【小説】PSYREN/アゲマリ/ハナコトバ

「あ、あの……っ」
マリーが、前を行く少年を呼び止めた。
「ん? なに、マリー」
少年……アゲハがくるっと振り向く。
マリーは俯いて、真っ赤になりながら呟いた。
「……今日、わたしの…………」
そこから先は、アゲハに聞き取れなかった。
「ん?」
アゲハがしゃがんで、マリーと目線を合わせようとする。
彼女は口を動かして、何かを言うのだが、やはり聞こえない。
アゲハが、彼女にずいっと顔を近付けた。
「……マリー?」
名前を呼ばれ、顔を上げたマリーが、彼の顔を見て、きゃっ、と叫ぶ。
そして、
「わ、わわわ、スイマセン! 忘れてくださいっっ」
と、足早に去ってしまった。
残されたアゲハはふむ、と頷いて、
「なんだったんだろうなぁ……」
と、1人呟いた。

***********

「あんた、バッカねー」
フレデリカがアゲハを蹴る振りをした。
今は朝食が終わったところ。
マリーは後片付けをしに、キッチンに行っているので、彼女の姿はない。
「バカねー、ってなんだよ」
言われたアゲハは当然反論する。
何歳も年下のフーに、バカと言われるのは(まあ、間違ってはいないが)やはり不愉快なことだ。
ところが、今日はシャオもうん、と頷く。
「いや、アゲハは馬鹿だ」
「おい、シャオまで……?」
アゲハが顔をしかめた。
それを見たフーがにやっと笑って、シャオを見る。
「もっとも、ライバルが減って、シャオはありがたいんでしょうけど」
「ふ、フー!!」
シャオがわたわたして、フーの口を塞ぐ。
それまで見ていたカイルが堪らなくなって笑い出した。
「なんだ? なんなんだ?」
アゲハの頭の中は、クエッションマークだらけになった。
…なんだ、今日は? みんなおかしいぞ?
「アゲハ。今日は何の日だか知ってるか?」
カイルがおなかを押さえて涙を拭きながらアゲハに聞く。
「ああ、フツーの日」
それを聞いて、普段感情を表に出さないヴァンも、ケラケラと笑い出す。
「だから、バカねって言ったの、アンポンタン」
フーが悪態をついた。
シャオがこほん、と咳払いをして、一言。
「今日はマリーの誕生日なんだよ」
「マリーの?」
アゲハが確かめるように言って、ふと考えた。
…誕生日、祝ってほしかったのか……。
「そうならそうと、教えてくれればよかったのに」
「だから、あんたはバカだって言ってるの! あのコが言えると思う?」
「あ、そか」
彼はそう言ってまた少し考え、エルモアの元へと走り出した。
「フー、シャオ、カイル、ヴァン! 教えてくれてアリガトな!!」
残された4人は、うーん、と唸った。
口を開いたのはカイル。
「シャオ。お前、アゲハに教えてよかったのか? それがあるから、オレ、黙ってたんだけど」
「マリーが悲しむほうが俺は悲しい」
シャオがゆっくりと去っていった。
「男だねぇ」
カイルがしみじみと呟いた。

**********

「ばぁちゃん! この屋敷の近くに、なんかないか?」
アゲハがエルモアに詰め寄った。
「なんかってなんじゃ」
エルモアが返す。
ああ、言葉が足りなかった。
思って、アゲハは言葉を選び始める。
「……えっと、ほら! プレゼント買えるようなお店とか」
「お主……馬鹿か?」
本日何度目の『馬鹿』発言だろう。
彼はため息をついた。
「お主、自分がマスコミや警察に追われてるのを知らないわけじゃあるまい」
…忘れてたとは言えない。
「でもほら! ライズ使って超高速で買い物済ませるとか……」
「一般人巻き込む気かい?」
すぐさま却下されて、自分の浅はかさに気付かされたアゲハは、またしばし考え……
「……なんか考えるよ! もうっ!」
と、エルモアの元を、足早に去っていった。
「なんじゃい、もう」
エルモアの言葉を背に、アゲハがつかつかと歩く。
…なんか……なんかないか、マリーの喜ぶモノ……。
「お主」
いつの間にか、エルモアがついて来ていた。
「知っとるか? この屋敷の屋根からは、すごくいい景色が見えるんだよ。誰かさんの誕生花、グロリオーサも見えるしね」
…このばぁちゃん、トランス使ったな?
思いながらも、その情報には正直、感謝だ。
マリーがライズを使ったのを見たことがない。
いや、使えても、彼女のことだ。屋根なんかに登らないに違いない。
その景色は、プレゼントになる筈だ。
あとは……
「雨宮とねぇちゃんに頼んでみるか」

