすれば、レベルが一つ上がる)、短針が今のレベルを表している。彼女の首には、今それがなく、傍にチャクトクラフトが転がっている。
 彼女の見た目はといえば、ビリジアンブルーの、腰までのふわふわな髪。真っ白な陶器質の肌。綺麗な薔薇色の頬と、口紅なんかしてないだろうに、紅い唇。眼は閉じているが、恐ろしいくらいの美少女だ、ということは俺にも判る。
 この娘、絶対、アルフレッドの好みだ。コイツ、めちゃくちゃ面食いだから。
『リノ……無事ですか……?』
 チャクトワーフトが息も絶え絶えに呟く。
 リノ、というのが、この娘の名前らしい。
 俺は手早く、彼女の手首の脈を取った。脈は弱いが、規則正しく打っている。
「大丈夫だ、生きてる」
『よかった、です』
 チャクトワーフトの表情の違いは俺達には判らない。なにせ、喜怒哀楽がそこらの生き物とは違うからだ。が、明らかに安心した声に、俺は呆れた。
「アンタ、変わったチャクトワーフトだな。フツーは契約者の心配なんかしねーよ」
『このコは……死なせられない、から』
「可愛いもんねぇ」
 アルフレッドが夢見心地に呟く。
 違う、そうじゃねぇよ。
 ツッコミを入れたかったが、代わりにため息しか出なかった。
 アルフレッドはいつもそうだ。おどけて、自分がピエロになる癖がある。
 今はその場合ではないだろうに。
 俺はヤツの尻をつねってから、チャクトワーフトを観察した。
 それにしても、弱々しすぎる。レベルが低いのか?
 チャクトワーフトは、魔法使いが魔獣と戦って得た魔力のカケラを経験値として食べ、一定量の経験値を食べるとレベルが上がる。これがチャクトワーフトの、ひいては魔法使いの力の源だ。レベルが100になったとき、チャクトワーフトは俺たちの望みを叶えてくれる。
 こいつらは、レベルで生命力が変わってくる。弱いチャクトワーフトは、総じてレベルが低い。
『一つ、頼んでも……?』
 その眼に、俺たち二人が映る。眼に映った俺とアルフレッドは小さくて、どっちがどっちだか見分けがつかないくらいだ。やっぱり双子なんだな、俺たち。
「えー……? どうしよっかなぁー……」
「聞いてやれよ。困ることじゃねぇだろ」
 俺が言うと、アルフレッドがにっこり笑った。
「アルトくんの頼みだから、聞いてあげる。なんでも言って」
 ホント、現金なヤツ。
 チャクトワーフトは頷いて、彼女を見た。痛みからか、苦悶の表情を浮かべてはいるが、なおも美しい彼女を見て、チャクトワーフトが笑った気がした。
『このコを、頼みます……』
 妙な願いに、俺たちは顔を見合わせた。
「変な頼みだねぇ。キミが守ってあげればいいじゃん。契約してるんでしょ?」
 アルフレッドが言うと、チャクトワーフトが首を振る。
『私はもうすぐ、役目を終えます……。このコを攻撃から守って……もう、最後の力も使い切ってしまいました……。元々、私は……それほど優秀でないチャクトワーフトですので……これ以上は、この世に留まれないのですよ……』
 チャクトワーフトが消える。
 その事実は、俺たちには、知らされていないことだった。
「消えるのか、アンタ」
『ええ、残念ながら……。ですが……このコを、守りたい……』
 だって、このコは……
 そこまで言うと、チャクトワーフトは、砂となって崩れ落ちた。
 砂はしばらく、七色に光っていたが、やがて、砂自体もこの世から拒まれるかのように、溶けてなくなった。
「……」
 アルフレッドが口を抑えて絶句する。
 こんな青ざめた顔、初めてかもしれない。
「……アル、この娘、家に連れてくぞ。このままだと、魔獣に喰われる。ゲートを開け」
「う、うん……。『ゲート・レベル1』」
 彼が左手を前面にかざすと、左手のリングが光って、白いトンネルが開いた。
 白いトンネルの向こうには、俺たちの住処。別世界に構築した、赤い屋根の小さな家。
「どっちかがその娘を抱えれば、僕らの身体の一部として認識されると思う。行こう」
 俺は頷くと、彼女を肩に担いだ。左につけたリングがキラッと光り、彼女のことも認識したようだった。
 そのまま一歩足を踏み出し、ゲートの中に入る。
「チャクトワーフトって、あんなふうに消えるんだね……」
「そうだな」
「そうしたら、契約者の願いごとはどうなるんだろう……」
「さあ、な」
 ここからは、アルフレッドの顔は見えない。
 だが、明らかに動揺している。
 声も足も震えていて、本当は立つのがやっとだろうに、こいつは弱みを見せない。
 こんな時、少しは頼ってくれと思うのは、なにも兄として間違ってないだろう。
 彼が俯いて、家のドアを開ける。
 開けた瞬間、振り返って、無理に笑って見せるアルフレッドは、見ているだけで胸が痛かった。
「さあ、その娘をベッドに寝かしてあげようよ。いつも、僕たちが使ってるベッドだから、男臭くてイヤかもしれないけど」
 その痛々しい彼がイヤで、眉をひそめる。
 なんでそんな風に振舞う。
「なんて顔するんだよ。しょうがないでしょ、ベッドが男臭いのは事実だと思うよ」
 俺は、ベッドルームのドアを開けて、ベッドに彼女を寝かしつけ、戻ってきてから、アルフレッドの頭にゲンコツを落とす。
「いたっ! なにするんだようっ!」
「わざと明るく振舞うな。痛々しい」
 それだけ吐き捨てると、ポンタタのコーヒーを入れるために、ヤカンに水を汲み、かまどに設置した。
 こんなのでも、彼の気を紛らわせられればいい。
「……僕は……。願いごとがもし成就されないなら」
 布の擦れる音。
「死ぬかも、しれない」
「あのな」
 言おうとする俺の後ろから、腕が回される。
 俺の左薬指を愛しそうに撫でる細っこい指が、少し震えているのが判った。
「本気だよ。キミに愛されないくらいなら……僕は、死んでやる」
「……」
 俺は、『愛する』という感情を失った。
 理由は判ってる。チャクトワーフトと契約したからだ。
 契約してから、風の噂で聞いた。
 チャクトワーフトと契約したら、『代償』を覚悟して生きてゆかねばならない、と。
 俺の契約の代償が、つまりはそういうことらしい。
「……やだ。やだよぉ……。僕のこと、見て……。愛して……」
 代わりに……
 俺は、他人に対する感情を『執着』で補うようになった。
 人間っていうのは、よく出来ている。
 俺は今も、アルフレッドを『愛して』いる。
 誰にも渡さない。コイツは、俺のものだ。
「大丈夫だ。大丈夫だから、落ち着けよ」
 俺は向き直って、彼の手を取り、そっと口に含む。
