まこらむ第5回『おもひでぽろぽろ』

こんにちは、まこです。
旦那さんも眠ったし、メランコリーだから、ちょっと昔のことを語ってみます。
閲覧注意かもしれません。

まこらむ第5回『おもひでぽろぽろ』

ことの始まりは、2014年10月30日。
何気なく見ていた、ついったでした。
以前委託をしていた、高円寺のサブカル系喫茶店『マッチングモヲル』さまの定期ツイート。
そこに、友人のハンドルが書いてありました。

「展示……やってるんだ、今」

友人とは、ちょっとしたことで知り合った仲です。実際に会った回数はごく僅か。
彼女はブログをやっていたのですが、私がブラウザを乗り換えたとき、手違いでブックマークを破損。以来、検索方法が悪かったのか、彼女のブログを見つけられないまま、時が過ぎていきました。

その後、mixi内を泳いでいたら、彼女のアカウントを見つけました。予想外の発見に、私は懐かしくなって彼女にメッセージを送りました。彼女も、私を覚えていてくれて、「いつか会おうね!」と、約束を交わしました。
しかし、予想外のアクシデントにより、私はそのmixiアカウントを放棄せざるを得なくなりました。当然、彼女と連絡が取れなくなり……今に至ります。

行ってもいいだろうか、彼女は覚えてくれているだろうか。
mixiで突然いなくなったこと、ブログを来訪できなくなったこと、謝らなくちゃ。許してくれるだろうか。
あの頃の美しい彼女のままなんだろうな、より美しくなってるんだろうか。

様々な思いが胸を過ぎり、私はマチモのTumblerに跳びました。

ショックでした。

彼女は、この世を後にしたと、書いてありました。
この写真展を企画した繭麗(まゆら)さんのブログにもお邪魔しました。

去年のこと、だったらしいです。

2013年7月26日。

ああ。
私が高円寺での個展を終わらせて、何もなくなってボーっとしてて、「もうやることやったから死んだっていいか」って思ってたときに。

彼女は逝ったのか。

私はマチモのツイートや、繭麗さんの記事を読んでいたとき、38度越えの高熱がありました。
病院に行きたかったけど、近くの病院に救急外来はなく、ロキソニンを飲んで、騙し騙し熱を下げている身体。
その身体に、事実は重く圧し掛かりました。

展示は31日まで。
行くなら、明日しかない。

「あのね、あの……こくうさん……」

こくうさんを呼ぶ声が震えました。

「……明日……高円寺……行きたい……!」

大粒の涙が、ぼろぼろと零れました。

説明をして、どうしても行きたいと言う私に、こくうさんは行って来な、と優しく髪を撫でて答えてくれました。

31日。
電車に乗り込むまでに、相当の時間を要しました。

彼女は覚えてないかもしれない。
第一、展示している方と面識がない。
私なんかが行ったって、喜ぶ訳が……!

でも、なにより、行きたい。
彼女に会いに行きたい。
その気持ちが勝って、電車に飛び乗りました。

マッチングモヲルに飾られたお写真は、どれも綺麗でした。
彼女が遺したものは、儚くも美しい、メルヘンのような世界でした。
彼女が逝ったことは残念でしたが、遺せるものがあった人生というものは幸せだったんだろうか。そう思うと、ちょっぴり、彼女を羨ましく思いました(勿論、これが酷い想いであるのも判っているので、そう思ってしまった自分を大変醜く思いますが)。

展示主の繭麗さんとも、少しお話をさせて頂きました。
繭麗さんはとても穏やかに、「ご友人ですか?」と尋ねてくださいました。
いろんなことを話しました。

彼女にコスプレ衣装を貸したら、それを着た写真を、目の前でブログにUPしてくれたこと。
出会った年の冬コミに、彼女と併せてコスプレをやるつもりだったのに、私の都合が悪くなり、行けなくなってしまったこと。
彼女の、写真についての拘り。
今かかっている音楽が大好きだったこと。
マチモには、しょっちゅう通っていたこと。

「個展ね、やったんですよ。去年の夏。高円寺で」
私は繭麗さんに話しました。
「個展が終わったすぐあとに、彼女、逝ったんですね」
最後まで、すれ違う運命だったのかな。
私はそうぼやいたあと、はっと気づいて、繭麗さんに向き直りました。

「でもね、今回の展示に間に合ったから。昨日だったんですよ、知ったの。今日だって、熱があって、月経も始まっちゃって(基本、3日目まで屍になる)、体調最悪なのに、来れたし。きっと、彼女が呼んでくれたんですね」
すると、繭麗さんが素敵なことを言ってくれました。
「ハロウィン大好きだったんですよね、彼女。だから、今日も来てると思います」
ああ、そっか。
やっぱり、呼んでくれたんだね。

ありがとう。

最後に、繭麗さんと握手を交わして、マチモを去りました。
繭麗さんが用意してくださった、小さなお菓子を頂いて。

ハロウィンは、西洋のお盆のようなものだと聞きます。
きっと、友人もあの場にいて、繭麗さんや、ほかのお客さんたちと、にこやかに笑っていたのでしょう。

友人の名は『初子(はつこ)』。
『月刊初子』の管理人であり、永遠の少女です。