【小説】岩男EXE/inter_weB第五章


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<<【小説】岩男EXE/inter_weBインターリュード『守護者(ロックマン)』
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何故だろう、夢を見ている気がした。
黒と白の幕は、ここと何処かを繋ぐドアで、遺影に写っている子供はよく知っている顔で。
小さなヒマワリをたくさん詰めた木の棺には、遺影の子供がまるで白雪姫のように眠っていた。
七人の小人の替わりに、たくさんの黒服の大人。
そして。
黒い服を着たはる香が、車椅子を押している。
はる香の手には、何故か葉書が二通。
それを悲しそうに、ポケットに入れた。
車椅子には、黒い服を着て、どこも見ていない子供。
……熱斗。
「熱斗……」
祐一朗が呟いた。
彼は反応することなく、ずっと何処かを見続けている。
何の言葉にも、反応することがなくなった熱斗。
あんなに強気だった彼が、今にも崩れ落ちそうになってしまった。
はる香が祐一朗を促した。
「時間よ……。祐一朗さん」
祐一朗が頷く。
「彩斗に、最後の挨拶を……するね」
彼は木の棺の近くに跪いた。
そして。
(彩斗……)
隠し持っていたハサミで、彩斗の髪の毛を切り、アルミで出来たカプセルに詰めて、それを首から掛けた。
何故そうしたのかは判らない。
判らないが……
(彩斗が存在した印を、残したい……)
そう思っていたからに違いない。
「可哀想に。もうすぐ幼稚園でしょう?」
「そうよ。双子の熱斗くんもあんなになっちゃって…」
燃えている棺も、周りの会話も、何もかも夢だ。
起きたら、気持ちがいい朝で、仲良しの双子と、愛する妻が笑ってくれるに違いない。
思いながらふらふらと歩いていると、祐一朗の胸でアルミのカプセルがちゃりっと音を立てた。
その音で、現実に引き戻される。
……夢じゃない。もう……彩斗はいないんだ。
でも、何故か、悲しくなかった。
涙も出なかった。
何故?
悲しみも、涙も、何もかもどこかに置いてきてしまったかのように、祐一朗はただ呆然と現実を受け入れるしかなかった。
どうして自分は悲しくならないんだろう。
どうして自分は涙を流さないんだろう。
彩斗が死んだであろう時、熱斗の手を握り締めて、ただ祈ったあの願い。
『はる香と二人が一緒でなきゃ、僕だって嫌なんだ』
今は、そんな事さえも思えない。
何故?
(彩斗の事も、愛していたのに……)

次の日。
祐一朗は病院を訪ねた。
まだ、炎山くんが入院しているらしい。
そう聞いて。
321号室。
そう書かれているドアを、ノックする。
それから、
「失礼します」
ドアを開いて、ベッドにいる子供を見た。
「炎山くん…。お見舞いに…」
祐一朗が言うと、彼は首を傾げた。
「どなた……ですか?」
(え……?)