「んっ……!」
 かすれ気味の高い声。
 コイツの声は、俺より高いけれど、普段は囁くように喋る癖がある。他人によく聞き返され、そのたびに困った顔を見せていた。
 俺は、何度もそれを直そうとしたけれど、そのたびににっこり笑ってこう言うのだ。
「キミにさえ通じればいいよ」
 バカだなぁ、と俺が笑い返す。それが、一連の流れ。
 まさか、お互いがお互いを好きだなんて、そのときは微塵も思わなかった。
「あ、ぅ……」
 指を吸い、口を離し、アルフレッドを椅子に座らせた。
 そして、深く口付ける。
 俺だけのものだ。
 こんなにも執着していることに、きっと彼は気づいてはいない。
 それでいい。
 こんなにも執着している自分が、自分でもイヤだから。
 唇を離すと、彼は満足そうににんまり笑って、俺を抱きしめた。
「あー、もうっ。キミのこと、押し倒したくなっちゃったじゃないか」
「レディがいるんだ、我慢しろ」
「あの娘、本当に可愛いよねー。一晩くらいお相手してくれないかな」
 バカだ、コイツ。
 アルフレッドの頭に、再びゲンコツを落とし、ヤカンの具合を見た。うん、ちょうどいい……筈だ。
 俺がヤカンを取ろうとすると、彼が立ち上がり、俺の服の裾を引っ張った。
「まだだよ。それ」
 そして、カップを二つ出し、それぞれにポンタタの粉末を入れる。
「僕が淹れてあげる。彼女についてて」
 どうやら、精神的に持ち直したらしい。これで、あんな痛々しい様子を見なくて済む。
 俺は胸をなでおろし、再びベッドルームに向かった。
 まだ気を失っているのを確認すると、ベッドの近くに、椅子を持っていき、座って彼女を見る。
 もう、痛みに顔を歪めている様子はない。多分、軽く打った程度なんだろう。見たところ、精神汚染も受けてはいない。なにがあったのかは知らないが、あのチャクトワーフトの自己犠牲には、天晴れと言うほかない。
「……結構、幼いんだな」
 見たところ、彼女は12歳くらいだ。これから、ますます綺麗になるんだろう。
 っていうか、アルフレッドって、こんな幼い相手も許容範囲だったか。これはヤバい。アイツ、あんなこと言ってて、いつか俺のこと捨てるんじゃなかろうか。
 少し彼女に嫉妬して、目を逸らすと、鏡に映った自分が見えた。
 菖蒲色の髪に、金色の瞳。アイボリーの肌。顔は整っているほうだと自分でも思うが、なにせ、嫉妬の最中だ。自分の表情がとても醜くて、思わずそこからも目を逸らした。
「なーにしてるのー?」
 間延びした声がドアのほうから聞こえて、そっちを向くと、カップを二つ持ったアルフレッドが立っていた。
「はい、コーヒー」
 コーヒーじゃないコーヒーを受け取って、一息つき、呟く。
「……たまには、普通のコーヒーが飲みてぇな」
「ポンタタのコーヒーも美味しいよ」
 代用品だよ、ポンタタ。しかも、雑草じゃねーか。
「……ま、いいや。お前の手作りだからな、旨いよ。サンキュー」
 コーヒーをすすっていたアルフレッドだったが、それを聞くなり、お得意の笑顔を作り(あのにんまり笑うやつ)、俺の頬に唇を寄せた。
「もしかして、彼女に嫉妬してた?」
 図星を突かれて、胸が痛い。
 そうだよ悪いか。
 そんな風に開き直れたら、少しは楽だろうか。
 答えられないでいると、彼は机にカップを置き、俺のカップも取り上げて机に追いやった。
「なにすんだよ。飲んでる最中だぞ」
「エッチ、する? この娘、きっと当分目覚めないしさー」
 遠慮しとく。
 俺はそれだけ言って、机のカップを取った。
「キミに尻軽だと思われてるのは、僕としても心外だし……」
 うるせー。
 コーヒーをすすって、はいはい、と適当にあしらう。
「この娘に一晩お相手して欲しいとか言ってたろ、さっき。残念だったな。見たとこ、初潮もきてない年齢だぞ」
「最近のコは成長早いんだよー。僕だって、男になったの9つのときだったし」
 え、なにそれ。
「……早くね?」
「そう? っていうか、あの頃毎日、ベッドの中でキミを想ってたの、気付かなかった?」
 気付くか、バカ。
 つーか、俺の記憶はひどくあいまいなものだと知ってるだろう、忘れたのか。
 情けないながら、俺は昔の記憶がひどく混乱している。
 本当に情けないその原因なのだが、いきなり目の前に出てきた犬に驚いて、階段から転げ落ちて頭を打ったから、らしい。
 我ながら情けなさ過ぎて涙が出そうだ。
「まぁ、キミが寝たのを確認してやってたしなぁ……。あどけない、キミの可愛い寝顔はいつもおかずだったよ」
 あーあーあー、黙れ、もう。
「まあるい狐目がさ、眠ると、全然違う表情なんだよね。今もおかずにするけど、やっぱ、これ以上のは未だに出会ってないかな」
 ニコニコ笑いながら頬に手を当てて、うっとりするこの男に、なんていうか、イラつきを覚えた。
 誰か、コイツ黙らせろ。
「そういうアルトくんは、確か、男になるの遅かったよね。14だっけ」
「なんでそんなこと覚えてんだよ」
 俺が話題に噛み付くと、アルフレッドは俺の手のカップを奪って、コーヒーを飲み干した。
「覚えてないの? あの時、僕、いい加減我慢できなくなって、キミを無理矢理脱がせて、素肌を撫で回したんだよ」
 十四と言ったら階段から転げ落ちたか落ちないかだし、それは全然覚えてないんだけど、顔があっという間に紅潮したのが判った。
 アルフレッドの笑みが、いつもの人懐っこい笑みから、悪意を含んだものに変わる。
「初めてだったから、イキづらそうだったけど……。根気強く撫で回したら、イってくれたから、嬉しかったなぁ……」
 コイツは典型的なサディストだ。そのスイッチが入ると、すぐに判る。
 悪意だらけの笑み、甘い吐息交じりの囁き声。そして、言葉責め。
 肉体的に相手を痛めつけるのは好みじゃないらしい。
「今も素肌撫で回されるの、大好きだもんねぇ……」
 アルフレッドの手が、服の中に滑り込んで、俺の胸を撫でた。
「は、ぅ」
「んー……。もう、ここ勃ってる……」
 執拗に撫で回されて、背中に寒気が走った。
「あ!」
「ほらほらぁ……声出さないでね。この娘起きちゃうよー……」
 ボタンを外し始めたアルフレッドに、一応抵抗してみるが……ダメだコイツ。絶対、強化系の魔法使いやがった。
「あれぇ……。気持ちよすぎて、抗えない、とか?」
 くすくすと笑うアルフレッドにムカついて、ちょっとだけ声を荒げる。
「テメェっ……! 『ストレングス』使ったろ……っ!」
「うん、レベル3」
 バカじゃねぇの?! いや、バカだろ!
