【小説】岩男EXE/inter_weB第三章


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夏も終わり、幼稚園の入試が始まろうとしていたある秋の夜。
『で、今日二人が話した回数は?』
優しそうな男性の声が、不安そうに聞いてきた。
「まだ一回……。おはようって、いつものあいさつだけよ」
電話相手の女性……はる香は大きなため息と共に言う。
「わたしに対しては話してくれるんだけど、『話』が通じちゃうから、あの子たち同志ではしゃべらなくなっちゃったのよ。あの子たちの可愛い騒ぎ声が聞こえないなんて……。祐一朗さん、わたし寂しーい……」
『うーん……。でも、確かにそれは困ったなー……。今度、僕からも注意しとくよ。……ところで話は変わるけど。二人の幼稚園は決めたんだよね? 僕は秋原幼稚園が良いと思うんだけど』
祐一朗の問いに、はる香が電話口でにっこり笑う。
「ええ、秋原幼稚園にしたわよ。エントリーも済ませたわ。公立だし、後は抽選を待つだけよ。大山さんも桜井さんもあそこにエントリーしたらしいの。知ってる子と一緒の方が良いと思って。それに……」
リビングのソファで仲良く座ってこちらを見ている双子に目を向ける。
「あそこなら一クラスだから、二人とも同じクラスになれるもの」
祐一朗が受話器の向こうで笑った。
『あはは、僕と同じこと考えてたって訳か。まるで彩斗と熱斗みたいだね』
「やだ、祐一朗さんったら」
はる香が嬉しそうに笑う。
「あ、そうそう……。さっきからその二人がこっちを見てるの。きっと、水族館に行ける日を知りたいんだわ。二人を呼ぶ?」
『うん、頼むよ』
彼の答えに頷いて、はる香が手招きして双子を呼んだ。
二人が嬉しそうに手を繋いで歩いてくる。
はる香は受話音量を大きくして、二人に受話器を手渡した。
「とうさん?」彩斗がおずおずと話しかける。
「パパー?」熱斗は首を傾げながら話しかける。
『彩斗、熱斗、久しぶり。パパだよ』

 

 

inter_weB第三章『ドルフィン』

 

 

 

向こうの答えに二人は顔を見合わせて頬を紅潮させた。
「とうさん」
「パーパ」
そして、声を揃えて言う。
「スイゾクカン、いつ行けるの?」
……パパより水族館か……。
少しがっかりしながらも、祐一朗が答えを返す。
『明日の日曜に帰ってくるよ。明日行こう』
きゃあと騒いで、双子が抱き合った。
「わーいっ。やったね、熱斗っ」
「わーい! やったね、彩斗クン!」
『だから、それまでいい子にしてるんだぞ』
「はーい」
「はーい。……あ、じゃあパパ、ママに代わるね」
熱斗が受話器をはる香に返す。
「ママ、ボクたち熱斗のお部屋いるね」
二人はそう言って、階段を登って行った。
はる香はそれを見送ってから、受話音量を元に戻して、受話器を耳に当てる。
「……何はともあれ、明日帰ってくるの?」
『だって……。もう、キミやあの子達にどれくらい会ってないと思ってるんだい? 僕だって会いたいよ』
そして、とんでもない事を言ってのけた。
『大丈夫。抜け出してくるから』
「……まさか、お休み取ってないの?」
はる香の問いに、祐一朗が苦笑で答える。
「もぉ……。怒られても知らないわよ~?」
彼女は怒っている振りをしたが、すぐに吹き出した。
「うふふ。学生の頃、思い出すわね」
『そうそう。キャンパスの、幽霊が出るって月桂樹の下で待ち合わせして……』
祐一朗が話を合わせる。
「構内禁煙だったから、祐一朗さんの煙草吸う時の隠れ家だっただけでしょ~」
はる香も話に乗る。
『もう煙草はやめたけどね。あの頃はちょっとスレてたから』
「お弁当持って行ったんだっけ。いつ見ても煙草吸ってるだけだったから、身体に悪そう……って」
『お弁当か……。水族館行く時には、お弁当持っていこうか。それで、みんなで食べよう』
「昔みたいに?」
はる香が訊き返す。
『そう、昔みたいに』
「じゃあ、いっぱい作っていこうね。……でも、本当に大丈夫?」
『大丈夫。僕を信じなさい。……じゃあ、もう切るよ? ドクさんが凄い顔してるから……』
「あらあら。また雷落ちるわよ? ドクターによろしくお伝え下さい。それから。愛してるわ、祐一朗さん」
『僕も愛してるよ、はる香。じゃあ、明日。それから、抽選、受かるといいね。……じゃあね』
電話が切れた。
はる香は受話器を置いて、既に明日のことを考えていた。
……楽しみだな、久しぶりだもの。
……早く明日にならないかな?