「ごめんなさい、記憶が……。顔は、存じているんですが……」
祐一朗が丁寧にお辞儀する。
「僕は、光祐一朗といいます」
「……光、さん?」
途端に、彼の顔色が変わる。
「光さんっ、彩斗くんは?!」
呼吸が荒い。
「炎山くん、落ちついて……」
祐一朗がなだめて、落ちつかせてから話をしようと思ったその時。
炎山が変なことを口走った。
「あ、あなた……どなたでしたっけ?! ううん、さっき聞いた。聞いたけれど……!」
「な……?」
祐一朗が絶句する。
「ご、ごめんなさい、えっと、どなたでしたっけ……? ……いや!」
祐一朗が俯いた炎山の顔を覗き込む。
「誰……?! 誰?! イヤだ!!」
がちゃ……。
そこに、ドアが開いて、ナースが来た。
「あ、お見舞いの方ですか? すみません、面会謝絶なんです。担当の者が札を取り付け忘れてて……」
そして、祐一朗を外に出した。
「炎山くん、大丈夫だからね」
ナースは彼にそう言うと、ドアに札をかけ、祐一朗に一礼した。
「彼はいったい、どうしてしまったんですか?」
祐一朗が聞く。
「さっき目覚めてから、記憶が混乱しているんです。直に落ちつくでしょうが……。あの日の記憶は殆どなくすでしょうね……」
「……そうですか。……回復を心より祈っています、とだけお伝え下さい」
祐一朗はため息一つ、ナースに一礼して病院を去り、役所に向かった。
そして、役所のカウンターに葉書を二枚出す。
「幼稚園の……入学書類を取りに来ました」
祐一朗が言うと、カウンターにいた受付の女性が葉書のIDと、住民IDを照らし合わせた。
「光彩斗くんと光熱斗くん。間違いありませんね?」
「はい」
女性はよどみなく続ける。
「光彩斗くんの死亡通知が届いていますが…。これも間違いありませんか?」
祐一朗は一瞬ためらった。
だが。
「……はい」
事実を否定するわけにはいかなかった。
「了解いたしました。少々お待ちください」
女性は熱斗の分の葉書にスタンプを押し、彩斗の分の葉書を……
VOIDの抜き型で切り抜いた。
「こちら、入学書類…。光熱斗くんの分です。彩斗くんの葉書は本人死亡のため、無効になります。それから、この葉書をお返しいたします」
その葉書と共に、一部だけの入学書類。
「……」
無言で受け取った祐一朗は、そのままふらふらと待合室のソファに座った。
胸で軽い音がする。
彩斗の、生きていた証し。
生きて……いたのに。
熱斗と同じ幼稚園に、通えるはずだったのに。
愛してた。
熱斗と同じだけ、愛してた。
四人の家庭で、ささやかな幸せでも、過ごしていけたら…と思った。
なのに、いなくなってしまった。
赤と、緑。青と、黄。
かけたピース。
青い……。青が似合う、大人しくって、ちょっと頼りなくて、可愛らしい男の子。
……彩斗。
葉書を見る。
スタンプの押された葉書と、抜き型で抜かれた葉書。
VOID。
文字の抜かれたところから、向こうが透けて見える。
(この抜き型を押されるとき……)
彩斗がいなくなった印をつき付けられたようだった。
本当に……
「……っ!」
……いないんだ。
「彩、斗……ォ」
祐一朗は、そこで初めて、大粒の涙を流したのだった……。

その次の日。
ベッドから起きあがり、スーツに着替えると、
「……」
祐一朗がスーツの中の封書を確認した。
そして、ため息をつく。
「熱斗。さ、ご飯に、しよう?」
廊下から、妻の声がした。
「……」
反応しない、息子。
ドアの向こうから、大きなため息。
祐一朗がドアを開けて、廊下に出た。
「はる香」
妻の名を呼び、息子が座っている車椅子に手をかけた。
「僕が熱斗を連れて行くよ。……朝食の準備、お願いできるかな?」
「……うん」
はる香が階段を降りて行く。