 魔法使いが使える魔法はレベルによって強さが変わる。1が最弱、3が最強。
 普通の人を組み敷く程度ならレベル1で十分。
 の、に。
 コイツ、最強の肉体強化かけたの?!
 バカか! チーズケーキの食い過ぎで死ね!
「おかげで、押さえつけるのは楽なんだけどさー……。快楽与えるのは難しいねぇ……。痛くしちゃうかもー……」
 じゃあやめろよ!
 言う前に、口を塞がれた。
「ふ……っ」
 息の苦しさに涙目になりながら、アルフレッドの向こうを見る。
 ……彼女が、起きていた。
 明らかに、訳が判らない、という顔と、怯えた瞳でこちらを見ている。
 意を決した俺は、アルフレッドの頭を思い切り殴り、ついでに頭突きも食らわす。
「いったぁぁぁぁぁ!」
 そして、珍しい絶叫と共に、俺から離れてその場に崩れ落ちるアルフレッドを横目に、身なりを整えた。
「彼女がお目覚めなんだよ、気付け!」
「えっ?!」
 アルフレッドが身のこなしも素早く、立ち上がってベッドのほうを見る。
 なにその嬉しそうな声と行動。ムカつくなー。
「あ、あの……っ。その……っ」
 大きくてまんまるな桜色の瞳を潤ませて、一生懸命、何かを言おうとする彼女。
 鈴が鳴るような、っていうのはこのことなんだろうなってくらい、声も高くて。けれど、耳障りだとかは全然思わない。すごく綺麗で、聞き易い声で。
 ああ、なにもかもパーフェクトな女の子なんだな、と思った。
「ボ、ボク、お邪魔なら出て行きます……っ」
「あー、いやいや。全然いいよー」
 アルフレッドが鼻の下を伸ばして、へらへらと笑う。
 なにコイツ。ホント、ムカつくんだけど。
 ……ん?
 なんか、今、変な一人称が聞こえた気がする。
 気のせいか?
「……『ボク』?」
 アルフレッドも違和感に気付いたらしく、ご丁寧に指差しつき(失礼だ。すごく失礼だ)で、彼女に訊く。
「?」
 彼女は訳が判らない、という顔を再びして、小首を傾げた。
「えーっと……。キミは……」
 アルフレッドが彼女に近づき、股間の辺りをまさぐった。失礼にも程がある。
「ふ、ふにゃあっ?」
 普段なら、可愛らしい叫び声に満足するであろうアルフレッドは、まじまじと彼女の顔を見つめる。
「……えっ。アレ、ある……」
「えっと。……ボク、男です」
 ……。
 俺たちは、しばらく絶句した。
 なんでこんな高い声なんだよ。
 声変わりもまだなのか、このコ……?
「……アルトくん。僕、ヤバい」
 あーあー、判ってるよ。
 お前、男の娘大好きだもんな。
「僕、アル! お名前、なんていうのっ?!」
 アルフレッドはそう言って、喰いつかんばかりに彼女……じゃない、彼の両手を握った。
 コイツは興奮すると、囁くような喋りが直る。それはそれで、俺にとっては嬉しいんだけど……
「わっ、わわっ!」
「ううっ、めちゃくちゃ可愛いーッ」
 ……ゴメン、ちょっと嘘。今はただただムカつく。
「で! お名前! お名前知りたいなー!」
 彼は少し迷ったような素振りを見せて、それから、凛と響く声で自己紹介をした。
「リノ、です」
 アルフレッドがリノを放し、顔をマジマジと見てから、再び抱きしめる。
「リノちゃん! 名前まで可愛いーっ!」
「あ、あの……っ。ちゃん、じゃなくて、くん……」
 うん、それは俺も思った。
「いいのっ! むしろ、姫って呼びたいくらいなんだからっ!」
 アルフレッドはそう言ってから、はっとしてリノを見て、お得意のにんまり笑いを浮かべ、一言。
「呼んじゃえばいいんだよね、姫って!」
 おい、男にそれはないだろ。
 俺が言おうとするのを察知したのか、
「アルトくんはしばらく黙ってていいよ。あとでお相手するから」
 と、リノに頬を摺り寄せてこっちを見た。
 えっと。
 こーゆーときはアレだ、古代からの呪文を唱えよう。
 アルフレッド。お前、逝ってよし。
「姫~! 姫、何歳~?」
「え、えっと……25、です」
「25?!」
 思わず俺とアルフレッドの声が重なった。
「こ、この幼さで25歳……! 合法ロリータなんだね、姫……」
「おい待て、ロリータじゃねぇぞ」
 俺の言葉にアルフレッドは振り返って一言。
「だから、黙ってていいって」
 なんだコイツ、マジくたばれ。
「姫、なんであんなところにいたの? 魔法使いなんでしょ?」
「あ、はい……。魔法使い……です」
「だけど、もう違うよな」
 俺の言葉に、リノはこっちを見た。
 いろんな感情が入り乱れた表情。
 そんな顔するなよ。
「どういう……こと、ですか……?」
「消えたのさ、チャクトワーフトが」
 俺は思わず、彼から顔を背けた。
「キオネイナが……消えたの……?」
 彼の声が震えている。
「チャクトワーフトに名前つけてたの?」
 アルフレッドが訊くと、
「いいえ。彼女の名前だと、聞きました」
 と、リノが震えた声のまま、答える。
「キオネイナ……!」
 悲痛な声に、思わずリノのほうを見た。
 顔を両手で覆って、下を向いて。
 何故、こんなにもチャクトワーフトを慕っているかは判らないが、その姿には胸を打たれた。
「で、願いごとって……やっぱり叶ってないの?」
 アルフレッドが申し訳なさそうに訊く。
 リノはそのまま、ふるふると首を振って、
「……判りません」
 とだけ答えた。
「とりあえず、ご家族のところに戻すしかないよねぇ……」
「……」
 リノがそっと顔を上げて、さっきのアルフレッドのように、無理に笑った。
「お手洗い……貸してください。なんか、緊張したのか、お腹痛くなっちゃった……」
「あ、いいよ。アルトくん、案内してあげて。僕、姫の分のポンタタコーヒー、淹れてくるから」
「ああ。リノ、こっちだ。行こう」
 俺は彼に手を貸して立たせると、ベッドルームを出て、右に曲がった。
「あ、あの……お名前、なんていうんでしたっけ?」
 後ろから、おずおずとした声が聞こえて、俺はその問いに答えた。