そう思いながら、はる香は、洗い物のお皿を片付けようと歩き出した。

熱斗の部屋。
(熱斗、熱斗……)
彩斗が黄色い毛布の中で弟を呼んだ。
(……何?)
弟は声を出さず、彼の手を握って返事をする。
(明日、スイゾクカンに行けるんだよね?)
(そうだよ! 明日、パパが帰ってきたら)
彩斗が嬉しそうに笑う。
(やった。熱斗とお出かけできるんだねっ)
(うんっ)
兄が喜んでいるのが嬉しくて、熱斗も笑った。
この双子が上と下を間違えられる理由の一つに、これがあるのかもしれない。
熱斗は、いつでも彩斗の事を第一に考える。
それは常に持っている不安からだ。
彩斗の心臓は、十歳までは持たないだろうと言われている。
双子には知らされてはいないが、熱斗は空気でそれを感じ取っていた。
……彩斗クンがいなくなったら、ボクは一番大切なものを永遠に無くしてしまう。
……そして、ボクはボクでいられない。
熱斗は常にそう思っていた。
だから、彩斗に尽くしてあげたくなるのも当然なのかもしれない。
これで彩斗が悲しむなら、絶対にしない。
これで彩斗が喜ぶのなら、多少危険でも実行する。
先の入れ替わり事件だって、その為に起こった出来事であったし、今までもこんな事が何度も繰り返された。
その所為だろうか。熱斗はいつのまにか、彩斗よりも大人びてしまった。
……ボクが泣いたら、彩斗クンが悲しむから絶対に泣かない。
……ボクはどうなったっていい。彩斗クンと一緒にいれるだけで。
(彩斗クン。絶対、イルカ見に行こうね)
弟が嬉しそうなのを見て、彩斗が少し寂しげに笑った。
彩斗は、熱斗が自分に尽くしてくれる理由を知っていたし、自分の命が長くない事も知っていた。
それが『運命』と言うものなのだろうと、何となく納得もしていた。
しかし、誰よりも大切な熱斗に気を使わせ続けることなんて、耐えられなかった。
……ボクがいなくなっても、熱斗は熱斗のままなのに。
……そして、ボクはまた、熱斗に会いに行く。生まれ変わりがあるのなら。どんな事があっても……必ず。
彩斗は常にそう思っていた。
でも……
そのことで熱斗が悲しむなら、ボクは絶対にしない。
そのことで熱斗が喜ぶのなら、ボクは無理をしたってそうし続ける。
だから、彩斗はいつでも熱斗を求めるし、熱斗と一緒にいたがる。
その所為だろうか。彩斗はいつのまにか、幼く、弱い存在になってしまった。
……ボクがいれば、熱斗が安心してくれるから、ボクはずっとずっとキミを求める。
……ボクはずっとここに留まっていられるフリをする。熱斗を悲しませないように。
(そうだね。約束だもんね)
何故か、今日は死んだ後の事ばかり考えてしまう。
落ち着かない。
……熱斗と、一緒なのに……?
彩斗が熱斗をぎゅっと抱きしめた。
「彩斗クン?」
熱斗が思わず声を上げる。
彩斗が上目遣いに熱斗を見る。
「……熱斗……大好き。ずっと、ずっと……一緒だよ……?」
(彩斗クン?)
