【小説】岩男/ブルカリ/俺の一番好きなヒト

特に話することなく、食事する。
その光景は、少し異様だった。
あたしは、なぜか話をするのが嫌で、あえて口を利かなかった。
……ワガママかな。
「あ、お嬢。紅茶のおかわり、いかがっすか?」
気まずさからか、スカルが口を開く。
「……うん、いただくわ」
「お前らはどーだ?」
スカルが、静かに食事しているブルースと、ガツガツ食べているフォルテに聞く。
「ふぉへはふぉーひーふぁひひ」
フォルテが解読不能な言語を返す。
「バカヤロ、物飲み込んでから言え」
スカルが言うと、彼はゴクン、と喉を鳴らして一言。
「オレはコーヒーがいい」
「ブルースは?」
彼は、紅茶をこくり、と飲んでから口を開いた。
「いやいい、そろそろ出掛ける」
これが嫌なんだ。
「……また、出掛けるの?」
あたしが思わず聞く。
「約束があるんだ」
彼に知り合いが出来たのはいいことだと思う。
でも、なんだか……
なんだか、嫌だ。
「買い物、付き合ってもらおうと思ったのに……」
「すまない。フォルテかスカルに付き合ってもらってくれ」
このところ、彼は朝食を食べると、街へ出てしまう。
どうしてだろう。
メンテナンスも、殆どさせてくれなくなった。
「カリンカ。オレ、丁度街に出る用事がある。行こうぜ?」
……うん。
心非ずな返事をして、あたしは、ブルースがそそくさと出て行くところを見ていた。

***********

「でね、今、これがこうなってるから、チップを換えないといけないのよ」
スカルの内部写真を、本人に見せながら、説明する。
「え、マジですか? 参ったなぁ。そのチップ、結構高価でしょう?」
「だけど、これを交換しないと、あなた、動けなくなっちゃう」
あたしの言葉に、スカルがははは、と笑う。
「お嬢の面倒見れないのは、そりゃ困りますけど」
でしょう?
なんて、冗談を言いつつ、あたしが作業用エプロンを脱いだ。
「大丈夫、お小遣い貯めてあるから。ちょっと街まで行ってくるわ」
「えーっ? 俺、このままですか? 動けるようにしてくださいよ」
「動けるようにしたら、あなたは無理するからダメよ」
「ちぇっ、お嬢には適わねぇなぁ……。お気をつけて」
あたしがメンテナンスルームを出ると、フォルテが出口で待っていた。
街行くんだろ?の問いに、うん、と答えながら、バッグを持つ。
「ゴスペル」
彼がゴスペルを呼んで、あたしの足元に座らせる。
「カリンカ、乗れ。そのほうが早い」
「あなたは?」
「走ってく。それくらいなら出来る」
と、彼があたしの肩を押してゴスペルに座らせた。ゴスペルは嬉しそうに一声啼くと、ゆっくり走り出す。フォルテもそれに併走する。
「カリンカ、掴まってろよ。もっとスピード出すからな。おい、ゴスペル!」
フォルテの声に反応して、ゴスペルは一層スピードを上げた。目が開けられないくらい早い。木々をすり抜けていく黒い影は、きっと他から見たら異様だっただろう。あたしの家の近くが誰も住んでいないところで、よかった、と心から思う。
「おー。やっぱこのほうが早かったな。着いたぜ」
街に着いて、フォルテが声を上げた。いつもどおり、のどかな街は、まだ続く雪でキラキラしていて、なんだかすごく心が落ち着く。