「俺? 俺はアルト。あと、アイツ……アルって名乗ってたけど、本名はアルフレッドな」
「双子……?」
「そ。俺が兄貴で、アイツが弟。……ほら、ここだ」
「あ、はい」
 ベッドルームに戻ってるから。
 俺がそう言うと、リノは少し開けた扉から、ぴょこっと顔を出して、ふるふると首を振った。
「いてくださると……嬉しいです」
 こういう行動を見るかぎり、彼は自分の可愛さを判ってるんだろうな、と思う。
 まあでも、可愛いものは可愛い。
 あざとさはあるが、従ってやろう。
「判った、いてやるよ。ただし、耳は塞ぐぞ?」
「……?」
 あ、コイツ、判ってねぇな。
「イヤだろうがよ」
「……!」
 ようやく判ったのか、にこっと笑みを浮かべたリノは、一言、
「ありがとうございます」
 と言って、ドアを閉めた。
 俺は宣言通り、耳を塞ぐ。
 しばらくすると、沈んだ顔のリノが出てきて、はぁ、とため息をついた。
 明らかに、おかしい。
「なんだ、どうした?」
 耳を塞ぐのを辞め、彼の言葉を聴く態勢を取ると、彼は顔を真っ赤にして、両手をぶんぶんと振った。
「な、なんでもない、です!」
「?」
「ああ、スッキリした! えへへへへ、ありがとうございます」
 笑い顔はやっぱり可愛らしいけれど、どこか痛々しくて。
 思わず、抱きしめた。
「?!」
 俺、こーゆーあざといのに弱いのか。新発見だな。
「なんだ、どうした。言ってみろ」
 俺がそう言うと、腕の中の小さな生き物は、ふるふると震えだす。
「……」
 しばらく耐えていたらしかったが、俺が無言で腕に力を込めると、
「う、うわぁぁぁぁぁん……っ!」
 胸に顔を埋めて、泣き始めた。
「な、何っ? どしたの? ……あっ」
 こちらに来たアルフレッドの顔は、見なくても判る。
 怒ってる。
 彼の顔を見ると、やはり嫌な表情をしていた。
「アルトくん、浮気……? って言うか、姫のこと、泣かしたの……?」
「……」
 こういうときのコイツは、俺の言うことなんか聴きゃしない。だから、黙っているしかない。
「あっ、そのっ、アルトさんが悪いんじゃなくて……」
「姫は黙ってて。僕はアルトくんに訊いてるの」
 お前は言ったって聞きゃしないだろうがよ。
「……」
「キミは僕を捨てるんだ。ふーん……」
 捨てるわけねーだろ、気づけ!
 ああ。表情が変わらない、この顔が憎らしい。
「……勝手に思ってろよ」
 ああ。気の利いたことすら言えない、この口も憎らしい。
「うん、勝手にするよ」
 この男は、俺から捨てるように視線を外すと、俺の腕の中の小さな存在に笑いかけた。
「おいで、姫。コーヒー淹れたよ」
 姫、と呼ばれた少年が、首を振る。
「お二人が仲直りしなきゃ、イヤです」
「別に、ケンカしてる訳じゃないんだけど……」
 まぁ、いつものことだし。
 そう思いつつ、俺が視線を下に向けると、リノはひしっと抱きついて、じっとこちらを見上げていた。
「仲直り……してください……っ」
 ……。
 コイツ、調子狂うなー。
 可愛さを武器にするところなんか、まるで女性だ。
 ……判ってても可愛いけどな。チクショウ。
 今度は、アルフレッドをじっと見るリノ。
「仲直りー……っ」
「~……っ」
 アルフレッドも彼の可愛さにやられたらしい。顔を真っ赤にして、ふいっとそっぽを向いてから、
「アルトくん……ごめん」
 と、呟いた。
「いや、いいけどさ……。アル、俺がお前のこと捨てると思ってんの?」
「……思ってない」
「じゃあ、今後は言うな。……リノ、コーヒーが冷める。行こう」
 俺は、リノの腕を少々強引に振りほどいて、リビングのほうに進もうとする。
 ふと思い、振り返って、アルフレッドにも声をかけた。
「何ボーっとしてんだ。来い。ショコラの実が喰いたいから、出してもらえると助かるんだけど」
「! うんっ!」
 実際にはないけど、千切れんばかりに振る尻尾が見えたような気がした。犬っぽいんだよな、コイツ。
 リビングに戻ると、コーヒーカップが三つ置いてあった。アルフレッドが置いたんだろう。
 俺は、食器棚から大きめの皿を一つと、小皿三つ、トング一つを出して、テーブルに置く。
 リノを席に座らせたアルフレッドは、棚に手を伸ばして、硝子のビンごとショコラの実を取り、俺が出した大きめの皿に形よく盛り始めた。
 コイツ、こういうセンスがあるんだよな。羨ましい。
 アルフレッドが食べ物を盛ると、本当に美味しそうに見える。いや、ショコラの実は大好きだから、いつ食べても美味しいんだけど。
「わぁっ、なんですかこれー!」
 リノの歓声に、あ、そっか、と思う。
「ショコラの実だよ。僕たちが普段いる世界にはないけど、毒はないから大丈夫」
 木の実を取り分けながら、アルフレッドが彼に笑いかけた。
「甘いもの好きだったら、きっと気に入ると思うよ。コーヒーと一緒にどうぞ」
「コーヒーも、ちょっと変わった匂いしますね」
「それも、この世界に生えてるポンタタを原材料にしてるんだ。美味しいよ」
 リノが首を傾げた。
「ここ……。もしかして、いつもの世界と次元が違うんですか?」
 まぁ、それはお察しだよな。
 思いながら、俺はアルフレッドを椅子に座らせ、行儀が悪いのを承知で、立ちながらショコラの実をつまむ。
「そして、お二人はここの食べ物しか食べれない、とか……?」
 ……コイツ、勘がいいんだな。
「ここの食べ物しか受けつけないのは僕だけね。アルトくんは僕に付き合ってくれてるだけだよ」
 アルフレッドが苦笑して、頭を掻いた。
「僕の契約の代償は『生まれ落ちた世界から拒絶される』ことだから。身につけるものでさえ、この次元のものじゃないと、徐々に命が削れちゃうのさ」
 そう。
 俺が無事に一人で行動できるようになってからすぐに、彼は床に伏した。
 俺は、彼を失いたくなくて、あちこち手を尽くして、そして、真実を突き止めた。