「……ずっと、一緒じゃなきゃ、やだよ……?」
何かに怯えているような兄の口調を不審に思い、熱斗が『コトバ』を探る。
こう言う時に限って不明瞭で、彩斗の思いを掴めない。
普段は難なく判るのに。
彩斗だって、自分の心を閉ざしている訳じゃないのに……。
言いようのない不安だけが伝わってくる。
「……熱斗……。熱斗、熱斗……」
大丈夫。
心の中で強く言って、目の前の『もう一人の自分』をぎゅっと抱きしめた。
「ボクは、彩斗クンの側にいる。ずっと。……ずっと一緒にいるよ。だから」
(不安な気持ち、ボクに分けて。二人で分ければ、辛くなくなるよ……きっと……)
「……うん、ありがと……」
彩斗が頬を摺り寄せてきた。
柔らかくて、温かい頬。
落ち着くし、何より心地良い。
熱斗も彩斗も、こうやって抱きしめ合うのには訳があった。
お互いの体温が伝わるだけで、無条件に安心できるからだ。
お互いが存在しているのが手っ取り早く判るのが、この方法だっただけだ。
「彩斗クン。ボクも、大好き」
熱斗が彼の頬にキスをする。
「えへへ……」
彩斗の頬が熱くなる。
イヤな考え事から一瞬にして開放されて、何だか心が軽くなった気がした。
そして、満足げな返事。
(おやすみ、ボクの大切な熱斗)
「おやすみ、ボクの大切な彩斗クン」
しばらくすると、彩斗は眠ってしまったらしく、寝息が聞こえてきた。
「……」
熱斗は眠れなかった。
何だか不安ばかり大きくなって、眠る気になれなかった。
……眠ったら、彩斗クンが消えてしまう。
そんな感じすらした。
まだ時間はある筈なのに。
まだ……
まだ、彩斗クンと一緒にいたいのに。
「彩斗クン……」
兄の身体を抱きしめる。
温かい。
鼓動だって、ちゃんと聞こえる。
息だって、ちゃんとしてる。
……ボクと一緒の場所にいて、ボクと同じ空気を吸って、ボクと同じように感じて、ボクと誰より繋がってる。
……ボクの一番大切な人。
そう。
……ボクの……彩斗クン。
「ずっと一緒……だからね」
もう一度、強く抱きしめなおして、強い口調で言った。
「一緒に、いるんだからね」

日曜日の朝。
はる香が見たのは、不思議な光景だった。
普段はこの時間、既に二人とも起きているはずである。
しかし、彩斗がいない。
熱斗も眠っている。
……いや。
ここにいるのは本当に熱斗なんだろうか?
「熱斗? 熱斗……よね、あなた」
はる香が黄色い布団の中でもぞもぞ動くモノに声をかけた。
「……」
黄色い布団は返事をしなかった。
かわりにぴくっと動く。
「……」
……眠ってるの、この子?
「熱斗!」
はる香が再び声をかけると、ボサボサになった黒髪がひょいっと顔を出す。
「ん」
ああ、この寝起きの悪さは熱斗だわ。
「おはよう、熱斗。彩斗は来てないのね?」
「……ふにゃあ……」
眠たそうにあくびをしながら、YESともNOとも取れない生半可な返事を返す。
「熱斗。ママ、さすがに『ふにゃあ』じゃ、判んないわ……」
はる香は苦笑して、手に持っている体温計をぶんぶん振った。
「お熱測らなきゃいけないんだけど、彩斗は来てないのね?」
「……」
熱斗が布団を捲る。
青いパジャマを着た、黒髪の少年が寝ていた。
……彩斗。
結構騒がしくしていたのに、起きる気配がない。
「…………」はる香が頭を抱えた。
……仲がいいのは悪い事じゃないわ。でも、この子達、前科者だから。
……心配。
「……これ、シングルベッドなんだけど……。よく二人で寝れたわね」
一応、当たり障りのない質問をしてみる。
子供なんだから、普通にしていれば二人くらい寝れる。
……そうよ。この子達、細いし……。
「うん。ぎゅってしあって寝たから平気」
はる香が肩を落とした。
……いやっ、悪い事じゃないのよ。うん。人前でしちゃいけないって約束は破ってないし。
そーゆー問題でもないか。
「あ、あのね、熱斗……」
「さっきママに見つかる前にぎゅってするのやめたからいいでしょ……?」
「……」
悪知恵がついている。
……いやっ、こんなことでくじけてなるものか。
はる香が体温計を持って彩斗に近づいた。
悪知恵には悪知恵を。
体温計の検温部分を彩斗の耳の中に入れる。
「……」熱斗が彩斗をじっと見た。
はる香がスイッチを押そうとした瞬間。
「わっ……」
彩斗が目を覚ました。
はる香が慌てて体温計を引っ込める。
一応、検温部分が鼓膜まで届かない設定になっているのだが、何かあったら困る。
