【小説】岩男EXE/inter_weB AnotherSite『だからボクはパパを追いかける』


+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+
<<【小説】岩男EXE/inter_weB AnotherSite『雨だね。』
>>【小説】岩男EXE/inter_weB AnotherSite『これは戒め。これは弔い。』
+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+

いつも通りの帰り道、熱斗はてくてくと一人で歩いていた。
今日はメイルは熱を出して寝込んでいる。
桜井家では、メイルの母どころか父までも、彼女を看病している、と聞いて、熱斗は寂しそうに笑った。
……ウチでは、パパは滅多に家にいない。
「パパー!」
女の子の声がして、熱斗は振り返る。メイルだろうか。
「さ、行こうか」
「うんっ」
仲が良さそうな、熱斗よりちょっと年上の少女と、その父親を見て、彼はたまらず、家に向かって駆け出した。
はる香が偶然、玄関のドアを開けていたところを、家の中に滑り込み、急いでドアを閉める。
バタンッ!
「熱斗? おかえり。どうしたの?」
心配そうに聞いてくる母に、ぎこちない笑いを浮かべ、ただいま、と言ったあと、熱斗はどうしていいか判らなくて、その場に座り込んだ。
熱斗は、失語症にかかっていた過去がある。言いたいときに、言いたいことが言えない後遺症のようなものが、彼にはまだ残っていた。はる香も当然判っている。
……ああ、なにかが彼の言語回路をショートさせてるんだわ。
彼女は、そんな息子と目線の高さを同じにして、にこっと笑う。
「ね。オヤツ、食べる? 今日はね、クレープ焼くから。熱斗、クレープ好きよね」
こくん、と頷いた彼の頭をよしよし、と撫でると、はる香は、じゃあ焼く準備するね、と台所に向かって歩いていった。
途端、我慢していた涙が、熱斗の眼から溢れ出す。
『……熱斗、くん』
その様子を見て、今まで黙っていたエグゼが口を開いた。
熱斗は腰につけていたPETホルダーからPETを取り出し、涙をゴシゴシ拭きながら、電脳世界の友達を見つめる。
『パパに……会いたい?』
こくん、と頷いて、熱斗が目を伏せた。大きな目が、いつもはキラキラ輝いている目が、淀んでいることに耐えきれなくて、エグゼはため息をついた。
祐一朗は、次世代ナビ開発の第一人者で忙しいらしく、殆ど家には帰ってこない。
エグゼはたまに呼び出されるので、電脳世界の道を通って、一人で彼に会いに行くことがあるが、幼稚園児である熱斗は、まだ一人で電車に乗れない。会いに行くことすら叶わない。
きっと、それがたまらなく寂しいのだ。
『もう半年だもんね、パパと会えなくなって』
熱斗はそれを聞きながら、先に洗面所に行って、脇にPETを置いて、背伸びして蛇口をひねり、手を洗ったあと、顔をゴシゴシ洗い始めた。きっと、泣いている姿を見られたくないのだろう。
「……オレはっ。大丈夫だもんっ」
タオルで顔を拭きながら、熱斗が答える。
「寂しくなんかないっ!」
ふと、熱斗は、鏡に映った自分が気になったらしく、洗面台の鏡の前でなにやらしていたが、ふうっ、とため息をついて自分の長い前髪をくるくるといじりだした。
「……エグゼ」
『……なに?』
「もしかして、オレ、貰われっ子?」
『へっ? キミ、本気で言ってる?』
うん、割とマジで。
洗面台の前で、前髪をいじるのをやめず、熱斗は続ける。
「だって、オレ、髪の毛黒だし。パパ茶色だし」
『……あのさ、たったそれだけでしょー……?』
くるくるくるくる。
熱斗が続ける。
「オレ、自分のことオレって言うけど、パパは自分のこと僕って言うし」
『熱斗くんってさ、確か、わざと自分のこと、オレって言ってるよね?』
とにかく。
ようやく前髪をいじるのをやめた熱斗が、PETを持ち上げて、エグゼと顔を合わせた。
「オレは自分のことが貰われっ子じゃないかと思ったわけ!」
『だからねー……。なにを根拠にそんなことを言うんだよー』
エグゼは必死で話を逸らそうと、苦笑しながら思案する。
しかし、熱斗がそれを知る由もなく、頭をうなだれた。
だから。
「帰ってきてくれないんだよ……」
『……熱斗くん』
どうしようか、と思っていたエグゼに、
「熱斗ー! オヤツ出来たよー」
台所から、はる香の救いの手が差し伸べられた。
『ほら、オヤツ食べよ?』
「……そだな」
熱斗はパタパタと足音をたてて、リビングへと向かう。
リビングには、TVがつけられていた。多分、はる香がBGM代わりにつけたのだろう。
「ママ、オレの分のクレープ、チョコと生クリームいっぱいね!」
「はいはい」
よいしょ、とイスに腰掛けて、足をプラプラさせて待つ熱斗の元に、はる香はチョコレートソースと生クリームをいっぱいかけたクレープを持ってきた。
「はーい、お待たせー」
『うわぁ、いいなー。熱斗くん、ボクにもオヤツオヤツ』
その声に、熱斗はカバンからチップの束を取り出す。このチップたちは、祐一朗謹製で、市販されていないものだ。チップのラベルには手書きでなにやら書いてある。
その中から、熱斗は『クレープ』という文字のものを取り出すと、PETに差し込んだ。
途端、画面内に美味しそうな、出来立てのクレープが現れる。
『わぁい。いただきまーす』
「オレも! いっただっきまーす」
熱斗と同じタイミングで、画面の中のエグゼもクレープにかじりついた。
そのとき、熱斗の目に映ったのは、目の前で繰り広げられているTVのコマーシャル。
『わたし色に染めよう』。
そんなようなことを言って、画面の中の綺麗な女性が、髪を茶色に染め、楽しげに動いている。
魅入られたように、熱斗は口をぽかんと開け、画面から目を離さない。
それに気づいたはる香は、ん、と首を傾げた。
「熱斗、どした?」
彼女がそう訊いた頃には、そのコマーシャルはすでに終わっていて。はる香には、熱斗が食べるのを忘れるほど熱中したわけが判らなかった。
「……」
ふるふる、と熱斗が首を振り、再び美味しそうにクレープを食べ始める。
『もしかして、熱斗くん……。髪の毛、染めたいとか思った?』
熱斗がぴくん、と反応して、PETを持ち、ふるふるふる、と首を振る。
『ボクに隠しごとしたってダメっ。全部判るんだからね』
そう言われて、熱斗が目をエグゼから反らす。
その二人のやりとりを聞いて、はる香がテーブルから身を乗り出した。
「なに、熱斗。オシャレに目覚めちゃった?」
はる香はそう言ってくすくすと笑う。
次の彼女の言葉は、彼女には判らないだろうが、熱斗にとって、どれだけ救いだったか。
「パパと同じね」
ぽかん、とする熱斗に気づかず、はる香は続ける。
「せっかく綺麗な黒髪なのに、パパも『僕に似合うのはこの色なんだ』とか言って、染めてるのよねー……。まぁ、パパはどんな色でも似合うんだけど」
え。
エグゼが思わず声を上げる。
『パパ、あれ、染めてるの?』
「そうよ。知らなかったの?」
熱斗は少し考えて、やっと声を出せるくらいに落ち着いたのか、首を傾げながら言う。
「ママ。オレも、パパと同じ色に染めたい」
「あらあら。お手入れ大変よ。それでも?」
こくり。
熱斗が頷くと、はる香はにこっと笑って洗面所に行き、祐一朗が使いかけのカラーリング剤と、カラーリングに必要な道具一式を持ってきた。
「そっかそっか、やっぱり血は争えないのね。……食べ終わったら、やろっか。やって、パパをびっくりさせちゃおう」

