【小説】岩男X/My fair_Angel!LV.07『カンシャしてる。』

 イレギュラー事件から数日。
「豆……ねえ。豆かぁ」
 チョコレートの箱まみれのゼロは、何やら唸りながら、端末とにらめっこをしていた。
 その唸りは、決してチョコレート地獄のせいではないことは明文しておこう。
 この前思っていたとおり、今回はエックスが一緒に食べてくれるので、幾分……いや、かなり消費が楽なのだ。
 話を端末に戻そう。
 端末の画面には、『節分』という行事のことが詳細に書かれている。どうやらこの行事は、炒った豆をそこら中に撒き散らかすらしいが、エックスはまだ常識というものが備わってないゆえに、何かしら仕出かさないとも限らない。それは迷惑極まりない。
 しかし、食べ物に関する行事だ。しかも、炒った豆をその後、年齢の数だけ食べるらしい。エックスを人間らしくするために、できれば体験させておきたい。
 豆はどうやら大豆であることを掴んだゼロは、端末の電源を落とし、こうボヤいた。
「……食べさせるだけで、いいか」

 ********

「おいエックス。豆食うか、豆」
 ゼロは、マスという四角い入れ物に炒った大豆を入れたものを、エックスに差し出した。エックスは不思議そうな顔をしながら、しげしげとそれを見つめる。
「なにこれ?」
「人間の行事だってよ。なんでも、『セツブン』とかなんとか」
「セツブン……」
 エックスがデータ検索に入ったのか、硬直する。だがそれは一瞬で、こくん、と頷くと彼の知っている『節分』をポツリポツリと話し始めた。
「ボク、それしってるよ。ムビョウソクサイをおねがいするやつだね。『フクはウチ、オニはソト』ってやるんだ」
 変なことばかり、よく知ってるな。ゼロは思ったが、言わないでおいた。エックスのメモリの傾向が偏っているのは、製作者が意図している可能性も否定できない。彼が研究用レプリロイドである以上、彼の製作者が意図しない成長はさせたくない。
 エックスは控えめに笑う。
「マメ、食べてみたかったんだ。くれるの?」
「記録によると、年の数だけ食べるらしいから、とりあえずそれだけな」
 ゼロがそう言ったのにも拘らず、エックスは豆をその手一杯に掴み取った。
「おいおい。お前、そんなにいっぱい食べたいのか?」
 ゼロが思わず声を上げると、エックスはキョトンとした顔で手のひらの豆を見せる。
「ヒャクツブないよね?」
 その言葉に、ゼロは鳩が豆鉄砲を食らったかのような顔をした。
 そんなに食べたいのなら止めはしないが、なんで100粒なんだ。何か意味があるのか?
 すると、思考を読んだかのように、エックスが言った。
「ボク、100年はねてたから」
 寝てた?
 封印、ということなのだろうか。だとしたら、エックスの製作者はすでに存在していないことになる。
 では、エックスの研究は誰が引き継いだのだろう?
 いや、それ以前に、時系列がおかしい。レプリロイド第一号であるシグマ隊長が制作されたのが2~30年前らしい、ということはメモリに記憶されている。それ以前にレプリロイドはいないはずなのだ。
 ゼロはなんだか違和感を覚えて、隣で炒り豆を頬張っている少年レプリロイドに声をかけた。
「……なあ、エックス」
「まぁに(なぁに)?」
 頬張りすぎて発声が上手くできていないのも、ゼロには違和感しか感じられなかった。人間と、同じ発声方法。
「……お前って、ロボット……なのか?」
 ごくん、と豆を飲み込んだエックスは、そうだよ、と短く言い、また豆を食べ始めた。今の彼には、それよりも豆のほうが優先順位が高いらしい。
「嘘だろ。だってお前、レプリロイドと同じか、それより高いレベルのテクノロジーで作られてるのに……」
 喉が渇いたのか、水で炒り豆を流し込む少年ロボットは、明らかにオーバーテクノロジーの塊だった。
「お前の『お父サン』とやらはどうした?」
 ゼロの言葉に、エックスは少し反応して、豆を食べることをやめた。
「……お父サンは、もういないよ」
 エックスは泣きそうな顔をして、つまんでいた豆を見つめた。
「ボクを作っていたとき、もう、かなり悪かったんだ。ボクにメモリがあまりないのも、100年眠っていたのも、お父サンのあとを継ぐ人がいなかったから」
 エックスは豆を口の中に放り込んだ。さっきまで、嬉しそうに、美味しそうに食べていたのに、とても同じものを食べているとは思えない顔で、彼はそれを噛み砕く。
「ボクは……なんでここにいるんだろうね」
 悪い、変なこと聞いたな。
 ゼロがそう言って、エックスの頭を撫でた。エックスは、こそばゆそうに両目を瞑ってそれに甘んじてから、力なく笑う。
「今はね、楽しいんだ。ゼロがいてくれるし。キミがいろいろおしえてくれる。だから、カンシャしてる。ありがとう、ゼロ」
 それを見て、ゼロは決意した。
 一年を、エックスのために使おうと。
 例えその先、二人の道が交差することはなくとも、自分だけは、エックスを忘れずにいようと。
 ゼロは苦手なりに、精一杯の笑顔を作った。
 その笑顔はぎこちなかったが、心からの笑みだった。