(……わたしの悪知恵、失敗ね)
そう思いつつ、挨拶をする。
「おはよう、彩斗」
「おはよ、ママ。……お熱測っても良いけど、ボクが眠ってる間はやめてね」
……バレてる。
はる香が苦笑して言い返す。
「で、でも、よく判ったわね」
「教えてくれたもん!」
さらっと答える彩斗を見て、はる香は「はぁ……」と曖昧な返事を返した。
信じきれないけれど、やっぱり信じるしかない。
この子達は、確かに繋がっている。
「ふふっ。おはよっ」
彩斗が目を瞑った。
「おはよー」
熱斗が彼を抱きしめて、頬を摺り寄せる。
……また、気まずい。
「こほん」
はる香がわざとらしく咳払いした。
「彩斗、お熱」
「……う~……」
彩斗は明らかに嫌がっていたが、以外と素直に従って、体温を測った。
「はーい、OK。今日は素直ね?」
リセットしながらはる香が言う。
「だって、スイゾクカン行きたいもん」
……面白いところで、水族館効果があったようだ。
『騎士』の邪魔もなかったし、これは助かる。
二人が服を出して着替え始める。
はる香がドアを開けて、二人に呼びかけた。
「じゃ、ご飯にしよっか? 先行ってるね~」
先に向かったはる香の後を追うように、仲良く降りてきた双子が見たものは……
「彩斗、熱斗、おっはよ~!」
いつもは空いている椅子に座ってコーヒーを飲む、祐一朗だった。
「……」
双子が不思議そうに顔を見合わせた。
今日、彼が帰ってくることは判っていた。
しかし、いきなりすぎて思考が追いつかない。
……こういう時は
……何て言うんだっけ?
「えっと、えっと……」彩斗が考え始める。
「んーっと……えーっと……?」熱斗も考え始める。
「もぉ、考えることないでしょ? パパにおはようは?」
はる香の声に、二人はやっと事情を飲み込めたのか、コクコクと頷いた。
「パパー!!」
先陣を切ったのは駆け足が出来る熱斗だった。
祐一朗に勢い良く抱きつく。
「わっ……ととっ……。おいおい、コーヒーこぼれちゃうだろ~。熱斗~」
そう言いながらも、祐一朗は満面の笑顔で熱斗を抱きしめた。
「パパ、おかえりなさぁい」
「熱斗、ただいま~。会いたかったよ~!」
祐一朗はそう言いながらはっと気がついて、熱斗を離した。
「……熱斗……何か、顔色悪いけど……ちゃんと眠った? それに、少し身体が熱い気が……」
熱斗の表情が一瞬固まった。
だけど、悟られてはいけない。
彼はすぐに笑顔を作って、父親に抱きついた。
「ん~。楽しみで眠れなかったの」
「そう? ならいいけど……。ちゃんと眠るんだぞ~」
熱斗が祐一朗の膝から降りて、彩斗を見た。
彩斗が一歩前に出る。
「彩斗~。ただいまっ。会いたかったよ~!」
祐一朗が、彩斗を抱きしめた。
「と~うさん。おかえりなさいっ……」
「……う~……。彩斗、何でパパのこと『とうさん』って呼ぶのかな?」
ちゃんと理由はある。
彩斗は呼吸がうまくなくて、破裂音(ぱ行とか)を発音するのは少し苦しいからだ。
もちろん、祐一朗も何となく判っていた。
でも、ちょっとした夢だったのだ。
彩斗に『パパ』って呼んでもらって、思いっきり甘えてもらう事。
「……? 呼びやすいから」
彩斗のあっさりした答えに祐一朗がガクっと肩を落とした。
……パパって呼んでもらえるのを期待したのになァ……。
「とうさん? どーしたの?」
「ううん、何でもない……」
と、あることに気付いて、首を傾げる。
「彩斗……? 彩斗、熱斗よりももっと熱っぽくない?」
彩斗が慌てて言い返す
「ううん、お熱ないよっ……」
「ないわよ、三十六度五分。平熱だったわ」はる香も言い返す。
「そう? ならいいけど……ムリをさせるのはよくないからね」
もう一度首を傾げる祐一朗を尻目に、彩斗が弟の方を見た。
「熱斗」
「うん」熱斗が両腕を広げて、来るように促した。
……ああ、またそっけない……。
熱斗にするように、僕にも甘えてほしいのになぁ……。
祐一朗の傷心など知る由もなく、彩斗は祐一朗の膝から降りて、熱斗にぴたっとくっついた。
そして、二人ではる香を見る。
「……あ、ママはいいの。もうごあいさつしたからね」
はる香はそう言うなり、湯気が立っている、出来立てのオムライスを4つと、赤いスプーンと緑のスプーン、青のスプーンと黄色のスプーンをテーブルに置いた。
それから、いつも通りイルカのカップとヒマワリのカップにアップルジュースを、はる香のカップにコーヒーを注ぐ。