 世界の全てが、アルフレッドの命を削っていること。
 吸う空気が、口にする食べ物が水が、着る服ですら、彼には毒なんだと。
 だから、俺は魔法使いになり、魔法を使えるようにしてもらって、人間が住んでいない平行世界を作り上げた。俺たちはこれを、『ビオトープ』と呼んでいる。
 さすがに、ゲートを固定するまではレベルが足りなくて、それはアルフレッドにやってもらっているけれど。
 ゲートを開くときのみ、経験値を使うアルフレッドとは違い、空間を固定している俺は、常に経験値が削れている。だから、アルフレッドと同じだけ魔獣と戦っても、俺は彼よりもレベルが低いのだ。
 アルフレッドの身体を蝕む速度は変身している間は遅れるけれど、普段の姿でいればいるだけ、進行が早い。
 だから、本来の世界線では、彼は変身後の姿でいるしかない。
「……」
 ちょっと暗い顔をして、ショコラの実をかじったリノ。
 だが、
「うわっ……美味しい!」
 その美味しさに目を輝かせて笑う。
「あ、そう? よかった」
「さっくりしてて、中身はとろーって! で、まろやかで、甘くてほろ苦いです! フォンダンショコラみたい!」
 アルフレッドもにっこりと笑って、ショコラの実を食べた。
「ふふふ、そうだね」
 こんな穏やかなアルフレッドは、初めて見た。
 あああ。またリノに嫉妬しそうだ。やなやつだなぁ、俺。
「ところでさ、姫。キミ、もしかして、アゼルの人?」
 リノの顔色がさっと変わる。
「え、あ……」
「嬉しくなると、髪の毛跳ねるみたいだからさ、アゼルの人かなーって」
 途端、跳ねていた彼の髪が、しゅん、と落ち着いた(と言うか、色が色なので、しなびたようにも見える)。
「……はい、アゼル人です」
「そっかぁ。耳は? 隠してるの?」
 補足をすると、アゼル人の耳は猫の耳に近いものの筈だ。
 しかし、リノには、エジャン人と同じ耳がある。
 リノが俯くと、頭の上から猫の耳のような耳がぴょこっと覗いた。
「耳、フェイクつけてるんです。……アゼル人は本来の耳を見せることが恥ずかしいことだから」
「あ、そっか。ごめんね、見せてくれてありがと」
 アルフレッドは詫びを入れて、ポンタタコーヒーをすする。
「キミを家に帰さないとなぁ……。近くまで送ってくから、家教えてくれない?」
 俯いたままのリノの身体が、ビクッと震える。
「ここから出してくれるだけで、いい、です」
「うーん、でもなぁ。あのチャクトワーフトにキミのこと頼まれちゃったし」
 アルフレッドがショコラの実を食べながら言う。
「なにも、ストーキングしようってんじゃないんだよ。キミの無事を見届けたら、さっさと帰るさ」
 そういうこと言うから疑われんだよ、バカだなコイツ。
「お前があまりにも『姫可愛い』って言うから、怖がってんだよ」
 俺が言うと、えへへへ、とアルフレッドが笑って、こちらを見た。
「確かに姫はすごく魅力的だし、僕好みなんだけど、僕にはアルトくんがいるしねー」
 リノがふぅ、とため息をついて、笑う。
「……アゼルマインの……城下町、です」
「OK。すぐ向かおう」
 俺がアルフレッドの肩を叩くと、彼は立ち上がって、ちゅ、と音を立てて俺にキスをし、リノを見る。
「さ、姫。行こう」
「は、はい……」

**********

 アゼルマイン皇国。城下町、セーマ。
 アゼル人のことを『亜人』と称したが、俺たちエジャン人となんら変わりのない生活水準だ。むしろ、アゼル人のほうが文化レベルが高い。
 ちなみに、ここの名産はパンだ。かなり美味しいらしい。
 パンの焼けるいい匂いと、たくさんの人で華やかだ。
 そんな中を、俺たちはリノを先頭にして歩く。
「アゼルマイン皇国の城下町って……。初めて来たけど、にぎやかだねぇ」
「そうですね」
「さっきから一時間以上は歩いてるけど……。もうすぐ?」
「……あの、ここまでで、本当に」
 なんだろう、リノの声が硬い。
「んー。さっきから、同じところぐるぐる回ってるだけのような気がするんだけど」
 え、マジで?
 俺がアルフレッドを見ると、あ、やっぱ分かってなかったかー、と笑う。
「アルトくん、方向音痴だからね」
 我ながらひどい方向感覚だ。
 そんなことを思いながら、バツの悪さにため息をつくと、突然、
「止まれ!」
 目の前に兵士が二人来て、俺たちは呼び止められた。
「これから先は、アゼルマイン城である!」
「許可なき者が通ること、まかりならん!」
 そりゃ、そうだよな。
「あのさ、リノ……やばいって」
 俺がリノの隣に立って、彼を見た。
 ところが、彼はそれに答えず、
「お久しぶりですね。ドルケ、リャン。お元気そうでなによりです」
 ふわっと笑って、兵士たちの手を取った。
「リ……」
「リノエリアさま!」
 アルフレッドと俺が、思わず顔を見合わせる。
 リノエリア。
 名前だけは聞いたことあるぞ。
 この皇国の、代々の姫につけられる名前じゃなかったか。
 いや、そんな。まさか、な。
 コイツ、『ある』しな……。自分でも男って……言ってたしな……。
 リノはそれを気にせず、二人の兵士から、手の甲への口づけを受けた。
「お帰りと言うことは、願いを完遂されたのですか?」
「こら、ドルケ。リノエリアさまが困っておられるぞ! さぁ、リノエリアさま。お疲れでしょう。お部屋でお休みくださいませ。リノエリアさまをお連れしましたら、王に知らせてまいります」
 ……王。
 王?!
 やっぱりそうだ!
「えええええーっ?!」
 アルフレッドが変な声を上げる。
「おいっ、リノっ!」
 俺は思わず、リノを呼んだ。
「ちょっと待てこら! リノさまを呼び捨てするとは何事だ、このヤロウ」
 うるせえ、俺はリノを呼んだんだ。
 心の中で悪態をつきつつ、目はリノだけを追う。
「ああ。ドルケ、この方たちをもてなしてください。私の恩人です」
 リノもリノで!