「じゃあ、メカニカルセンターへ寄って……」
あたしがそう言うのも訊かず、フォルテはだっ、と走り出して、近くにいたカップルのうちの、青年の胸倉をつかんだ。
「フォルテ!? あなた、なにやって……」
「バイザー外せば判んねぇと思ったか、このキザヤロウ」
「……」
あたしにも、判った。
……ブルース。
「……やめてくれないか? ヴェレオが怖がる」
「ふん! お前、その程度の男だったんだな!」
「……なんとでも、言えばいいさ」
「そうする! さっ、行こうぜ!」
フォルテがあたしの腕を取って、メカニカルセンターのほうへ歩き出した。
「い、痛いよ、フォルテ」
「いいんだ、痛くても!」
よくないでしょ。
「あなたね、あたし、一応女の子なのよ。傷ついたら、責任取ってくれるの?」
「ああ、オレはあんなキザヤロウと違うから、責任とって、結婚してやるよ!」
あのね。
ロボットと人間は、結婚は出来ないわよ。
言おうと思ったけど、やめた。
きっと、フォルテには理解してもらえないに違いない。
それよりも、あの子……。ヴェレオって言ったっけ、ブルースと一緒にいた子。可愛かったな、彼女。肌が白くて、ふわふわのロングのプラチナブロンドに、真っ青な、大きな瞳。すべすべの頬なんかバラ色だったし、ぷっくりとした唇は薄紅で。
……それに比べて、あたしは。
幼い頃、ロングで巻いていた髪は短いボブカットにしちゃった。メカニックやってると邪魔になるから。自分の緑色の瞳は好きだけど、あそこまで透き通ってるとは思えない。頬にはオイルの汚れ。
なにより、あんな可愛いカッコ、してない。
「……あたし……」
あたし、惨めだ。
あの子に、嫉妬してるんだ。
「どうしたんだ?」
「あたし……、惨めだ……」
ぽろっと、涙がこぼれた。
あたしは、好きでこの道を選んだ。大好きなDCN(家族)の健康を、自分の手で管理したいって。後悔してないし、最良の選択だと今でも思ってる。
なのに、なんで。
あたしは泣いてるんだろう。
「……っ」
「オレは」
フォルテがぽつっと呟く。
「着飾ってる女より、お前のほうが輝いて見える」
そして、あたしの顔を覗き込んだ。その顔は、心配そうな表情をしていた。
「それがなんでかはオレには判らない。ブルースなら知ってると思ってた。……だけど」
彼が、あたしの肩をつかむ手に少し力を入れる。
「アイツが、あんな恩知らずだとは思わなかった」
鬼気迫る表情に、少しぞっとする。
でも、彼はすぐにそれを解いて、ぎこちない笑顔を浮かべた。フォルテは、勝ち誇った笑顔以外、笑うことを知らない。だけど、この時ばかりは、あたしのために笑ってくれたんだと判った。
「さっさと買い物して帰ろうぜ。オレ、さっきの走りで、緊急用の電源使い切っちゃったから、メシ食いたいんだ。あ、お前のじゃダメ。スカルの作ったメシな」
「な、なによぅ。あたしの作ったのじゃ不満なの?」
「紅茶入れてくれよ。お前、紅茶だけはうまいから」
「だけってなによ、失礼ね!」
忘れよう。
今日、ここでブルースに会ったことは、忘れよう。
それがあたしのため。
そして、ブルースのためだと思うから。