彩斗と熱斗が仲良く席についた。
「祐一朗さん、コーヒーおかわりいる?」
「あ、貰おうかな?」
祐一朗のカップにもコーヒーを注ぎ、はる香も席につく。
「じゃあ、いただきますしようか?」
はる香が言って、祐一朗を見た。
双子もにこっと笑って祐一朗を見る。
祐一朗はみんなに笑いかけると、両手を合わせた。
「いただきますっ」
「いただきます」
はる香がぺこっとお辞儀をする。
「いただきます」
彩斗も手を合わせてお辞儀をした。
「いっただっきまーすっ!」
いつも通り、手も合わせず、お辞儀もせず、右手に持ったフォークを持ち上げるのは熱斗だ。
はる香はいつも通り、ゆっくりと食べ始める。
事情を判っている祐一朗も出来る限りゆっくりと食べている。
が、熱斗だけは、今日は勢い良く食べている。
そして、自分の分を早々と食べ終わると、彩斗のお皿にも手をつけ始めた。
「ち、ちょっと熱斗ぉ?!」
はる香が妙な声を上げた。
「熱斗っ、彩斗の分取っちゃ駄目だろっ」
祐一朗も慌てている。
が、当事者の彩斗は涼しい顔。
熱斗も不思議そうに両親を見つめる。
「……ふぁっ? どーして?」
「どーしてって……」はる香が言葉を詰まらせる。
「熱斗は自分の分食べ終わっただろ?」祐一朗が言葉を続ける。
「食べ終わってないよ」
彩斗がおかしな事を言い始めた。
「そうだよ。食べ終わってない」
熱斗も調子を合わせる。
「だって……今日のオムライス、半分あげるってさっき言ったもの」
夫婦は顔を見合わせて、同時に肩を落とした。
……また言葉じゃない会話を交わしてるわ、この子達……。
……ああ、初めて体験した。はる香の言ったこと、ホントにホントだなァ……。
「オムライス好きだから、貰ったんだけど……。駄目?」
熱斗がすがるような目で二人を見つめる。
彩斗も同じような目で二人を見つめる。
「いや、半分は彩斗が食べるんだよね? 彩斗がお腹空かないのならいいけど……」
祐一朗がその目に負けて、笑いながら答える。
「……ってあのね、彩斗、熱斗。お話は声でしなさい、声で」
はる香の言葉に、彩斗が反論する。
「だって、この方が楽なんだもん……。息継ぎしなくてすむから……」
……そりゃあ、彩斗が呼吸うまくないのは知ってるけど……。
「でもね、それだとママやパパには通じないのよ。知ってるでしょ?」
「知ってるけど……。でも、熱斗と話す分にはこっちの方が楽なんだもん……」
「だ、だからァ……」
はる香が反論を続けているうちに、熱斗は食べ終わったらしく、残ったジュースを飲みながらこっちをじっと見た。
彩斗も比較的早く食べていた所為か、彩斗の前にある皿は既に空っぽだ。
「ママ。熱斗がね、早く食べ終わらせて早くスイゾクカン行こうって……」
……言ってる側からそれかァ……。
はる香が肩を落とす。
「あはは。食べ終わってないの、はる香だけだからね」
祐一朗がコーヒーを飲み干して言った。
これでもか、というくらい大盛りにしたはずなのに、彼の前にある皿は既に空っぽだ。
……この裏切り者~。
はる香が頬を膨らませると、祐一朗が苦笑いを返した。
「ごめん、ごめん。あんまりおいしかったもんで、つい……ね?」
「もー……」
「ママ、早く~!」
熱斗が二人のやり取りを余所にせかし始めた。
「判ったから、あと五分待ってちょうだい? それから、みんなの前では二人とも声出してしゃべってね。あと、水族館では抱きつくの禁止よ!」
はる香はそう言ってから、一気に食べ始めた。

数時間後。
「イルカっ」看板のイルカのイラストを見て、熱斗が歓声を上げた。
「イルカぁ」彼と同じようにイラストを見て、彩斗も歓声を上げる。
ここは、最近流行の電脳水族館ではなく、本当に魚を飼っている水族館だ。
水族館や動物園はここ数年、事故が多発して次々と姿を消し……今や本当の生き物を扱う水族館はここだけになってしまった。
彼らは、そんな水族館のイルカショー会場、最前列に座っていた。
その後ろに、祐一朗とはる香が座っている。
「ねぇ、イルカまだぁ?」
双子の問いに、はる香がパンフレットを見た。
「まーだ。あと……十分もあるわよ?」
「十分って、どれくらい?」熱斗が聞き返す。
そう来たか。
「六百数えたら、十分だ」
理数系の祐一朗がすらっと教える。
「六百って、どれくらい?」彩斗が聞き返す。
……どれくらいって……?