「さ、熱斗。行こうか」
父の声にも反応しない。
「熱斗……」
祐一朗が息子をぎゅっと抱きしめた。
人形のような感触がした。
頼りなくて、意思がないような……
「ごめん……。ごめんな……」
……もう、悲劇は繰り返さない。
祐一朗はそう心に誓って、車椅子を持ち上げ、階段を降りた。
「祐一朗さん、ご飯よ」
はる香が無理して笑顔を作り、夫にトーストとサラダを出した。
「コーヒー、冷めちゃったわ。温めなおそうか?」
「いや、いいよ。ありがとう」
祐一朗がはる香を労う。
「そう。じゃあ、わたし、熱斗のご飯に付き合わなきゃ行けないから…」
はる香はそう言って、葛湯のようにとろとろしたおかゆを出した。
「熱斗、ご飯食べよう? ね、一口でいいから」
はる香がスプーンでおかゆをすくって、熱斗の口に運ぶ。
「……」
彼はそのまま、そのおかゆを口からこぼしてしまった。
「熱斗、お願い食べて?! 食べないと、死んじゃうよ!」
「……」反応しない熱斗。
「お願い! 熱斗――……!」
サラダとトーストを食べ終わった祐一朗が席を立つ。
「はる香、今日はすぐ帰るから」
「えっ?」
はる香が夫の言葉に驚く。
「次世代ナビの開発は……?」
祐一朗ははる香の方に向いて、はっきりと言った。
「科学省を、辞めてくる」
「だって、義父さんを超えるのがあなたの夢だって言ってたじゃない?!」
驚く妻に、祐一朗が困ったような笑顔を向けた。
「僕のせいで、四人の子供を不幸にしてしまったんだ。責任はとる。それに……」
と、熱斗を見た。
「一秒でも長く、熱斗の側にいてあげたい」
「そんな、だって……」
まだためらっているはる香に、背を向ける。
「じゃあね、すぐ戻ってくるから」

辞表を目の前にした職員は、目を丸くして祐一朗を見た。
「じゃあ、次世代ナビの開発はどうなっちゃうんですか?!」
「祐一朗博士がいなければ、開発が凍結してしまいますよ?!」
口々に言う部下に、祐一朗が一言言った。
「僕は、次世代ナビなんかより、熱斗のために出来ることをしてやりたい」
職員が黙る。
静まり返る廊下。
「辞表、受理していただけますね? それでは」
踵を返す祐一朗。
そのまま、誰も止めようとはしなかった。
いや、出来なかった。
ところが。
「待たんか、祐一朗」
年老いた男性が、彼の前に立ちはだかった。
「土久博士、退いて頂けますか?」
「いつものように『ドクさん』と呼ばないとは、珍しいこともあるもんじゃ」
いらだつように祐一朗が捲し立てた。
「あなたと世間話をするつもりはないんです。熱斗が殆ど食べ物を口にしていない。何とかしなければ、あの子まで死んでしまう」
ふむ、と土久博士が頷いた。
「では、お前は何とか出来るというのかね?」
「……!」
祐一朗が絶句する。
「はる香さんから話は聞いておる。何にも反応を示さないらしいじゃないか。お前は、あの子を救ってやれるのか?」
「だ、黙ってくださいッ! 僕は…」
土久博士がさらに追い討ちをかけた。
「お前の息子を救えるのは……」
「黙ってくれ! 彩斗は死んだんだッ! 僕はもう、誰も殺したくない!」
チャリッ……。
首にかけたカプセルが音を立てた。
「彩斗……」
そうだ、彩斗の髪がこの中に……!
「……」
今まで、人間の遺伝子に似せて作ったナビは、すべて失敗していた。
ある程度まで似せられるが、それ以上はムリだった。
感情の一部が欠落している、ニセモノ。
それが、今までの試作ナビだった。
「……ドクさん」
祐一朗がカプセルを持って、土久博士を呼んだ。
「なんじゃい」
「彩斗なら、熱斗を助けられるのかなぁ……」
「おそらくはな。まぁ、居ない者の話じゃ。無理な話じゃろう……」
「……いや、ムリじゃない……」