**********

その週の土曜日。
フォルテが珍しく、『1人で出かける』と言って、街に出て行った。
そして、これまた珍しく、ブルースがメンテナンスを受ける、と申し出た。
メンテナンスルームで、2人きり。
なにを話していいのか判らない。
このところ、メンテナンスを受けなかったブルースは、やはり相当ガタがきていた。
それを説明するも、彼はどこか上の空。
「……ブルース、聞いてる?」
「ん? ああ」
「自動転送装置が作動しない恐れがあるわ。今のうちに直しておく? それとも、もう平和だから必要ないかしら」
「いや、直してくれ。必要になる時がくるかもしれない」
そんな時なんか、永遠にこなければいいのに。
思わずため息を吐くと、ブルースが切り出した。
「……先日は……すまなかった」
「な、なんのこと?」
思わず、声が裏返る。ああ、恥ずかしい。
「まさか、街に来るとは思わなかったんだ」
「ああ、そのことね」
まだ声裏返ってる……。あたしのバカ!
「やー。ブルース、あんな可愛い彼女いるんなら、紹介してくれたって……」
あああああ、あたしバカバカバカ!
自分で傷をエグってどうするのよ!
すると、ブルースからへ?という、ちょっと間抜けな声が返ってきた。
「彼女? ヴェレオが?」
しばらくの沈黙のち。
ブルースがぷっ、と吹き出した。
「ヴェレオが? オレの彼女? はぁ、それでフォルテは怒っていたのか」
あはははは、と彼らしくなく、大声で笑う。
ブルースが笑いすぎて出た涙を、手でぬぐいながら、さらっと答えた。
「ヴェレオは男だ」
あたしは思わず半田ごてを手から落とした。
「おっ、オト……?」
「ああ。ただ、女装趣味があってな」
な、なにそれ?
あんな可愛い子が、男――――っ?
「あれはメカニック志望でな。オレの身体を触らせろ、と聞かなかったから、1週間だけという条件で貸してやったんだ」
だが。
「やはり、お前のメンテナンスが一番心地いい」
そう言った後、彼はくっくっく、と忍び笑いをした。
「そうか、お前も勘違いをしていたか。そうか」
「って言うか、じゃあ、なんであの時、バイザー外してたの? あたしには絶対見せなかったくせに!」
「ヴェレオが視野をいじったせいで、バイザーをかけると殆どなにも見えなかったんだ。あのあと、すぐに直してもらったが」
見たいなら見せてもいい。
彼はそう言って、初めて、あたしのためにバイザーを外した。
紅い瞳。いや、瞳というより、やはりそれはアイカメラだった。無機質なそれに、あたしが映る。
「気持ち悪いだろう? お前に嫌われたくなくて、今までこれは取らなかった」
「気持ち悪いだなんて、そんな……」
彼がバイザーをかけなおした。
あたしは作業を再開させる。
しばらく、無言でメンテナンスが続いた。
「……終わったわ」
胸部を閉めると、彼が起き上がって、服を着始めた。
「でも、ヴェレオさんにはメンテナンスさせてあげただけ?」
「あぁ、もう1つ条件を出した」
彼が言いながら、コートを探り、あたしに小さな包みを投げる。
「……オレの好きなヒトの誕生日プレゼントを、一緒に選ぶこと」
ブルースが仕草で開けてみろ、と合図した。
あたしが包みを開くと、桜の花びらとちょうちょのモチーフのピアスがころっと転がってきた。
「男同士で選んだものだから、気に食わないかもしれないが」
「た、誕生日……?」
「4月26日はお前の誕生日だろう。なにを言ってる」
そ、そんなのすっかり忘れてた。
あたしが思わずへたり込むと、ブルースは意地悪く笑って屈み込み、あたしの頬を汚していたオイルを拭いた。
「そのままのお前も勿論好きだが、たまには女らしい格好もしてみたらどうだ? スカルやフォルテも喜ぶぞ」
勿論、オレも。
その言葉を聞いて、顔が一気に熱くなっていく。
きっと、あたし、顔真っ赤だ。
「ど、どうしよう」
「? なにがだ?」
「嬉しすぎて、死んじゃうかも……」
「それは困るな。返事を聞いてない」
う、うるさいなぁ。イエスに決まってるでしょ!
視線で訴えかけると、ブルースがあたしの手を取って立ち上がらせた。
「どうぞ、お姫さま」
「お姫さま扱いして欲しいだなんて、いつの話よ」
「ふっ、懐かしいな」
「もう、許さないわよ! 罰として、キス1回!」
あたしはそう言って、両手を腰に当て、目を瞑る。
「誕生日おめでとう、カリンカ」
ブルースの声がして、唇に柔らかいものが当たった。
……思えば、これ、初めてじゃないの?
うう、自分から催促なんかしちゃって……。なんか、ブルースに無理矢理させた感じだなぁ……。
柔らかいものが離れたので、目を開けて、あたふたと言い訳を始めるあたし。
「あ、あのね、ただの罰ゲームよ、罰ゲーム! だから、ノーカン! ちゃんとしたキスは、あなたがしたいって思った時に貰うんだからね!」
「なら、今がいい」
「へっ、今……?」
「ああ」
彼はそう言うと、素早くあたしを抱きとめて、さっきよりも優しくキスをした。
う……わぁぁぁぁぁ、恥ずかしい! 恥ずかしいってば!
その時。
「お嬢ー。ブルースのメンテ、終わりましたかー? フォルテが帰ってきて、おやつにしよう、ってうるさいんで、お茶飲みませんかー?」
ドアの向こうから、スカルの声が聞こえてきた。
「行こうか」
ブルースがあたしを放して、にこっと笑う。可愛い。
「うん」
あたしは、ブルースと手を繋いで出て行った。
「カリンカ、誕生日プレゼント。……って、なんだ、ブルースからも貰ったのかよ」
「うん、たくさん」
「えっ? たくさんじゃねーだろ、1つじゃん。……お前ってホント、変なヤツ!」
「うん、変だもん」
「……変なヤツ!」
あたしの家は中立地帯。
それでいいんだ。
みんなで仲良く、ずっと過ごせたらいいね。
ね、ブルース。