確かに、そんな大きい数を出しちゃったのも悪かったが、どれくらいって言われても困る。
六百は六百だ。
「え、えーっと……」
何て言えば判るのか、彼には皆目見当がつかない。
……いくつまでなら、数えられるんだろう?
「五十を十二回数えたら、その数になるよ?」
祐一朗の右斜め前、彩斗の隣から、声が聞こえた。
「お風呂から出るとき、五十数えない? あれを、十二回数えるの」
黒髪の少年が、彩斗の隣に座っていたのだ。
年の頃は……そう、ちょうど双子と同じか、ちょっと上くらいだろう。
白い服を着ていて、大人しそうな感じだ。
彼はにっこり笑って、双子を見た。
戸惑いつつも、双子も笑い返す。
「あ、あのね、知らない人と話さないって約束だったでしょ?」
少年の隣に座っていた、彼より年上だろう少女が、少年を止める。緑の髪がとても綺麗な女の子だ。
幼いが、どうやら彼の保護者役らしい。
「だって……。双子の人って、初めて見たんだ……」
「だからって……いい? ここに来たのは内緒よ? おとなしく行動しなきゃいけないって……」
彼女は、双子の視線に気がつくと、他人行儀な笑みを浮かべた。
だいぶ無理をした笑顔。
しかし、笑いたくなくてそうなっているのではないようだ。
「ごめんなさい。びっくりしたよね?」
「お姉さん。その子の眼、とってもキレイだねっ……」
彩斗が少年に向かって笑いかけた。
「……あ、ホントだ!! すっごーい」
熱斗もにっこり笑う。
少年の眼の色は、目の前にあるイルカのイラストと同じ色……ブルーだった。
深い……マリンブルーという色だ。
「え……? ホント? ……嬉しい」
少年が本当に嬉しそうに顔を赤らめた。
「ありがとう。えーっと……」
「あ、ボク、熱斗って言うんだ。こっちは彩斗クン。キミたちの名前なんて言うの?」
「え? あ、ボクは……」
少女に小突かれて、少年は顔をしかめた。
「ね、サロマお願い。いいでしょ? ボク、はじめて遊びに来れたんだから……」
サロマと呼ばれた少女は、少しきつめに言い返す。
「わたしだって、あなたの自由にさせてあげたいけど……。万が一……」
「万が一って言うくらいなんだから、大丈夫でしょう? ボク、もっと遊びたい」
「……」サロマが、眉間にしわを寄せて考えた。
はて。
祐一朗が首を傾げた。
さっきから違和感を感じていたものの、やはり、この二人はおかしい。
姉弟というわけではないし、従姉弟でもなさそうだ。
はる香を見ると、同じ疑問を感じていたのか、首を傾げている。
「サロマだって、本当は遊びたいんでしょ? 何も起こらないよ。だから、今日だけは楽しく遊ぼ?」
少年に懇願されて、サロマはため息をついた。
「そう……ね。そうだね、遊ぼう!」
サロマがにこっと笑う。
少年はそれを確認すると、双子に向き直った。
「ごめんごめん。えーっと……彩斗クンと、熱斗クン……だね? ボクの名前はね……」
彼はにこっと笑った。
「炎山。炎山だよ」
「わたしはサロマ。よろしくね、彩斗くん、熱斗くん」
「うん」双子が答えた。「よろしくね、炎山クン、サロマさん」
『サロマ』はアイヌ語だから、変わった名前ではあるが、アイヌの血を引いている、と思えば納得出来るが……。
……炎山。変わった名前。
双子と彼のやり取りを見ながら、祐一朗がふと思い、苦笑する。
……いや、ウチの息子たちにも変わった名前をつけた手前、そう言うのもおかしいけれど……。
(でも、どこかで聞いたことが……)
「あっ!」
祐一朗が驚いたような声をあげる。
「……い、伊集院社長の……ご子息……?」