彼はまた踵を返し、自分の研究室の方に歩いて行った。
「祐一朗博士?」
職員たちが不思議そうに尋ねる。
祐一朗が無言でカプセルを手渡した。
そして、辞表をとり返し、びりびりに破り捨てた。
「祐一朗博士!」
職員から歓声が上がる。
「カプセルの中身は丁重に扱ってくれ。サンプルはこれしかない」
「何をすれば?」
祐一朗が彼に命令する。
「DNAの解析を。それから、ナビを育てるコクーンの用意。そして、ドクさん」
「なんじゃい」
「……ありがとう」
土久博士が照れくさそうに頭をかく。
「そんなこたぁ、どうでもいいわ。で、わしは何をするんじゃ?」
「後で、写真を持ってきます。スキンを作ってください」
「ま、まさか……お前?」
祐一朗はその問いに笑いかけて返した。
そして、高らかに宣言した。
……僕の愛する息子を。
「彩斗を、この世に甦らせる!」

『聞いて聞いて! 今日はね、熱斗、自分で歩けるようになったのよ!』
はる香の無邪気な声に、祐一朗がにっこりと笑う。
「そっかぁ、もうそんなに回復したんだね」
『もぉ、嬉しくて嬉しくて~……』
「スプーン持ってご飯食べれるようにもなったんだろ?」
『そうよ! でもね、まだ失語症が治らないの……。それに、彩斗の事、全部忘れてるみたい。……よっぽどショックだったのね……』
あの日から約五ヶ月。
熱斗と彩斗の誕生日が近づいていた。
『……ね、まだコクーンから出てこないの?』
彩斗の遺伝子を受け継いだはずのナビは、まだ成長用コクーンに入ったままだった。
『彩斗の遺伝子を持ってるんでしょう?』
「その筈なんだ。予定日もとっくに過ぎたんだけど……。まだ完成しなくて……」
『名前、何にするの?』
「勿論、サイトだよ。site。サイト」
『熱斗も無事に回復してるし……。早くその子も生まれてくればいいわね』
「そうだね」
その時だった。
「祐一朗博士! コクーンが変化しました! 完成します!」
大慌てで状況を知らせる職員の声。
「やった! 生まれるみたいだ。はる香、電話切るよ」
『うん! 頑張ってね!』
ピッ。
電話を切り、急いでモニター前に向かう。
「状況は?」
祐一朗が聞く。
「まだコクーンが溶けません。プログラムが暴走している可能性もあります」
「いや」
祐一朗が確信を持って言った。
「あの子は完成している。まだ、力がないだけなんだ」
何故確信したかなんて、判らなかった。
ただ、判ること。
熱斗が回復している。
彩斗と繋がっている熱斗が、回復しつつある。
(だからきっと……)
そして、モニターに向かって呼びかけた。
「サイト! サイト、出ておいで!!」
「あ!!」
シュウ……。
モニターに映っていた光の球体が、だんだんと溶けていった。
現れたのは……
『……』
彩斗そっくりの、小さな子供。
『……ッ~!』
裸なのが恥ずかしいらしく、顔を真っ赤にして座り込んだ。
今までのナビにはなかった、人間らしい行動。
「成功だ!!」
周りから歓声が上がる。
「やったじゃないか。のぅ?」
かけつけた土久博士が、ゆっくりと頷く。
「あ、ドクさん、服……」
祐一朗が言うと、土久博士がMOを渡した。
「写真の服装しかないんじゃが……」
彼はそれを挿入して、マイクに向かって話しかけた。
「サイト。サイト、聞こえるかい? 今から服を渡すよ。着られるかな?」
『……着られるけど、恥ずかしいから……。みんな向こう向いててよぉ……』
彩斗そっくりの声。
「判った。みんな向こう向いてるからね」
そして、全員がモニターに背を向けた。
少しの間。
『……いいよ』
全員が向き直す。
モニターの向こうにいる子供は、間違いなく彩斗だった。
……ネットナビである以外は。
「彩斗……」