 なんでこっち向かねぇんだよ!
「あ、はい……。承知しました」
 屈強な兵士が言うと、リノがくるっと向いて、苦笑いしながら首を傾げた。
「ごめんなさい、お二人とも。黙ってて……」
「あ、うん……」
 あっけにとられたのか、アルフレッドはこくこくと頷くだけを繰り返す。
「じゃあ、またのちほど……」
 その笑いのまま、きびすを返したリノは、兵士に連れられて去っていった。
「じゃあ、お前たちを案内してやるか。他ならぬ、リノさまのお願いだからな。感謝しろよ」
 なんだろう。悪いが、このドルケってヤツとは仲良くなれそうにない。
 そう思いつつ、この兵士の後ろについていく。
「……お前たち、リノさまを助けたって……。レベルを100にするのを助けたのか?」
 ドルケが質問してくる。
「いや、レベルは100行かなかったんじゃないのかな」
 アルフレッドが正直に言う。
 あのチャクトワーフトは弱かった。
 しかも、消えたのだ。リノを残して。
 レベルは100には届いてないだろう。
「じゃあ、リノさまの願いは……」
「多分、叶ってねーよ」
 俺が言うと、ドルケが立ち止まって、下を向いた。
「リノさまが……ミカルドさまに……殺される……!」
「殺される?」
「い、いやっ、なんでもない……」
 無言で歩くドルケ。
 やがて、大きな部屋に通され、彼はこちらを向いた。
「ここが客間だ」
 俺たちが客間に入ったその途端。
 ドルケは扉を閉めた。
「なんだ?」
「リノさまを連れてきてくれたお前たちを見込んで、頼みがある」
 アルフレッドがふう、とため息をついた。
「『リノエリア姫を守って欲しい』でしょ? 残念ながら……」
「いや、それもそうだが。その前に」
 ドルケが膝をつき、跪く。
「リノさまを、攫って欲しい」
「攫う? イヤだよそんなの。僕たちにメリットがない。僕たちの安易な行動のせいで、エジャールとアゼルマインの関係がこれ以上悪くなったら、また戦争になるしね」
 もっともなアルフレッドの意見に、顔を上げたドルケは、真剣そのものだった。
「あの方の身の安全のためだったら、リノさまを好きにしてもらっても構わない」
 好きにしていいって……一国の姫君だぞ。
 下手な奴に言ってみろ、ヤられて捨てられるのがオチだろうがよ。
「はぁ? ちょっと待って。それこそ戦争の火種になるでしょ。とりあえず、話は聞くから、イチから説明してくれない?」
「そうだな。突飛過ぎて、話についていけねーし……」
 イラつく俺たちに、ドルケは、すまない……と話を始めた。
 『リノエリア』は、リノにつけられた名前ではなく、役柄の名前であるらしい。この王家はなんの呪いか、最初に生まれる子供は半陽半陰の身体を持って生まれ(要するに、男でもあり女でもある)、代わりに、王家に繁栄をもたらすのだそうだ。彼女(と言っていいのか、彼といえばいいのか)はちょうど十代目のリノエリアで、生まれたときから、次に生まれた男児との子を生み、次に繋げる役割を背負っているらしい。
 だが、問題はその次。
 リノエリアは、子を産んだあとは呪いを撒き散らし、皇国を滅ぼすらしい。十代前のリノエリアは行方不明になり、そんなことはなかったが、九代前と八代前のリノエリアは大災厄を起こし、皇国を滅亡寸前まで追いやった。
 なので、代々リノエリアは、『第一子を生めば役目は終わり』として、子を産み落とした瞬間、夫である、実弟の手によって殺されるんだそうだ。
「ミカルドさまは、元々、リノさまをなんとも思っていらっしゃらない。ただただ、子を産ませる者としてみておられるし、殺すのが当然だと思っておられる。だが俺は、あの姫さまがそんなものだとは思えないし、思いたくもないのだ」
「……ところで、ドルケさん」
 俺は精悍な顔つきの兵士を見た。
「アンタ、リノの願いを知ってるのか?」
「王宮に仕える者で、知らないものはいない。『男性になること』だ」
 ああ。そうか。
 それで、このヒトにはすぐ判ったんだ。
 アイツの願いが、叶ってなんかいないことを。
 25だと言うのに、鈴が鳴るような高い声。
 顔の形も、女のそれだった。きっと、ちっとも変わってないんだろう。
「……判った」
 その話を聴き終わったあと、ちらっとアルフレッドの顔を見た。
 触れたら切れてしまいそうな眼光をまとった瞳。
 本気で怒ってるぞ、コイツ。
「アルトくん」
「なんだ」
 一応訊く。
 判ってる。
 考えることは同じだ。
「僕は、キミがなんと言おうと、姫を攫う」
「チャクトワーフトとの約束だからな」
 違う。
 いつもよりずっと低い、掠れているが響く声。
「僕は、僕の正義を貫くだけだ。一度関わったんだ、あの子を見殺しになんかしたくない」
「それでこそ、俺の弟だ」
 アルフレッドが左手を前に出す。
「ビオトープのものを食べさせといてよかった。『ゲート』であの子の元に行ける。……『ゲート・レベル1』」
 短い詠唱とモーション。詠唱省略のゲートは、長いこと持たない。
 彼が一歩前に出て、俺たちを振り返る。
「さぁ。姫のところへ」

**********

 ゲートを越え、リノのもとに。
 俯いて、椅子に座っているリノは、綺麗なドレスを身にまとっていた。
 そのドレスは、出身国の違う俺が一目見ただけでも判る、結婚の儀式のための代物だった。
「姫」
 アルフレッドが柔らかい声色で、彼に話しかける。
「アルフレッドさん……アルトさん……。ドルケまで……」
 リノは立つと、えへへ、と笑って、その場でくるっと回って見せた。ドレスのすそが、ひらりと舞う。
 ドレス姿は慣れているんだろう。足をもつれさせることもなく、綺麗に一周したリノは少しだけスカート部分を手で整えた。
「綺麗なドレスでしょ? 結婚を急ぐらしいから、出来合いのドレスだけど……。純白のウェディングドレスは憧れだったから、嬉しいな」
「リノ」
 俺は、目の前の皇女の名を呼ぶ。
 ん、と短く返事をして、彼女は笑顔のまま小首をかしいだ。
「願いね、叶ってなかったの。私、男の人になりたかったのに。でもね、こんな綺麗なドレス着せてもらったから、もういいかなって」
「リノ」
 いいわけないだろう。
 その出来合いのドレスを着せてもらったことに、いったいどれだけの価値がある。
 それは、お前の命と引き換えにしていいものじゃない。
「お、お二人に、私の結婚式、見届けてもらっても……いいですか……?」
 笑顔は崩れそうで。
 声は震えていて。
 見ていられなくなって、俺とアルフレッドは、リノに歩み寄る。
「姫」
「リノ」
 二人で同時に、手を差し出す。
「一緒に行こう」
「俺たちと」
「僕たちと」
「一緒に、暮らそう」
 リノはぽかんとして、それから、ドルケを見た。
「リノさま。わたくしめの独断ですが、この二人には事情をご説明させていただきました。生き続けるには、今しか、ないんです」
「そんなこと……ミカルドが…………」
 リノが俯く。
「ミカルドさまだって、きっと許してくださいます! リノさま!」
 ドルケがリノの手を取った。
 刹那。
「許すわけないだろ。お前、バカか」
 ザクッ……!