彼は目の前の子供に確かめた。
「知ってるの?」
はる香が祐一朗に問う。
「この前、伊集院社長から新チップの話を貰った時、同い年の息子がいるって……。確か、その子の名前が炎山……」
炎山が肩をすくめた。
そして、そっと手を差し出す。
「……当たりです。ボクもすぐに判りました。お会いできて光栄です。光祐一朗博士、奥様」
席が近かったはる香が先に、炎山の手を握る。
「えっとえっと、はじめまして炎山くん。……言い難いなぁ、舌かんじゃいそう。炎ちゃんでいい?」
「え、炎ちゃん?」いきなり言われた炎山は、ビックリしたような顔をする。
「ダメ?」
はる香が首を傾げると、炎山が顔を赤らめて笑った。
「ううん、とっても……嬉しい」
「わたしもはる香でいいわよ、奥様なんて……そんな~」
照れながら言うはる香に、炎山がくすっと笑った。
「じゃあ、はる香さん。よろしくお願いします」
次に、祐一朗がその手を握る。
「はじめまして、炎山くん。でも、博士って言われるの嫌いなんだ。業績残してないからね」
「では、光さん。……父には今日出会ったこと、ご内密にお願いします」
「そう言えば、社長はご一緒してないね。どうしたんだい?」
「イルカが見てみたかったので……。父に言っても取り合ってもらえなかったし……」
彼の顔が曇る。
「……『お父さん』なんて、名ばかりだもの……」
はる香がはっとして、祐一朗を見た。
祐一朗の脳裏に、ふと昔の自分が重なって見えた。
父とは、一緒に遊んだことなどなかった。言葉を交わすことすら、なかった。
だからだろうか。
父と同じ道に進み、その苦労を知っても、祐一朗は家に電話することを欠かさなくなった。
遊べなくても、せめて言葉を交わしたい。
あの寂しい思いを、子供たちにさせないために。
でも、この子は……
あの頃の、寂しくてしょうがなかった自分と同じ。
(……幼い頃の、僕がここにいる……)
彼らの話は、双子には判らない話なのだろう。
ぷーっと頬を膨らませて、恨めしそうに祐一朗を見る。
「……あ、ごめん。折角出来た友達を取っちゃいけないよな?」
祐一朗が苦笑いして、炎山と話すのをやめる。
炎山も双子の方を見て、にこっと笑った。
「炎山クン、サロマさん。一緒に見ようねー」
炎山の顔からはさっきまでの曇りが消えて……
「うんっ」
彼は子供らしい、満面の笑みを浮かべた。
「楽しみだな、はじめて見るんだ!」
炎山の言葉に、双子が反応する。
「ボクたちも初めてだよ!」
「だから、すごい楽しみなの……。ねぇ、イルカって飛べるの?」
「飛べはしないけど、すっごく高くジャンプ出来るのよ」
子供たちのはしゃいだ声を聞いて、はる香が安心したように笑った。
「すごい楽しそう。連れてきてよかった……。ねっ、祐一朗さん」
そして、隣りにいる祐一朗に寄りかかる。
祐一朗が、彼女の手を握る。
「うん、よかった。でも……」
「でも?」はる香が聞き返す。
「僕も一緒になってはしゃぎたいなぁ……。水族館、来たの三回目だもんな……」
少し子供っぽいその発言に、はる香がくすっと笑った。
「ダーメ。あなたはもう大人なんだからね~」
「う~ん……。こう言う時、大人になっちゃったのを後悔するんだよなぁ……。だって、僕も、水族館の思い出すら、残ってないんだよ? 写真くらいあれば、思い出すことも出来るんだろうけど……」
その言葉に、はる香が小さく「あっ」と叫ぶ。
そして、バッグをガサゴソし始める。
お財布に、全員分の入場券、ハンカチ、ティッシュに、彩斗の発作緩和の薬。
……あった!
