【小説】岩男EXE/inter_weB AnotherSite『熱斗の隠し事』


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 カタ、カタタッ……。
 熱斗がなにかをキーボードで打ち込んでいる音が響いた。
「はい、エグゼ。これ頼むな」
 エグゼが受け取ったのはメール。
『ん? 熱斗くん、誰宛て?』
「炎山。あ、お前は見ちゃダメ。ブルースにも見せるな」
 言われて、不思議に思ったが、エグゼは素直にこくり、と頷いた。
『うん。じゃあ、行ってくるね』
 PETからパートナーの姿が消えて、TRANCEMISSIONの文字が画面に現れると、熱斗がふぅ、とため息をついて、呟いた。
「炎山が了解してくれればいいけど……」

 ********

「それで来たわけか、キミは」
 伊集院炎山は、はぁ、とため息をついて、PETの画面に映ったエグゼをちらっと見た。
『なんなんでしょうね。炎山様に。不躾な奴だ』
 ブルースが愚痴りながらも、自分たちに見えないように、メール内容をPETに表示させた。
「……ふむ。不躾、と言うわけではなさそうだな」
 炎山が年に似合わない相槌を打ち、メール画面を閉じるようにブルースに命じた。
『なんだった?』
 エグゼが訊くと、炎山はまぁ、と言葉を濁し、近くに置いておいたコーヒーを飲む。
「キミが訊いたら意味ないだろう、彩斗くん」
 炎山はエグゼと二人きりの時は、彼のことをエグゼ、ではなく、彩斗くんと呼び、熱斗のことを光、ではなく、熱斗くんと呼ぶ。
「まぁ、熱斗くんの誘いに乗ってやるかな。最近はオフの日も多いし」
 炎山は慣れた手つきでPETで文字を打つ。
「はい、これ、メールの返事。くれぐれも、彩斗くんは見るな。熱斗くんを裏切ることになると思え」
 あまりの重い警告に、エグゼは眉をひそめながらメールを受け取る。
「ん? どうした」
『なんでも、ない』
 じゃあ、また。
 エグゼはそう言い残し、電脳世界へダイブした。
『炎山様、あれは言い過ぎではないですか?』
 さすがのブルースも心配したのか、エグゼが消えたほうを指さし、炎山に訴える。
「そうでもしないと、彩斗くんは読むからな。そういう人だ」
『……よくご存じなんですね、奴のことを』
「記憶をすっかり思い出したからな」
 つい最近まで、炎山にも彩斗と出会った記憶はなかった。しかし、WWW世界征服計画のせいで中途半端に記憶を覚醒し、そのままで祐一朗やエグゼに詰め寄った。全部取り戻したのは、祐一朗とエグゼの荒療治のおかげだ。
「彩斗くんとは一回しか会わなかったが……彼は熱斗くんのことはなんでも知りたがったし、知っていたから。きっと、今回もオレが釘を刺さなきゃ、そうしただろうと思ってな」
『さすが炎山様です』
 まあな。
 炎山がコーヒーを飲む。
「そう言えば、光さんに呼ばれてたんだったな。また『コアラのロック』食べさせられるのかな」
 ぼそっと言った炎山に少しおかしくなって、ブルースが首を傾げた。
『いいじゃないですか。炎山様は成長期です。なにを召し上がられても、縦に伸びるだけですよ』
 すると、意外な答えが炎山から返ってきた。
「単に、あのお菓子が嫌いなだけだ」
 慌てて、ブルースも言い返す。
『左様ですか。それは失礼しました』
 今日二度目のため息をついて、炎山がまたコーヒーを口に運んだ。
「光さんが嬉しそうに薦めてくるから、断れなくて」
 最近、変わってきたな、炎山様は。
 ブルースはそう思ったが、言わないでおいた。