 肉を切り裂く音がして、ドルケの背中から突き立てられた剣。
 それは貫通していて、胸から切っ先が見えていた。
「ミ、カルド……さま」
 ドルケの口から、主君の名前とともに鮮血が落ちる。
「リノエリアを逃がすとかさぁ。……ほざくなよ、下衆が」
 いつの間にか、俺たちの背後にいた少年が、剣を突き立てたらしかった。
 ダン!
 音がして、巨体が倒れる。
「ドルケーっ!」
 真っ白なドレスが、紅に染まるのも構わず、リノは彼にしがみついた。
「待っていて、すぐに止血します!」
 ドレスを力任せに引き裂いて、胸の傷を抑えようとするリノを、少年が突き飛ばした。
 リノが体勢を崩し、床に転がる。
「リノエリアー。もう死んでるよ、コイツ」
 彼女を見下ろす少年は、なにがおかしいのか笑顔だった。
 その、どす黒い感情が見え隠れする笑顔に、リノが呆然とする。いや、ドルケが死んだ事実に、もあるだろう。
「あーあ。お前どうすんのー? お前の所為でヒトが一人死んだー」
 そう言ってケタケタと笑う彼を、アルフレッドが殴り飛ばす。
「さいっていだ、お前……。僕たちのパパ以上に、最低だ!」
「えー? リノエリアを世に放とうとするお前らのほうが最低なんだけど……。そこんとこ、判ってる?」
 落ち着き払って、彼は立ち上がり、パンパンと服のほこりを払うと、リノの髪の毛を引っ張り、無理矢理立ち上がらせた。
「リノエリアー。お前、顔はいいもんな、顔は。やっぱ、その顔で、こいつらその気にさせたわけ?」
「い、痛い……ッ。放して、ミカルド……ッ」
「お前もお前でさ、僕が抱いてやるってんだから、喜べよ。な? もう、式なんかどうでもいいや。めんどくせぇ。さっさとこいつら始末して、子供作ろうぜ。まぁ……」
 ミカルドが顔を歪めて笑う。
「子供さえ生めば、お前なんか用済みなんだけど」
 彼は、隠し持っていた短剣で、リノのドレスを裂いた。
「きゃああぁぁぁっ!」
 俺はチラとアルフレッドを見た。
 さっき、俺に悪戯をするために、アルフレッドはストレングスを使っている。しかもレベル3。
 持続時間もまだ残っているはずだ。
 彼の目線と交わったのを確認すると、俺は詠唱を始める。
「エクスプロ……」
 宣言の途中で、ミカルドはリノの髪を引っ張り、彼女を盾にした。
「レベルいくつのを放つかは知らないけどさー……。喰らうの、コイツだから」
 彼は、俺が『本命』だと思ってるらしい。
「ざーんねん。僕が攻撃の本命」
 先に間合いに入っていたアルフレッドが狙いを定めた。
 そして、詠唱転換を行う。
「『詠唱転換・出力最大』!」
 アルフレッドが怒りを込めて、人体の急所に拳を放つ。
 ストレングスの効力を全乗せした拳は、さぞかし効くだろう。
「ぐ、ぁ」
 俺たちとは体力が違う亜人といえども、丁寧に育てられたであろう彼には辛かったらしい。ミカルドが崩れ落ちた。
 自由になったリノを、巧い具合に抱きとめて、俺はミカルドを見下ろす。
「お前なんかに新しく魔法を使うと思ってんのか? イヤだよ、経験値が勿体ねぇ」
「ほーんと。自惚れ過ぎだよね、お前」
 アルフレッドが目を細めた。
「じゃあ、姫は頂いてくよ」
 そして、ミカルドの腹を思いっきり踏みつけ、彼を気絶させた。
 気絶したことを確認すると、アルフレッドは褪めた視線をちらっと投げて、
「こんな奴が姫の弟君とか、信じらんない」
 と、毒を吐く。
 まあ、いいや。
 彼はそう言って、
「『ゲート・レベル1』」
 家へのゲートを固定に入った。
「……アルトさん、ちゃんとついて行きますから……。少しだけ、放してください」
 俺が彼女の言うとおりに放すと、彼女はドルケに駆け寄り、左手に触って何かをすると、亡骸の瞼にキスをした。
「ドルケ、ありがとう。お世話になりました。……大好きでした。もしも……。もしも、ドルケが生まれ変われたら、どこかでまた、巡り会えますように……」
「アルトくん、ゲートの固定完了」
 アルフレッドがこっちを向かずに言う。
「リノ、俺の手に触れてくれ。俺の一部として認識させないと、ゲートを通れない」
「……はい」
 彼女は俺の手を握り、少し後ろをついて歩いた。
 震えてはいないその手はしかし、驚くほど冷えていた。
「……辛くないか?」
 俺は、振り返らずに訊く。
「……辛い、です……」
 案の定、リノは涙声だった。

**********

 すぅ、すぅ、と規則的な寝息が、ベッドルームから聞こえてくる。
 泣き疲れたリノが、タンクトップとショートパンツだけで、ベッドに丸まって寝ていた。
 ドレスはこのビオトープのものではなく、血で汚れていたり、破れていたりで着るものとしてはちょっと用を成さない。
 ので、早々に脱がせ、捨ててしまったのだ。
 今現在、彼女の着ている服は俺のおさがりだ。
 が、彼女はどうやら胸がないだけで女性体型らしく、正直、男物を着せるのが可哀想になる程度には似合っていなかった。
「まぁ、当分は、僕たちの昔着てた服があるから、いいでしょ」
 ギーム茶を飲みながら、アルフレッドがため息をつく。
「でも、あの子にオシャレさせたいんだろ。お前のことだから」
 俺が椅子を作りながら問うと、鼻息荒く、アルフレッドが答える。
「あったりまえじゃない! あのね、オシャレは全人類の義務だよ、義務!」
 あー、はいはい。
 釘を打ち込みながら、俺が生返事をすると、アルフレッドがお茶を飲み干す音が聞こえた。
「……ね、姫の裸、ちょっと見たい。さっき、着替えの時は僕だけ見れなかったしさー」
「お前……おめでたいな。ヒトが一人死んだのに」
 まぁね。
 アルフレッドがコップを握り締めた。
「でも、こういうときだからこそ、僕はいつも通りでいたい」