「じゃあ、写真撮りましょ、みんなで。カメラ持ってきたのよ」
はる香が片目を瞑りながら、デジタルカメラを祐一朗に見せた。
「持ってきてたんだ! すっかり忘れてたよ。さすが~」
祐一朗が大げさにはる香を抱きしめる。
「うふふ。偉いでしょ~?」
はる香が抱きしめかえす。
『仲良し禁止令』を出されている彩斗と熱斗は、「自分たちもじゃん……」と、肩をすくめた。
「とっても仲良しなんだね、光さんと、はる香さん……」
炎山が苦笑いする。
「仲良すぎだよ……。ボクたちには禁止するのに~……」
熱斗が頬をぷーっと膨らますと、両親が苦笑いした。
「さ、みんなで写真撮ろう? 折角、ここまで来たんだもん。もったいないよ」
祐一朗が彩斗と熱斗の肩を抱いて、にっこり笑った。
「写真? みんなで撮るの、初めてだね……」彩斗が笑う。
「うん。だから、みんなで撮るんだ。パパ、絶対これ、仕事場に飾るから」
「あ、じゃあ退きましょうか……。炎山、退こう」
サロマが炎山と共に離れようとするのを、はる香が止める。
「えー、折角なんだから、みんなで撮りましょうよ。ね、炎ちゃん、サロマちゃん」
「いいんですか?」炎山が嬉しそうに言う。
しかし、サロマは顔をしかめたまま、首を振った。
「まずいの?」
炎山がサロマを見上げて聞く。
「光さんとなら、あなたは何とでも言い訳がつくからいいけど……。わたしまで写っちゃって、あなたのお父様に見つかったら、何て言われるか判らないもの……」
「そっか……」
炎山の顔が曇った。
悲しそうに首を振ったあと、サロマがはる香の手からカメラを取った。
「え、サロマちゃん?」
「だから、わたしに撮らせて下さい。そしたら、写真見るたびに誰が撮ったか思い出してくれるでしょ?」
「……いいの?」
祐一朗が聞く。
「構いません。写らなくても、残る思い出があるなら」
にっこり笑って、サロマが炎山の肩を押した。
「さ、折角なんだから、お言葉に甘えたら?」
「う、うん……」
炎山が恥ずかしそうに後ろに行こうとする。
「ダ~メ。そんな位置じゃ」
はる香が笑って、自分の前に連れて行った。
「え、でも……」
「いいんだよ」
祐一朗が笑った。
「他人のような気がしないんだ。それに」
炎山がきょとんとしていると、何かが手に触れたような感じがした。
……双子の手だった。
「……彩斗くん、熱斗くん……」
炎山が双子の名を呼ぶと、二人ともにっこりと笑う。
祐一朗が片目を瞑って見せた。
「この子達もこんなに懐いてることだしね」
「じゃあ、撮りますよー!」
サロマが少し離れて手を振った。
「……はいっ」
炎山が誰に言うともなく、返事をする。
「三、二、一……はい、撮りましたー!」
サロマが手を振って、こっちへ戻ってきた。
「ありがと、サロマちゃん」
サロマからカメラを受け取りながら、はる香がお礼を言った。
「いいえ、どういたしまして」
笑って受け答えるサロマを、はる香がすばやく写真に撮る。
「きゃ」
そして、少し困った顔。
「あ、あのッ……」
はる香が大丈夫、と笑った。
「炎ちゃんのお父さん、わたしの家のアルバムまでは見ないでしょ?」
だからね……と、はる香が続ける。
「わたしの家のアルバム用には、あなたも撮らせてね、サロマちゃん」
「……ふふっ」サロマが嬉しそうに笑う。「はいっ、はる香さん」
「じゃあ、いっぱい撮ろっか! 家のアルバムね、女の子のが1枚もないのよ~。そりゃあ、家には男の子しかいないからしょうがないかもしれないけど……華が欲しいのよね」
そして、片目を瞑って見せた。


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