********

 TRANCEMISSIONの文字が消え、PETの画面にエグゼが現れた。
「おかえりー」
 熱斗が嬉しそうに、にこっと笑ってエグゼを出迎える。
『これ、炎山くんからお返事』
 エグゼが自分からは見えないように、メールを広げた。
「……ん。サンキュー。やった!」
 しまって、と熱斗が言うと、エグゼはメールを受信ボックスにしまう。
『ねぇ、熱斗くん』
「なに?」
 あどけない「なに?」に、エグゼが決心し、思い切って訊いてみる。
『……ボクに、隠しごと?』
「? してないけど?」
 嘘だ、してるじゃないか。
 ボクに内緒で、炎山くんとなにしようとしてるんだよぅ。
『で、でもっ……』
「あ、オレ、明日出掛けるから。お前、お留守番ね」
 お留守番。
 いつだって、ボクたちは一緒だったはずなのに?
 今更、なにを隠しごとするの? ボク、なにか悪いことした?
「明日はオレの誕生日だしさ、オレたちの……エグゼ、聞いてる?」
 お留守番、の言葉にショックを受けたエグゼは、うん、と生返事をした。

 ********

「じゃあ、行ってきまーす」
 自分を置いて、出て行った相棒を見送ると、エグゼは無言で身を翻し、電脳世界へと入っていった。
(……隠しごとなんて、イヤだからね。熱斗……!)
 メトロに乗る熱斗を追いかけ、官庁街を歩く熱斗を併走して尾行し、やがて。
「お、早ぇな」
「お前が遅いだけだ、光」
(……炎山くん)
 炎山と二人で待ち合わせする熱斗に辿り着いた。
「ここで始めるぞ」
「マジ、助かる!」
 ベンチに二人並んで腰掛けて、モバイルパソコンでなにやら始める二人を、エグゼはじっと見ているしかなかった。
『オヤ、えぐぜサン』
 プログに話しかけられて、エグゼはびくっ、とし、彼のほうを見た。
『ドウシタンデスカ、ソンナトコロデ。熱斗サンハ?』
 熱斗サンハ?
 その言葉に、エグゼの眉が歪み、やがてぽろっと涙をこぼした。
『アワワワワ……! ド、ドウシチャッタンデスカ?』
『……熱斗は……もう、ボクのことを忘れちゃってるから……』
『スミマセン、意味ガ……』
 判リマセン、はエグゼが首を振ったことによって遮られた。
『これはボクの独り言。独り言だけど、聴いてくれる人がいないと寂しいから、聴いていて』
 ハイ。
 プログはじっと耳を傾ける。
 エグゼが続ける。
『仕方ないんだ。ボクがネットナビとして生まれ変わったときに覚悟したんだ。そして、願ったんだ。「熱斗がボクを忘れていてもいい、ボクは彩斗であることを隠す、それでもいいから熱斗の傍にいさせて」』
 でも。
 エグゼが目を伏せた。
『……やっぱり、辛いよ。熱斗はどんどん、ボクのこと置いていって大人になってく。ボクは月に一回、とうさんから修正プログラムを受け取って大人になるけど、プログラムの考慮する成長と、実際の成長は違う。熱斗とどんどん離れてく。双子じゃなくなってく』
 ほろほろと流れる涙。
 それは死んでしまったことへの後悔か、今への不満か。
『それでも、ボクは熱斗と一緒にいたい。たとえ触れられなくても、思い出すことがなくても、それでも……!』
『……辛イ、デスカ』
 プログが口を開いた。
『ワタシタチハ、量産型ぷろぐらむデス。アナタミタイニ、誰カノDNAヲ参考ニシタ訳デモナイシ、誰カノ記憶ヲ持ッテイルトイウコトモナイ』
 ダカラ……
『アナタノ仰ルコトハ、ヨク判ラナイシ、ワタシガナニヲ言ッテモ、ナニモ響カセルコトガ出来ナイノハ判ッテイマス』
 デスガ。
 プログが回り込んで、エグゼを見た。
『ワタシタチハ、アナタノ味方デスヨ。辛イトキハ、ナンデモ仰ッテクダサイ』
 エグゼはにっこり笑う。
『……こんなことして、ホント、ボク、バカだね。帰るよ』
 ありがとう。
 エグゼはそう言って、もと来た道を帰って行った。
 その後ろ姿を見て、プログが一言。
『……えぐぜサンニ知ラレルト、マズイデスカラネェ』
 一方、現実。
「ああもう、よく判らねーよ!」
「ここをこうするな、ここの命令はこうだろう」
 熱斗が打っていたなにかを、炎山が直す。
「えー……。さっき、こう書けって言ってたじゃん」
「それは一回目だけと言ったろうが。バカかお前は」
 むー。
 熱斗が口をとがらせて、不満を訴えた。
「終了宣言が抜けてる。直しておくからな」
「あ、それだけはオレにやらせてくれよ!」
 熱斗はそう言うと、炎山からモバイルパソコンを奪って、何文字か打ち、こくん、と頷いた。
「オレが出来ることは、しておきたいんだ。大切なことだから」
「……そうだな、そのほうがいい。お前にしては懸命な判断だ」
 む。
 熱斗が再び、口をとがらせる。
「お前って、一言多い! よけいなお世話」
「ああ、そうか。ならば、教えてやらんぞ」
 そ、それは困るってば。
 熱斗が慌てると、炎山がくすりと笑う。
「ふっ、冗談だ」
「……いじわる」
 熱斗がモニタを覗き込む。
「これで、うまく起動するのか?」
「ああ。なんなら、試してみるか」
 やめとく。熱斗が言って、データをチップに書き込み、取り出した。
「これはエグゼのだから。アイツに一番に見せるんだ」
「そうだな。すまない、余計なことを言ってしまった」
 ううん、いい。
 熱斗はそう言って立ち上がり、駆け出した。
 と、振り返り、大きく手を振る。
「炎山ー! サンキューな!」
「ああ、気をつけて帰れよ!」
 炎山も負けじと大きな声で言い返す。
 くるり、と炎山に背を向け、熱斗はメトロの駅のほうへ消えていった。
『本当に、試さなくていいんですかね』
 ブルースが言うと、炎山はふっ、と笑って、パソコンを片づけ始めた。
「お前は気づかなかったのか? あれは確かに、光さんの血を引いてるよ。素質がある」
『そうでしょうか』
「さすが、オレのライバルだ」

