【小説】岩男EXE/inter_weB第四章


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散々写真を撮って騒いだあと。
ついに待ちかねた開演のベルが鳴った。
「……あ、始まるみたい!」
炎山が楽しそうに言う。
熱斗に、ふと、昨日の不安が頭をよぎった。
そして、今もその不安はある。
いや、むしろ増大しているといっていいだろう。
だって、本当は、彩斗クンは……
「……彩斗クン」
隣りの彩斗の手を握る。
熱い手のひらに少し驚く。
「ふふっ。……熱斗、ボク……ね?」
彩斗も握り返す。
「……キミと、一緒にここに来れて……よかった」
綺麗な、しかし、消えてしまいそうな笑顔。
「大丈夫? 彩斗クン……」
不安そうに、熱斗が問いかけた。
「大丈夫。元気だよ」
彩斗が答える。
朝。
実は、彼らはすり替わっていた。
彩斗に微熱があったからだ。
二人とも、こんなチャンスが滅多にこないことを知っていた。
しかし、ほんの少しの熱でも、はる香は外出を中止するだろうと思った。
そして、これを逃せば、あと一年は家族で出かけることが出来ないだろうとも。
だから……彩斗が持ちかけたのだ。
「朝だけ取り替えっこしよう」と。
「辛くなったら、言ってね……」
熱斗がそう言った時だった。
ステージの裏の方がかすかにざわめいた。
「何だろう?」
炎山が不思議そうに首を傾げた。
「何かあったのかもしれないわね」
サロマも不思議そうに首を傾げて、ステージを見る。
「……何、あれ?」
はる香が不審そうに指差した。
ステージの裏の方から、水が漏れてきていた。
訳が判らないうち、上の方の席にいた誰かが叫ぶ。
「逃げろ! ……が逃げだし……!」
他の人の悲鳴や話し声が騒音になって、聞こえない。
しかし、周りの人が右往左往している。
「何が逃げ……?!」
祐一朗が立ち上がって、ステージの方を見る。
破壊音。
そして……
「オルカ?!」
この水族館は、変わった作りをしていた。
ステージ裏に巨大な水槽があり、そこにオルカ(シャチ)を展示しているのだ。
その水槽が壊れたらしい。
向こうに水の壁と、こっちに向かってくるオルカが見える。
「!」
子供たちが、恐怖のあまり身動きが取れなくなった。
「逃げろ!!」
祐一朗が近くにいたはる香と、はる香が抱きしめたサロマを抱えて、少し離れたところまで走った。
それから、彩斗と熱斗、炎山の方に駆け寄る。
彩斗がうずくまって真ん中に、それを囲うように熱斗と炎山がいる。
……ショックで発作を起こしたのかもしれなかった。
肝心のオルカは、膨大な量の水が推進力を与えているらしく、かなり早い。
間に合わない!
(……神様!!)
と、炎山が祐一朗と同じ方向に走った。
そして、
「えいっ!!」
助走をつけて、双子を勢い良く、祐一朗の方へ突き飛ばした。
「!」
それを受けて、双子が少し離れたところまで転んだところまでは、祐一朗にも見えた。
そこからは、大量の水で見えない。
「彩斗、熱斗!!」
祐一朗が名前を呼ぶ。
「炎山くん!!」
水飛沫でかき消される声。
「彩斗、熱斗! 炎ちゃん!」
はる香も彼らの名を呼んだ。
しかし、身体が動かない。
……自分が動けたら。あの時、助けを借りずに、サロマちゃんを避難させられたら……!
悔やんでも、悔やみきれなかった。
自分は大人じゃないか、何で怯えたんだろう。
何で……?!
(……神様!!)
サロマが呆然とする。
しかし、子供たちがいた位置を見つめているはる香を見て、後悔するしかなかった。
……自分は、炎山を守るためにここまでついてきたはずなのに。
……はる香さんを困らせて、炎山を守れなくて!!