祐一朗が複雑な表情でサイトを見た。
サイトがきょとんとして、祐一朗を見る。
そして。
『……とうさん? 熱斗は何処?』
「えぇ?!」
祐一朗が妙な声をあげる。
「祐一朗博士、まさか、彩斗くんの記憶もインプットされたんですか?」
職員から疑惑の声。
「そ、そんな事出来るわけないだろう?」
祐一朗が職員に言い返し、サイトを見た。
「サイト。僕は誰だか判るかい? それから、キミのお母さんは誰だか判る?」
サイトから返事が返ってくる。
『えっとね、ボクのとうさん……祐一朗って名前、でしょ? ママは……はる香って名前だったよ』
「えぇ?!」
周囲がざわめく。
「な、何故? 何故彩斗くんの記憶を?」
「祐一朗博士、冗談はよしてくださいよ。趣味悪いですよ」
「僕が嘘吐く訳ないだろう、こんな大切な時に!」
言ってから、祐一朗がはっとした。
「そうか、髪の毛……。脳に近い部分だからな………」
彼は科学誌で、こんな論文を読んだ事があった。
人の記憶は脳だけでなく、身体全体に散らばっている。
そんな内容の論文だった。
その時はさして関心も示さず、ただ目を通すだけで終わっていたのだが……。
「彩斗。彩斗……なんだね」
奇跡が、起きたのだ。
「お前は彩斗なんだね?」
サイト……いや、彩斗から返事が返ってきた。
『そうだよ。とうさん、ボクの事忘れたの?』
「いや。……いいや」
祐一朗が涙ぐみながら笑った。
『ねぇ、熱斗は? 熱斗は……?』
彩斗が少し考えて、ため息をついた。
『ボクの事、忘れちゃったんだね……』
祐一朗が慌てて、言い返す。
「あ、いや……その」
しかし、言葉が見つからない。
彩斗がいいんだ、と首を振った。
『覚えてることで熱斗の事を苦しませちゃうんなら、忘れてていいよ。その方が。でも………』
それからもう一つ、質問した。
『炎山くんは?』
「彼も……直に忘れると思う……」
もう一度、ため息。
『……辛い思い、させちゃったかな……』
嘆く姿。
これも、今までのナビに見られない行動だった。
「祐一朗博士……。サイトに……」
職員が祐一朗に声をかけた。
「しっ。黙って……」
彼が彩斗に気付かせまいと、職員に言う。
しかし、彩斗が首を振った。
『とうさん。いいよ、もう判ってるんだ』
「な、何を……?」
祐一朗の上ずる声。
『ボクは、一度死んだんだ。ボクは、とうさんが作った「次世代ナビ」なんでしょ……?』
隠しきれなかった。
祐一朗が顔を曇らせると、彩斗が慌てて続ける。
『ううん、ボクはすごく感謝してる。だって、また熱斗と会えるんだもの』
「しかし彩斗……」
何か言おうとした祐一朗の言葉を塞ぐように、彩斗が話題を変えた。
『ねぇ、熱斗に会わせて?』
熱斗に会わせる。
それはつねづね考えてはいたが、危険な賭けだった。
それによって、熱斗に与える影響は大きいからだ。
影響がいい方向に向かえばいいが、悪い方向に行けば、熱斗は元に戻ってしまうかもしれない。
「……」
祐一朗が顔を曇らせて彩斗を見た。
『ボクは、彩斗であることを隠すよ。声や姿を変えてもいい! どんなことしたっていい、ボクは彩斗であることも捨てるよ! だからお願い、熱斗に会わせて!』
「会わせてみましょう、祐一朗博士」
職員の一人がぽつりと言った。
「サイト……いや、彩斗くんを、熱斗くんのナビにするんです。そうすれば、もしかしたら……」
「でも」
渋る祐一朗に、土久博士が声をかける。
「いや、それは一理あるかもしれん」
「ドクさん。でも……」
「よく考えろ、祐一朗。サイトのパートナーは熱斗しかおらん。同じDNAを持っているからな。お前の説を立証させるには、サイトを熱斗のナビにした方がいい。そうじゃないかの?」
祐一朗が彩斗を見た。