 ********

「ただいまー」
 帰ってきた熱斗に、エグゼはぎこちない笑みを浮かべた。
『おかえり、熱斗くん』
「エグゼ、これ、なんだと思う?」
 熱斗が取り出したチップには、なにも書いておらず、エグゼは首を傾げた。
『えーっと……。試作品かな。パパが作ったの?』
「違うって! ジャーン。オレが作ったんだよ!」
『ええーっ!』
 エグゼは目を丸くして、熱斗を見た。
 だって、熱斗くん、勉強とか、大っ嫌いじゃないか!
「実行してみていい?」
『う、うん、勿論!』
 熱斗がPETにチップを挿入すると、大きなトランクが電脳世界に現れた。
『へ?』
「開けてみて!」
 彼の言うとおり、開けてみる。
 すると。
 色とりどりの電飾が、電脳世界のエグゼの部屋を飾った。
 それには、『8年目の記念日、ありがとう』と書かれていた。
『な、なになに、これ』
「今日は、8年目の記念日だからな」
 な、なんの?
『変な熱斗くん。今日はキミの誕生日……あっ』
 誕生日。
 そうだ、二人が出会った日だ。
『……そうか……』
 これを作るために、熱斗は炎山くんと会ってたのか。
 エグゼの頬がゆるみ始めた。
「でさ、エグゼの普段着も作ってみたんだけど、アーカイブに残ってる?」
『ふ、普段着?』
 確かに、エグゼが好みそうな服が、トランクの中には残されていた。
「彩斗兄さんで過ごしてよ、今日くらいは」
 その言葉は、エグゼには嬉しすぎて。
 ぽろぽろと涙をこぼしながら、エグゼは満面の笑顔を浮かべた。
『……うん!』
「彩斗兄さん」
 今日だけは
『熱斗』
 そう、呼ばせてね。
 記念日、だから。

END.


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