「神、さま……! どうか……」
それぞれが思う中、水が引いていった。
オルカの背が見える。
ステージと観客席最前列には結構な段差がある。
あそこから落ちたら、オルカは絶命しているに違いない。
事実、もう動く気配がなかった。
問題は、取り残された三人の子供たちだ。
祐一朗が水を掻き分け、三人を探す。
(無事でいてくれ……)
水が引いていく。
「炎山くん!」
炎山の頭が見えた。
次に、上半身が……
「!!」
そこには、薄い紅の服を着た彼がいた。
いや。
紅く染まった、と言った方が正しいだろう。
何せ、さっきまでは大人しそうな彼に合った、白い服を着ていたのだから。
ここから背中は見えないが、後ろの方……背中から出血しているのは間違いなさそうだ。
「……」
彼が頼りなく笑う。
そして、その場に崩れ落ちた。
「炎山くん!」
祐一朗が彼のところに向かう。
「……ひどい……」
背中の方に、深々と開いた穴。
オルカに噛まれたのか、たんに牙が当たってしまっただけなのかは判らないが……。
「炎山くん、聞こえるか?」
「光、さん……彩斗くん……は?」
自分の意識確認をしている祐一朗に、炎山が話しかけた。
(どうして僕の周りにいる子はみんな、自分を差し置いて他人を……?)
思いながら、祐一朗が答える。
「大丈夫、大丈夫だから……」
それから、双子がいるであろう位置が炎山から見えないように、身体をずらした。
「熱斗くんは、大丈夫……。それは、判る、けど……彩斗くん……は?」
「彩斗、熱斗!!」
やっと姿が現れた双子の方に、はる香が駆け寄る。
「ママっ、彩斗クンが!」
熱斗の声だった。
「彩斗、熱斗、ゴメンね……ゴメンねェ……」泣いているようなはる香の声。
「……炎山クン……」
彩斗の声。
「げほっ、げほっ!」
咳き込む声。
はる香と熱斗の悲鳴。
「彩斗?!」
思わず、祐一朗が振りかえった。
その時、炎山にも見えてしまった。
……たくさんの血。
彩斗が吐いたらしく、彩斗の口の周りは血だらけだった。
口を切ったわけではなく、身体の内側が傷ついて出血したようだ。
「!!」声にならない悲鳴。
「……炎山くん!」
祐一朗の呼びかけに、炎山が答えなくなった。
「は、早くレスキューを……!」
ザッ……。
サロマが、双子と炎山の間に立った。
はる香と祐一朗が彼女を見上げる。
「救急車を、呼びました。もうすぐ来ます……」
「ありがとう、サロマちゃん」
祐一朗が彼女を労うが、彼女は曇った顔のままだった。
「わたし、誰も守れなかった……」
一筋の涙。
サイレンの音。
「守れなかったの……」

「こっちは出血多量! 外科の先生を呼んできて!」
「こっちは熱が高いの! 血も吐いたらしくて、心臓の疾患あり! 早く、小児科を!」
あわただしく動く病院。
どうやって、何をしたかなんて、祐一朗にはちっとも判らなかった。
気がついたら、サロマと別れ、個室で彩斗を囲っていた。
呼吸器に点滴。心拍測定機……
色々繋げられて、横になっている彩斗は、見ているだけで痛々しかった。
「……彩斗」
はる香が呟いた。
「元々体調は悪かったんでしょうかね、肺炎を起こしていました。血を吐いたのはそのためですが、ショックのためか、持病も併発しています。この体力では……今日の晩が峠です」
「峠? 峠って……。彩斗は、助かるんですか?!」
普段は温和な祐一朗が、医者に食ってかかった。
「何とも言えません。体調管理はしっかりなさっていたということですが、今朝の体温は……?」
「36……」
はる香が言いかけた時、熱斗が遮った。
「37.2……」
両親が、熱斗を見た。
彼の口調はしっかりしていた。思い付きで言ったのではなさそうだ。
「何て……何て言ったの、熱斗?」
はる香が聞き返す。
「ボクの部屋にも……古い体温計あるから……。それで、測ったの……。間違い、ないよ……」
訳が判らない。
「どう言うこと?」
もう一度、はる香が聞き返す。
「パパ、ママ……。ごめんなさい……。今日、お熱測ったの……ボクなのォ……!」
熱斗が目を真っ赤にして、訴えた。
「?! だって、パジャマ……!」
「ママが来る前に、取り替えっこしたの……。だって、だって……。今日行けなかったら、またみんなとお外出れなくなっちゃうから……。ごめんなさい……ごめんなさい、ママ……」
また、詰めが甘かった。
はる香が後悔した。
いつもなら、熱斗の体温もついでに測っていたのに、今日は体温を測らなかった。
二人の体温をいつも通り測っていれば…!