「彩斗。今のキミはネットナビだ。それは判るね?」
『うん』
「……熱斗の側にいたいかい? 正体を隠して……きっと、辛いと思う。それでも?」
彩斗が即答した。
『ボクの気持ちは変わらないよ。熱斗の側にいたい。熱斗のナビになるよ』
「判った……みんな、ちょっと……。彩斗と二人っきりにさせてくれ」
職員が頷いて、次々と部屋を後にしていった。
……パタン。
最後に出ていった土久博士が、ドアを閉めた。
「……熱斗はお前を思い出せない。きっと。お前が生まれ変わってもなお、お前との記憶が戻らないということは、思い出さない確率が高いということだ。……それは判るね?」
『……うん』
「……サイトと言う開発ネームをそのまま使うのも危険だ。熱斗がお前を思い出したら……」
『熱斗には耐えられないよ、こんな事実は……』
彩斗が視線を落とす。
落とした先に。
『とうさん、そのゲーム、何?』
「ん? これか?」
祐一朗がカセットを持って、首を傾げた。
それは、開発中に少しずつ進めていた、ゲームだった。
彼は少し笑いながら言う。
「『ロックマン』。平和を守る、青いヒーローの物語さ」
『「ロックマン」……』
彩斗が目を閉じて、確かめるように復唱した。
『……青い目を持った炎山くんは、ボクを助けてくれた。ロックマンみたいに』
あの時を思い出したのだろうか、彩斗の表情に憂いが見える。
『炎山くんには、悪いことしちゃったね……』
「お前が気にすることじゃないよ」祐一朗が言った「パパの責任だもの……」
彩斗がそれを否定するように首を振った。
『……ボクもロックマンになれるかなぁ?』
そう言ってから、彩斗がもう一度首を振る。
『……ううん。なるよ、ボク。ロックマンになる。熱斗を守る、「ロックマン」になる!』
しばらく見ないうちに、この子は成長した。こんなにも。
そして、今度は熱斗を守ろうとしている。
力不足かもしれない。
辛いかもしれない。
でも、それを乗り越えてゆく力を、この子は持とうとしている。
なら……。
「ふふっ。ロックマンか。……じゃあ、それにEXEを足そうか。お前の今のファイル形式。僕が作った、サイトの印だ」
『ロックマン……エグゼ……?』
「そう。ロックマンエグゼ。熱斗を守る、騎士の名前だよ」
『ロックマン、エグゼ……』
彩斗が嬉しそうに頷いた。
『今日からボクは……ロックマンエグゼだね』
でもその前に……祐一朗が言った。
「一回だけ、僕の事を『パパ』って呼んでくれないか……?」
彩斗が少し戸惑って、にっこりと笑った。
『……パパ』
「うん……」祐一朗が涙ぐむ。「ありがとう、彩斗。……いや」
そして、今日からヒーローになる、我が子を見た。
「……ロックマンエグゼ」
『……はい』ロックマンエグゼが答える。『祐一朗博士……』
祐一朗が寂しそうに笑って、はっとした。
「はる香に連絡しないとな……。彩斗が帰ってきたよって」
『ママに? ……あ、えっと』
「ママでいいんだよ」
祐一朗が微笑む。
「はる香はいつまでもお前のママだし、僕はいつまでもお前のパパなんだ。例え……」
ロックマンエグゼが頷いた。
『ボクがロックマンエグゼになっても?』
そうだよ。祐一朗が返事をした。
そして、
「……あ、ちょっと出てくるよ。ここは携帯電話が使えないんだ」
そう言い残して、研究室を後にした。
短縮の、一番。
相手が出るのを待つ。
『はい、光です』
女性の声。
「あ、はる香?」
電話相手の女性……はる香は、祐一朗の声を聞くなり、はしゃぎ出した。
『サイトくん、どうだった? 生まれたんでしょ?』
「そのことなんだけど……」
祐一朗は、はる香に全てを説明した。
サイトは彩斗の記憶も持っていたこと。
彩斗が、熱斗の『ロックマン』になる決意をしたこと。