 そうだ。コイツはこういうヤツだった。
 俺が悲しい時だって、怒っている時だって、やるせない時だって、いつも通りのアルフレッドが俺の心を包んでくれるのだ。
 そういうところに、きっと俺は惹かれている。
「立派だな、お前は」
 要するにただ性欲が強いだけだよ。
 アルフレッドが笑う。
「それでも、俺はお前のそういうところが好きだ」
 俺がそう言うと、
「…………あっそ」
 思ったよりもドライな言葉が返ってきた。
 コイツ、褒められ慣れてないんだ。
 それを知っているから、俺はその反応を見なかったことにして作業を続ける。
 釘を打ち込み終わった俺は、椅子をちゃんと立てて、座れるかどうかも確認する。
「さて、出来た」
「姫の分?」
 そゆこと。
 俺は工具を片付け、アルフレッドの隣に座る。
「アイツ、俺たちと一緒に暮らすのかな、ホントに」
「さあ?」
 俺は構わない。弟もそう思っているに違いない。
 けれど、問題がある。
「もし、ここで暮らすんだとしたら、身体をビオトープ準拠に直さなきゃいけないんだが……」
「アレはねー……。結構苦しいからねー……」
 カタン。
 音がして、振り返ると、リノが目を擦りながら、こちらに歩いてきていた。
 どう贔屓目に見ても、美少女に着せるようなちゃんとした服じゃないな、と改めて思う。
「ゴメンナサイ。一人ですごく寝ちゃってました……」
「聞いてたのか、今の」
「はい」
 じゃあ、話は早い。
「僕たちと一緒に暮らすと、最初にすごく苦しい思いするけど、それでもいい?」
 アルフレッドの問いに、リノは微笑む。
 その笑みはごく自然だった。
「私、お二人に攫ってもらっちゃったから」
 子供みたいな笑みだ、と思う。こんな笑いかたをする子だったのか。
「責任とっていただかないとな、って思ってます」
 あー、ハイハイ。
「要するにお世話しろってことか。面白いこと言うなぁ、お前」
「ええ。お世話になっちゃいますよ。そりゃもう、遠慮なく!」
 リノが胸を張った。
「じゃあ、術式に入ろう。じゃないと、ビオトープの食べ物で栄養摂れないからね」
 アルフレッドが術式の準備を始めようとすると、
「大丈夫です。私がやります」
 彼女はそう言って、右手をくるり、と回して大きな杖を出した。
 ……なんだこれ……?
 この杖は、明らかに術式用だ。身体の小さい魔法使いが、空間をまんべんなく掻き回せるように使うやつ。
 リノはまだ魔法使いなのか?
 いや、そんなはずはない。チャクトワーフトは消えた。俺たちはそれを見た。
 なら、これはなんだ?
 リノが杖を使い、空間を掻き回し始めた。
 身体変化の魔法、『トランスフォーム』のための詠唱。間違ってない。
 だが、それもおかしい。俺たちが魔法を使えるのは、チャクトワーフトから魔法(つまりは、モーションや詠唱)の委細を頭の中に書き込まれているからだ。
 チャクトワーフトが消えても、それは残る? そんな馬鹿な。
 だったら、魔法で無理やり自分の願いを叶えてしまえる。チャクトワーフトに願うこと自体に意味がなくなる。
「『トランスフォーム・レベル3』」
 術式を完成させた瞬間、彼女は書き変わった全身が痛んだのだろう。そのまま倒れ込んだところを、アルフレッドが支えた。
「え、え……? ま、魔法?」
 アルフレッドにも訳が分からないらしく、俺とリノを交互に見て、目を白黒させる。
 俺を見ても、その疑問の答えが出るわけねぇだろ。俺だって知りたいよ。
「リノエリアっていうのは、『そういう』存在なんです……」
 右手をもう一度回し、杖をしまうと、リノは唇を噛んだ。
「リノエリア本人には価値はありません……。リノエリアの使える魔法に、価値があるんです……。魔法使いですら、レベル3までの魔法しか使えませんが……リノエリアは……レベル10まで使えるんです」
「レベル10?! それって……」
「災厄を起こして、国を滅ぼせるレベルです」
 リノの言葉をきっかけに、思考の糸が一つにつながった。
「子を産んだあとは呪いを撒き散らし、皇国を滅ぼす……」
 俺が呟くと、アルフレッドも「あ!」と声を上げた。
「あれは、リノエリアが魔法を使ったのか……」
 彼女は顔を歪めた。
「アゼルマインがエジャールよりも強くて、広大な領地を手に入れているのは……私が強力な魔法を使えるからなんです。長いこと続いていた両国の戦争の停戦だって、私が病にかかったのを隠すためですしね……」
 アルフレッドに礼を言い、リノが立ち上がる。
 険しい顔をして、前を見据える彼女は、獣のようにも見えた。
「毎日、ヒトの汚さを見せられれば、嫌にもなるでしょう。歴代のリノエリアの気持ちが少し分かるような気がします。ですが私は、同じ轍は踏みたくないのです。……だから」
 お二人のところに来れてよかった。
 一転、穏やかな顔で言われて、なんていうか、してやられた気分になった。
 コイツ、ズルい。
 自分の『武器』は判ってて、それを上手いこと使うんだ、コイツ。
 ホント、ズルい。
 まあ、引っかかったのを見せるのも癪だし、幸いにも俺は顔の筋肉があまり動かないから、引っかからなかったことにしておこう。
「そうか」
 俺がポン、とリノの頭に手を置くと、アルフレッドもリノの頬を摺り寄せた。
「僕たちは魔法使えるから。魔法なんて使わなくていいからね」
「まぁ、空間固定くらいは手伝ってもらうかもしれないけどな」
「……!」
 リノの顔が紅潮する。
「よろしく、リノ」
「よろしくね、姫」
「はいっ!」

 俺たちはこうして、二人から三人の運命共同体になった。
 そして、今日から、長くて楽しい日常が始まる。


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