「過ぎたことはしょうがないわ。でも、それだけは……やっちゃいけないことだったのよ……」
子供の事よりも、はる香は自分の事を本当に忌々しく思った。
わたしは、この子達を守っていかなきゃいけないのに…。
隣にいる、熱斗を見る。
「……?」
下を向いて、ガタガタ震える熱斗。
「熱斗?」
祐一朗が何気なく声をかける。
「……」
ポタッ。
音がして、熱斗の足元に、血の塊が落ちた。
「熱斗?!」
祐一朗とはる香の声。
「サイ、ト、く……ん」
熱斗の呟く声。
そして。
「ぅあ……ッ」
ドサッ……
「いかん……! 誰か、誰かこの子を運んでくれ!!」

機械的な規則正しい音は、祐一朗の神経をいらだたせた。
座っていることしか出来ない自分の無力さを感じる。
呼吸器に点滴。心拍測定機……
兄と同じ姿になった双子の弟。
「……熱斗、生きて、くれよ」
横のベッドで眠っている熱斗の髪を、そっとなでる。
医者の診断は彩斗の病状と同じ。
また、同調している。
「良くなったら、またみんなで、遊びに行こう……?」
反応しないで眠り続ける熱斗に、祐一朗は声をかけ続けた。
そうしなければ、この子がいなくなってしまう。
そんな気がした。
「……今度はどこに行こうか? そうだ、パパの研究室に遊びにおいで。炎山くんと、サロマちゃんも誘おう。見ても面白くないかもしれないけどさ、それでも、パパ、みんなと一緒にいたいんだ……」
後悔してもしきれなかった。
二人は、滅多に家族と遊びに行く機会が惜しくて、入れ替わった。
そして、偶然、気の合う友達が出来て……
偶然の事故で、こうなった。
折角出来た友達を巻き込んで。
「熱斗……。僕は、父親失格だね。……笑っちゃうよな、滅多に家に帰ってこなくて、キミたちの父親を気取ってるんだからさ」
もっともっと、自分が家庭を顧みていれば。
科学省なんて、やめても良かったじゃないか。
はる香とこの子達さえいれば、僕は幸せなのに。
「……僕はね、キミのおじいちゃんが大嫌いだったんだ。パパも……遊んでもらった記憶がなくてさ。PETも科学省も、ずっとずーっと恨んでた……。でも……」
……自分も、変わらなかったんだね……。
声にならない言葉。
誰に語るわけでもなく、自分に言い聞かせるように、祐一朗が続ける。
「それでもね、僕ははる香と望んで結婚をしたし、子供も望んで授かった。二人は欲しいねってさ……」
思い出すように白い天井を仰いで。
「キミたちは望まれて、祝福されて生まれてきたんだ。ママの横に眠っているキミたちを初めて見た時、何て素晴らしい気分だったか……。双子だって、知らなかったんだ。性別も、知らなかった。お医者さんにわざと聞かなかったんだよ。楽しみにしておこうねって」
目に力を入れて。
泣かないように。
「そしたら、ママに似た可愛い男の子が二人も生まれて…。嬉しくて、ママと、キミたちに一回ずつキスをしたんだ。……ファーストキス奪われたっなんて怒らないでくれよ? だって、本当に可愛かったんだもの」
冗談を言おうにも笑えない自分が悲しい。
「本当に、本当に嬉しかった。……判らないよな、まだまだ子供出来る年じゃないもんな……」
誰にも話したことがない気持ちだった。
父を超えたいと、がむしゃらに研究を続け、そんな感情はどこかにしまっておいたようだったのに。
不安ばかりが先走って、どうにもならない。
失うことが、怖い。
……そうなんだ。失うのが、怖い。
愛するものを見つけて、守るべきものを見つけて、やっと『自分』の存在が許せて。
……はる香や、この子達を失ったら、僕は……。
……また、自分を許せなくなる。また、何も判らなくなってしまう。
このまま、はる香のパートナーでいたい。彼らの父でいたい。
何故なら僕は……
「愛してる。熱斗。どうしようもなく、ダメな父親だけど……キミを、愛してる。生きて欲しい。彩斗と一緒に」
自分の息子の手を握り、その甲にキスをする。
「……生きて。それだけでいい。僕のこと、嫌いになっていいよ。もう話しかけられなくても、無視されても、耐えるよ。でもね……」
生きて、僕の目の届く場所にいて欲しい。
誰かを愛して、誰かに愛されて欲しい。
もっともっと、生きるという事を感じて欲しい。
その小さい身体で、そのキレイな心で。
「熱斗……」
僕はキミの事を本当に……
「愛してるんだ」
何か難しいことをパパが言っている、と熱斗は思った。
でも、何だか嬉しくて、何だか泣きそうになる言葉だな、とも思った。
(パパ……)
胸が痛い。
いや、痛いのだろうか?
