【小説】岩男EXE/inter_weBインターリュード『罪』


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「……入るといい。いるよ」
 少し冷たい言い方に従って、彼は部屋に足を踏み入れた。
「呼んでないのに、キミがここに来るなんて珍しいね。……いや、この前からか」
 声のする方に、彼は足を進めた。
 パタッ。
 何かを倒す音が、声の方から聞こえた。
「いいえ、珍しくなんか」
 声はなおも言う。
「あ、勝手に座って。……今、お茶を……。ああ、コーヒーの方が好きみたいだって熱斗から聞いたし……コーヒーかな?」
「お気になさらず。アポも取らずに来た無礼者に出す茶などないでしょう? 光さん」
 きいっ……。
「その言い方だ」
 祐一朗が戸棚からインスタントコーヒーを取り出して、客用のカップと自分のカップに入れる。
「この前まで、キミは僕の事をご丁寧にも『光祐一朗博士』と呼んでいた。なのに、ある日……えっと、WWW壊滅作戦直前だったかな……突然『光さん』だ」
 インスタントコーヒーを棚に入れ、カップにお湯を入れてかき混ぜた。
「言いにくいんですよ、あなたのフルネーム」
 今度は、冷蔵庫からミルクを取り出して、自分の分に入れる。
「2年前からの付き合いだが、最近になってやっと気付くのはどうかな? 賢明なキミらしくないな。あ、砂糖とミルクは?」
「……では、ミルクだけ」
 祐一朗が彼の分もミルクを入れながら話を続ける。
「そっか、やっぱりミルクは必要か。あ、イヤ……。馬鹿にしているわけじゃない。カルシウムは必要だ。熱斗と同い年だもの。……ねぇ?」
 そして、机に2つのカップを置いて、初めて、話し相手を見た。
「伊集院炎山くん」
 話し相手、炎山がおずおずと祐一朗を見上げる。
「……光さん、あの、これ、嫌がらせのようにミルクばっかり入ってますけど……」
「ああ、低脂肪乳じゃないよ。ダイエットはよくないな。子供なんだから、カロリーは採り過ぎてても大丈夫さ」
「いえ、そうじゃなく。ダイエットなんか……。あの……これじゃあ、コーヒー牛乳……」
「砂糖が入ってないから違うだろ。でも、牛乳コーヒーって言うのがあるなら、見てみたいけど?」
「いえ、そうじゃなく。オレも見てみたいです……それ」
 コーヒーを飲み干した祐一朗が、机にカップを置く。
 その音に、炎山が身体を震わせた。
 この前から、この少年はそうだった。
 何故か、祐一朗の行動に怯える素振りを見せ始めたのだ。
 ……そう、WWW壊滅作戦直前……祐一朗の事を『光さん』と呼ぶようになってから。
(だが、酷くなったのは、WWWが壊滅してから……。サイトが彩斗になった日……か)
 祐一朗がため息をついた。
「何を怯えてる?」
「お、怯えて……なんか………」
「いや、怯えてる。……物怖じしなくて、大人にだって食ってかかってきた少年が、何を今更怯えるんだい?」
「何も……何も怖くなんか、ない」
 そう言いつつも、カップを持った彼の手は、細かく震えていた。
 明らかに、何かに怯えている。
「怖いものはないというのかな?」
 彼の怯えようを見て、またため息。
 そして、ロッカーをガサゴソとあさり始めた。
「……コーヒーを飲むといい。少しは落ち着くだろうから。……メープルクッキー食べる? 熱斗の好物なんだ」
「い……いりませんッ」
「じゃあ、コアラのロック? これも熱斗の好物なんだけど……僕も好きでさ。つい買いだめしちゃうんだよね」
「……それって、コアラの形したヤツですよね? そんな可愛いお菓子好きなんですか、アイツ」
 冗談を言う口調も、いつも以上に固い。
「うん。で、食べる?」
 首を振る炎山に、祐一朗は3度目のため息をついた。
 そして、少しおどけてみせる。
「……砂糖が怖いとか、言わないよね?」
 彼は答えなかった。
「それとも……」
「あなたが、怖い、です」
 炎山が俯いたまま、ぽつっと呟いた。
「僕が怖い? そう、そう言われたのは久しぶりだよ。昔、はる香に言われたっきりかなぁ……」
「あなたはとんだ偽善者だ」
「偽善者……?」
「直属ではないにしろ、オレの上司になっておきながら、平然としているなんて、普通じゃ、ない」
「平然となんて。熱斗と同い年の子だもの。見た目が多少大人っぽくても、ついつい息子のように扱っちゃうな。……不満かい?」
 炎山が祐一朗を睨みつけた。
「オレは……あなたとジョークを交わしに来たんじゃないんですよ……」
 祐一朗が肩をすくめる。
「……じゃあ、言わせてもらうけど、僕はキミが苦手だな。担当者に連れられて初めて会った時、食ってかかってこられたからね。あの時のキミはちょっと怖……」
 炎山が声を荒げて、祐一朗の言葉を遮った。
「初めて会った? 白々しい、初めて会ったのは水族館じゃないですか! オレは8年前にあなたと会っている! 熱斗くんと、彩斗くんを連れた、あなたに!」