そして、熱斗と『ロックマンエグゼ』を会わせたい、と言うこと。
はる香は、黙って聞いていた。
「……熱斗とロックマンエグゼを会わせたい。……連れてきてくれないかな?」
『判ったわ。でも、いきなりなんだもの。一週間、待ってくれないかしら? 熱斗の、誕生日まで……』
「OK。こっちも準備がある。彩斗……ロックマンエグゼをPETに移したり、スキンを変えなきゃいけないからね」
『外見を替えるの?』
はる香の残念そうな声に、祐一朗が答えた。
「……彩斗が言ったんだ。『自分を捨ててもいい』って。それに、確かに今のままじゃあ、ネットナビとしては奇異な格好をしてる。ネットナビらしく、ロックマンらしく。熱斗の為に……」
『彩斗は……彩斗なりに、戦っているのね』
はる香がぽつり、と呟いた。
『……熱斗も戦ってるわ。自分と。失ったものを取り戻そうと、本当に、必死に……』
「……はる香」
『ごめんね、祐一朗さん。彩斗に……ううん、ロックマンエグゼに、伝えて。自分の、本当に大切だと思ったものの為に戦ってね、って』
「……うん」
『じゃあ、熱斗のご飯の時間だから……』
「うん……。愛してる、はる香。熱斗も……ロックマンエグゼも」
『わたしもよ。みんな、愛してる……』
ピッ。
祐一朗は携帯電話を胸のポケットにしまい、踵を返して研究室の方へ向かった。
希望を持って。

「ロックマンエグゼ。エグゼ、起きてくれ」
熱斗の誕生日、祐一朗がエグゼに声をかけた。
既にPETに移されているエグゼがう~ん、と半端な返事をする。
『う……』電脳世界の毛布を除ける。『あ、ごめんなさい。ずっと寝ちゃってた!』
「お前のスキンが出来たよ」
祐一朗のその言葉にはっと反応して、エグゼが飛び起きた。
『ホント?』
「ああ、今からスキンを変える。それから、ちょっと細工を施すよ。痛いけど、我慢出来るかい?」
『うん、我慢するよ』
「まず、細工を施そう。……お前の中から、少しだけデータを抜き取って封印するよ」
祐一朗がキーを操作して、PETとパソコンを繋ぐ。
「起動させるよ」
パチン。
『あうっ……!』
彼の身体が光る。
『う、ううっ……』
彼は痛みに耐えられなかったのか、びくっと痙攣して大きく仰け反った。
「もう少しだ。我慢出来るかい?」
祐一朗が心配そうに声をかける。
『ッ……。は、はい……ッ!』
バチッ!
妙な音がして、彼の身体から光る球体が出てきた。
『くッ……はぁッ、はぁッ、はぁ……』
エグゼが、自分の身体を庇うようにぎゅっと抱きしめた。
「……よし、封印したよ。……エグゼ、よく頑張ったな」
祐一朗が労うと、彼は笑いながら首を振った。
『熱斗の騎士になるんだもの、これくらいどうってことないよ……』
「よし。じゃあスキンの変換をしようか」
『はい』
エグゼが頷いた。
「と言っても、キミの外見はDNA的にそれほど変更が効かないんだ。服を作ってもらったよ。アーカイブを解いたら自動的に変わるようにしてある」
電脳世界にデータが送られる。
それは、まるでトランクのような形をしていた。
「アーカイブを開けてくれないか?」
『これでいいのかな? よいしょっ……。うわぁっ』
パシン。
エグゼの服が一瞬にして変わった。
深い青のタイトなボディスーツ。
青いブーツと手袋。
青いヘルメット。
瞳の色もカラーコンタクトをしたみたいに、緑に変わっている。
彼が電脳世界の鏡の前に立った。
『うわぁ、本当にロックマンだ!』
「いいだろ?」
祐一朗が得意そうに言う。
『うんっ!』
「あと、これはナビマークだ。お前の為にデザインしてもらった」
パシン。
胸と両耳に、赤い円を斜めに割ったアイコンが表示される。
『……これが、ボクの印?』