もう、何も感じない。
このまま行けば、もしかしたら二人とも……
(ううん、彩斗クンだけは……)
身体は、動かなかった。
パパの声もはっきり聞こえないし、目は開かない。
それでも、必死で一つの事を思いつづけていた。
(神様、彩斗クンを助けて……。ボクはどうなってもいいから……)
熱斗にとって、神様はいるものだった。
別段、宗教を信仰しているわけではないが、ここぞという時に、神様は願いを聞いてくれる。
そう思っていた。
だから、今回も願っていたのだ。
ボクはたくさん悪い事をしたけれど、彩斗クンだけは助けてくれるはずなんだ。
彩斗クンだけは!
ふと、痛みのような不快感が消えた。
……願いを、聞いてくれた……?
熱斗が目を開ける。
自分の手を額に当てて、じっとしている祐一朗が見えた。
(……パパ)
そして。
「……」
ドアからひょこっと顔を出した子供。
熱斗と同じ顔。
彩斗。
(……彩斗クン、治ったんだ。……ボクの声、聞こえない、よね?)
彩斗が駆け寄ってきた。
「ネーット」
小首を傾げて、くすっと笑う。
「いつもみたいに聞こえてるよ、大丈夫」
(よかった……。治ったんだね)
彩斗が笑った。
「熱斗、早く治ってね」
(……うん。また、みんなで遊びに行こうね……)
彩斗がまた、小首を傾げて笑った。
「ねぇ、熱斗」
彩斗が熱斗の顔を覗き込む。
(なぁに?)
「チューしちゃ、ダメかなぁ?」
熱斗の顔が赤くなった。
(え、ええ?)
「ダメぇ?」
違う。
嬉しい。とっても。
……でも、珍しいな、彩斗クンがこんなこと言うなんて。
(今じゃなくてもいいでしょ?)
「ううん、今がいい。ママもいないし」
それもそうだ。
(……いいよ)
彩斗が腰を折って、唇が触れるくらいの、挨拶のようなキスをした。
温かい。
それ以上に、気持ちがいい感覚。
自分を飾らなくても、偽らなくてもいい。安心出来る。
……そうなんだ。もう一人のボクがいるから、安心出来る……。
ふと、彩斗が曇った顔をして言った。
「ごめん。もう、行かなきゃ」
(ママに怒られちゃうもんね)
「ん、そんなとこだね。チューもしたし」
恥ずかしいやら嬉しいやらで、熱斗が笑う。
……少し笑って、気がついた。
ボクには、変なモノがつけられてる?!
……チューなんて、出来ない?!
「熱斗」
少し、様子がおかしい。
「じゃあね」
彩斗が妙な笑いを浮かべた。
おかしい!
(ダメ! 彩斗クン、ボクの側にいて!)
熱斗が手を伸ばして引き止めようとした。
しかし、手が動かせない。
祐一朗が握っているからではない。
手が、両手とも動かない!
(ダメ! ここにいて!!)
声ももう、届いていないようだった。
彩斗がドアのところで振り返る。
そして。
「熱斗。ボクの熱斗……。大好きだよ!」
彼は、出ていった。
(ここにいて、側にいて、彩斗クン、そっち行っちゃダメだ!!)
「行かないで――――――――ッ!!」
起き上がって、呼吸器をかなぐり捨てて、自分についた枷を全部外す。
「熱斗!」
祐一朗が驚いて、彼を見た。
違和感。
熱斗が胸を抑えた。
「熱斗、どこか痛いのか? 今、看護婦さんを……」
ナースコールを押そうとする父親を止める。
「……」
痛いんじゃない。
胸に穴が開いている感覚。
呼吸をしても、そこから漏れているような気がする。
追わなければ。
彩斗クンの側にいかなくちゃ……。
「いかなくちゃ……。一緒に……いるんだ」
彼はベッドから飛び降りて、病室を飛び出した。
「熱斗!」
祐一朗が慌てて追いかける。
……どこ?!