 その途端、祐一朗が眼鏡を外して、机を叩いた。
「……」
 炎山が再び震える。
「……光、さん……」
「何故知っているんだ……?!」
 無表情で冷たい目に見つめられて、炎山の身体が固まった。
「……あ、あ………」
 見る見るうちに顔が青ざめていく。
 それを見て、祐一朗が傷ついたような表情を見せた。
「……そう……か」
 そして、頷いて、椅子にゆったりと腰掛けた。
「さて……。本題に入ろうか? ……どこで知ったんだい? 熱斗が話したのか?」
「……ね、熱斗くんは……知らない……。きっと……覚えて……ない……。乳児の時に、彩斗くんが死んだのだと思い込んでる……」
 そうか。
 軽く相槌を打って、祐一朗が腕を組んだ。
「彼が……思い出したのなら……、オレを……殺したいと、思うでしょうね。エグゼ……彩斗くんが、何らかの形でオレに手を出さないのが、不思議なくらいですよ……。……そして……」
「そして?」祐一朗が冷たく聞き返す。
「あなたはずっと、思っていたはずだ……。オレを……ズタズタに引き裂いてやりたいって」
 4度目のため息は大きく、悲しみに満ちていた。
 そして、呟く。
「……バカバカしいな」
「バカバカしい? バカバカしいって……。あなたは、平気なんですか?!」
 炎山が再び声を荒げ、立ち上がった。
 先ほどとは違い、その顔は真っ赤だ。
「オレは彩斗くんを! あなたの息子を、殺したんだ!!」
 祐一朗も立ち上がって、炎山の前に立つ。
「あ、あなたは……あなたは、何も思わなかったのか?! オレの父のように!!」
 それから両手で彼の頬を包み、無理矢理自分の方を向かせてから無表情に言った。
「じゃあ、僕がキミを殺したい……と思っていたとしよう」
 一息ついて。
「……ここで僕に殺されてみるかい?」
 沈黙。
「……はい」
 消え入りそうな声で、今にも泣きそうな顔で、炎山が答えた。
「……記憶が戻って……saito.batをロックマンエグゼに当ててから……ずっと、悩んでいました……。だって、光さんは優しくて……あの頃と同じ……。オレに……前と同じように……接してくれる……」
 祐一朗は何も言わない代わりに、炎山の瞳から視線を外さなかった。
「……もし……。もしそうだとしたら、殺して……ください。……怖い。あなたに嫌われているのが、怖い……。彩斗くんに嫌われているのが、怖い。いつか……熱斗くんに嫌われるのが……怖い」
 彼の目から、大粒の涙がぽろっと流れた。
 祐一朗の手を伝って、床に落ちる。
「じゃあ……望み通りにしてあげようか。目を瞑るんだ」
 炎山が目を瞑って、俯く。
 後ろの首筋に温かいものが触れた。
 そして、首筋を確かめるように触る。
 恐怖。
 そして、何故か安堵感。
 もう、これで終われるんだ。
 そう思ったからかもしれない。
 途端に、温かいものは全身に伝わった。
「?!」
 彼が驚いて、目を開ける。
 彼が見たのは……
「ひ……光……さん」
 自分を抱きしめている、祐一朗の腕だった。
 炎山が抵抗する。
「離して、くださ……!!」
 温かさを心地よく思った自分がイヤでしょうがなかった。
 しかし、祐一朗を殴ることが出来ず、行場を失った手を不自然な位置に置く。
「……何で…………?」
 祐一朗がポツリと呟いた。
「何で、いつもキミは……一人で何でも背負い込むの?」
「いいから、離してください! オレは、オレは……ッ」
 半狂乱になった炎山に、祐一朗は彼を抱きしめたまま、諭すように語り掛けた。
「いいかい? 彩斗……エグゼが熱斗にも正体を明かさなかったのは……」
「聞きたくないッ!!」
「あの記憶を誰にも思い出せないことが最善だと思ったからなんだ……。熱斗が心を閉ざしたのも、キミが記憶を無くした事も、彩斗は知っていた。彩斗は……」
「――ッ!!」
 炎山が目を瞑って、出来る限り祐一朗から耳を離した。
「キミの事を、本当の友達だと思ってる」
 彼が震えながら、自分に言い聞かせるように呟いた。
「……嘘だ」
「本当だよ。第一、もし彩斗がキミを恨んでるんだったら、何もしないはずは無い。だって、そうだろう? ネット犯罪で人の命が奪える世の中で、キミ1人の命を奪うのは至極簡単なはずだよ。少なくとも、彩斗にとっては」
「……だ。……してた」
 何かをぶつぶつ呟きつづける彼に、もう一度、祐一朗が語り掛けた。
「キミは全部を思い出してはいない。そうだろう? だって…………………………」
 それ以上は、炎山の耳に届かなかった。
 耳を塞いで、目を閉じて、首を振って……
「だって……だって、覚えてるんだ……。思い出したんだ……」
 炎山が唇を噛み締めた。
「真っ赤な……血。彩斗くんの……。オレが、流させた……血」


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