エグゼが聞く。
「そうだよ」
祐一朗が答えた。
「これはお前たちの印だ。ママのお腹にいる双子をイメージして作ってもらった」
『ボクと、熱斗の……?』
エグゼがポツッと呟いた。
「そう。お前たちの印だよ。いつでも繋がってる。二人で一つの円なんだ。僕はすごくいいアイコンだと思ってる」
『うん、そうだね』
彼はにっこり笑って答える。
その時。
「祐一朗博士、奥様と熱斗くんが到着されました!」
祐一朗を呼ぶ声。
「判った、こっちに通してくれ」
祐一朗がそれに答える。
『随分朝早いね~』
エグゼが他人事のように言った。
「ふふっ、でも、熱斗に会うのが楽しみなんだろ? 彩斗、顔が緩んでるよ」
『う……』エグゼが言葉に詰まる。『彩斗って呼ばないで! もうロックマンエグゼなんだからね』
「はいはい」祐一朗もにこにこして、はる香と熱斗の到着を待つ。
がちゃッ。
扉が開いた。
「はる香、熱斗!」
祐一朗が声をかける。
はる香がその声を頼りに、熱斗の手をひいて歩いてきた。
「祐一朗さん! あの……」
祐一朗が片目を瞑った。
「ロックマンエグゼなら、今PETの中にいるよ」
「あ、ああ、そうなのね……」
しどろもどろするはる香を余所に、祐一朗が熱斗に声をかけた。
「ネーット! 誕生日おめでとう!」
「……」頼りなさそうに熱斗が笑う。
「今日はここまで来てくれてありがとう。パパからも最高のプレゼントがあるんだ。受けとって欲しい」
彼はそう言って、エグゼのいるPETを渡した。
「熱斗のお友達。ロックマンエグゼだ」
『あ、えっと……』
エグゼが言葉に詰まった。
……本当は熱斗って呼びかけたい。
呼びかけたい、けど。
『はじめまして、光熱斗くん。ボクは、ロックマンエグゼ。キミのナビだよ』
その思いを噛み砕いて、やっとの事でこの声が出た。
「……」
『熱斗、くん……』
……やっぱり、答えてくれないか。
エグゼがガッカリしたその時。
「……エ、グゼ?」確かめるように、熱斗が言った。
はる香と祐一朗が手を握り合って確かめた。
……熱斗が、しゃべった!
エグゼの頬がぱあっと紅潮する。
『そう! ボクはエグゼだよ!』
くすっ。
熱斗が笑う。
「……変、な……名前……っ!」
『ふふふっ。よろしくね、熱斗くん』
「うん。よろしく、ね。エグゼ!」
こうして。
ここから、この二人の物語は始まった……。

 

*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*

 

「あ~もうっ! どーして起こしてくれなかったわけ?!」
熱斗が捲し立てる。
『何度も起こしたよッ! そうしたら、スピーカーの音量0にした挙句、ボクをスリープさせたのは誰ッ?!』
うっ。
熱斗が言葉を詰まらせる。
「で、でもさ、お前すごいうるさいんだもん!!」
『ほーら、言い訳しないでさっさと着替えるっ! もう完全遅刻だよ。メイルちゃん、先行っちゃったし』
「う、うるさいなっ、いいよっ。メイルと一緒に学校行くの、恥ずかしいし!」
着替え終わった熱斗がぴたりと止まる。
「なぁ、エグゼ」
何、とエグゼが聞き返す。
「オレ、お前がネットナビで幸せだよ」
エグゼの頬が紅潮する。
『な、何バ……馬鹿なこと言ってないでッ!』
「お前は幸せ?」
熱斗の言葉に、エグゼがふっと笑った。
……幸せだよ。当たり前じゃないか。
誰よりも、何よりも大切な熱斗。
……ボクはキミの側にいれるだけで幸せ。
『熱斗くん、行こうっ』
「うん!」
……そして、ボクは。
……キミだけの、『ロックマン』だよ。

 END

 


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