いつもなら判るはずの彩斗の位置がつかめない。
取り合えず右へ行こうとする熱斗の腕を、祐一朗が掴む。
「……熱斗!」
「彩斗クンはどこ?!」
「……そんな場合じゃないだろう!」
珍しく、祐一朗がしかりつける。
熱斗は一瞬ひるんだものの、すぐに言い返した。
「……そんなって……何? ボクにとっては、彩斗クンはボクより大切なんだ!」
「じゃあ、お前はその彩斗の気持ちを考えたことがあるのか?! 彩斗にとってのお前も同じ事なんだ!」
熱斗がはっとして、言い返せなくなる。
「……それに、パパとママの気持ちも考えてくれよ、熱斗。僕たちだって……彩斗と熱斗が二人一緒じゃなきゃ、イヤなんだよ……」
「でも、彩斗クンがァ……」
熱斗が目を赤くさせた。
その時だった。
「光さん? 光……彩斗くんのお父さんですよね?」
背後からナースの声。
祐一朗が熱斗の腕を掴んだまま振り返って、彼女に向き合う。
「そうですが……何か?」
「彩斗くんが……」
ナースが言うや否や、熱斗が一歩前に出た。
「……さ、彩斗くん?!」
ナースが目を丸くする。
「いえ、この子は熱斗です。ベッドから抜け出そうとしてたので……」
祐一朗が言うと、ナースがしゃがんで熱斗を見た。
「ボク、もう大丈夫だから! お願い、彩斗クンのところに連れて行って!」
「熱斗!」
祐一朗がしかりつける。
「……じゃあ、ちょっと身体見せてくれるかな? うん……うん……。異常……ないようですね」
ナースが立ち上がって、今度は祐一朗を見た。
「彩斗くんの方にご案内します。熱斗くんも一緒に。……こちらへ」

彩斗の病室は、さっきよりもずっとずっと静かだった。
椅子に座って俯いているはる香と、医者、看護婦。
定期的に鳴っていた電子音は、今はずっと鳴り続けている。
「……はる香」
病室に入った祐一朗が声をかけた。
はる香はその声に反応せず、俯いたままだった。
「彩斗クン!」
次に入った熱斗が、ベッドに駆け寄り、彩斗の身体に馬乗りになった。
いつもなら反応する彩斗が、動かない。
医者と看護婦が、彼らから顔を背けた。
「さっき、来てくれたよね? ねェ!」
反応しない彩斗に、熱斗は言葉を浴びせつづけた。
「ボクの側から離れないでって言ったじゃん! どぉして……約束やぶるの?!」
異様な空気。
「ねぇ、起きてよォ……。ボクにおはようって言って? さっきみたいにチューして? それとも、ボクがしないとダメなの? 彩斗クン、また魔法のリンゴ食べさせられてるの?!」
熱斗が彩斗の唇に自分の唇を重ねた。
少し、冷たい。
……ちっとも安心できない。
違う、この子は……。
ううん、これは……
「……彩斗クンじゃ、ない……。これ、彩斗クンじゃない!」
はる香の肩を抱いてこっちを見ていた祐一朗に、訴えるような視線を向けた。
「彩斗クン……どこに……いるの? ねェ、彩斗クンに……会わせて?」
祐一朗は答えることが出来ずに、熱斗の視線から逃げるように顔を背けた。
その瞬間、停止していた熱斗の思考が一つの結論に辿りついた。
「イヤ! ボクにはキミが必要なのに! キミじゃなきゃダメなの!! 何で?!」
恐怖。
大切ナモノヲ無クシテシマッタ。
「イヤッ!! 側にいて?! 守ってあげるの!」
悲しみ。
ズット一緒ダッテ思ッテタノニ。
「ボクが守るの!! ボクは彩斗クンの『騎士』なんだよ?!」
不安。
ボクガ、ボクデハ無クナッテシマウ。
二人デ、一ツ。
「ボクが……」
コワレテ、シマッタ……。
玩具のぜんまいが切れたように黙り込む熱斗。
沈黙は、長くも短くもあった。
そして。
「彩斗――――――――ッ!!」
熱斗はボロボロと涙を流して、『彩斗だったモノ』を抱きしめ……
そのまま、気を失った。
絶望と共に。


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