********

そういや、そんなこともあったよな。
エグゼの思い出話を聞き終わった熱斗が、笑いながら、自分の髪の毛を撫でた。
小学五年生になった今も、髪の毛は染め続けているけれど。
そんなことを思う。
『あのあとすぐ、パパ帰ってきてさー……熱斗くん、泣いちゃったの覚えてる?』
「ばっ、なんでお前そんなこと覚えてんだよ! 恥ずかしいなっ、忘れろってば」
真っ赤になってあわあわする熱斗に、エグゼはべーっと舌を出した。
『あははっ。ボクの記憶はコンピューター保存だからね。絶対に忘れないよーだ』
「お、お前ーっ」
こういうところが本当に可愛いよなぁ。
思いながら、エグゼは、昔の熱斗の口振りを真似る。
『「オレはパパを追いかけるもん、だって大好きだから、家族だから」って力説してたね』
「お前っ、強制スリープさせてやるっ!」
『あははっ。怖い怖い! 堪忍してよー』
PETの強制スリープコマンドを選択すると、熱斗はそれを実行する前に、少し寂しそうに笑って、エグゼにこう言った。
「あの頃、お前がいたから、オレ、言葉が出てこない病気克服できたんだぜ」
『……え』
そうか。
そうだったのか。
エグゼが目を見開いた。
「お前には感謝してる。ホントにありがと、エグゼ」
『ううん。お礼を言われるほどじゃないよ』
エグゼの頬が桜色に染まる。
すると、熱斗がにやっと笑った。
「でも、それとこれとは話が別! 少し寝てろっ!」
エグゼがえー、と声を上げる。
『ちょっと、え? ねぇ、許してってばー』
「ダーメ! スリープ中に反省しろよー」
スリープ。
ぷつん、と音がして、PETの画面がスリープ画面に切り替わった。
「……だから、お前のこと、大好きだよ。エグゼ」
こんなこと、お前に直接言える訳ないだろ、恥ずかしい。
熱斗は、一人ごちた。

END.


+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+
<<【小説】岩男EXE/inter_weB AnotherSite『雨だね。』
>>【小説】岩男EXE/inter_weB AnotherSite『これは戒め。これは弔い。』