**********

「雨宮、花言葉教えてくれ」
「はぁぁ?」
桜子が目を丸くして、アゲハを見た。
…この男は、また何を考えているんだ?
同時に、一緒に居たフブキも、飲んでいた紅茶を吹き出した。
「あんたが花言葉……? ちょっと、アゲハ! 何考えてるのよっ?」
フブキの言葉を受けたものの、アゲハの顔は真剣だ。
「グロリオーサとかいうやつの花言葉。頼むよ。いいものだったら教えてあげたいんだ」
桜子は持ってきた本の中で、事典のようなものを取り出し、ぱらぱらとめくり始めた。
「……『華麗な転身』。これでいい?」
なるほど。
10年後のマリーの姿を見ているだけに、彼女にはぴったりの花だ、と思う。
「ああ、サンキュー! ……ねぇちゃん!」
急に呼ばれたフブキが、な、なにっ?と身構える。
「なんか、持ってないか?」
なんか、では判らない。
フブキが首を傾げた。
「え?」
アゲハが大げさにジェスチャーを始める。
「ほら。ネックレス。可愛いけどサイズが合わないとか言ってたヤツ。あれ、持ってきてないか?」
「ああ、持ってるけど……。それがどうしたのよ?」
言い難いんだけどさ。
アゲハが頭を掻きながら、フブキに頼む。
「それ要らなかったら、今日、マリーにやってくれないか?」
「マリーちゃん? ああ、緑の瞳のコね。あげてもいいけど、どうして?」
ふぅん。
2人の会話を聞いていた桜子が、感づいたようにため息を漏らした。
「今日、マリーの誕生日?」
ぎく。
「うっ、どうして判った?」
アゲハが恐る恐る聞いた。
またトランスか?
しかし、桜子はさらっと言ってのける。
「あんたの態度見れば、バレバレよ」
そうか、バレバレだったか。
アゲハが再び頭を掻く。
「そっか。マリーちゃん誕生日か。それだったら、喜んでプレゼントするわ。あんたもたまにはいいことするじゃない」
フブキがにこっと笑って、アゲハの背中をばんっと叩いた。
「じゃあ、わたしもなんかプレゼントしなきゃいけないわね」
桜子が荷物をゴソゴソ漁る。
そして、本を取り出した。
マリーは読書が好きだ。
確かに、本はプレゼントに最適だろう。
「プレゼントするのは昼食後がいいかしらね。夜科はなにをプレゼントするの?」
「ん? ああ、ちょっと……な」
アゲハはそう言うと、じゃあ頼むな、と部屋を出て行った。

**********

昼食後。
「マリー。今日誕生日なんですってね」
キッチンに行こうとするマリーに、桜子が話しかけた。
「え。雨宮さん、何でご存知なんですか?」
「ええ、夜科に聞いたの。……はい、これ、プレゼント」
桜子がマリーに本を渡す。
「わぁ……! この本、欲しかったんです!」
その言葉に、桜子が笑う。
「わたしの読んだもので悪いけど、それでよければ」
マリーが本を抱きしめ、ふるふると首を振った。
「そんな……! 頂けただけで嬉しいです! 大切に読みます!!」
「はい、マリーちゃん。あたしからもプレゼントよ」
今度はフブキが、ネックレスの入っている箱を手渡した。
「え? これは……?」
マリーがなんだか判らない、という風に首を傾ぐと、フブキが照れたように笑った。
「あたしもお古みたいな感じで悪いんだけどね。アメジストのネックレス。開けてみて」
マリーが箱を開ける。
銀で作られたケルト文様の中に、カボションカットのアメジストが埋め込まれた、綺麗で可愛らしいペンダントだ。
「えええ? こ、こんな高そうなもの?」
「あ、高くないのよ。大丈夫。それに、あたしには、鎖が小さくてつけれないの」
「たっ……大切にします!」
そうしてくれると嬉しいわ。
フブキはそう言って、にっこりと笑った。
マリーは2つのプレゼントを胸に抱いて、ぺこりと深くお辞儀をする。
「雨宮さん、フブキさん! ありがとうございました!!」
そして、アゲハをちらりと見た。
アゲハがにっと笑う。
「オレからのプレゼントは、夕方になったら……な」
マリーの頬が桜色に染まり、瞳がきらきらと輝く。
「は、はいっ!」
彼女はスキップのような足取りで、食堂を出て行った。
「へ~ぇ……」
アゲハの背後から、フーの声が聞こえた。
「なぁにをあげるんだか」
アゲハはへへっ、と笑ってフーを見た。
「なんだ、フーも欲しいのか?」
「いっ……いらないわよっ! それより、マリーにヘンなモノあげたら許さないんだからね!」
彼はまた、へへっ、と笑って一言。
「了解、りょーかい!」

**********

「なんですか、プレゼントって?」
夕方。
アゲハに呼び出され、マリーが庭に出てきた。
「ん? 秘密だよ」
彼がマリーをお姫様抱っこで持ち上げる。
当然、彼女はびっくりして悲鳴を上げた。
「ひゃあ!」
「跳ぶぞ!」

タンッ!!

アゲハがライズを使い、屋根の上まで跳び上がった。
2人の身体に、心地よい風が当たる。
…風が気持ちいい……。
マリーが目を閉じて、風を感じることに全神経を集中した。
アゲハは、屋根に無事に着くと、マリーをゆっくりと降ろす。
と、マリーが目を瞑っていることに気付き、声をかける。
「目を開けてごらん」
「……わぁ……!!」
眼前に広がる風景に、彼女が感嘆の声を上げた。
鮮やかな赤の、グロリオーサの花畑の向こうに、夕焼けと闇で、緑……マリーの瞳と同じ色……に輝く海。
本当に美しい光景だ。
アゲハが両腕を広げる。
「マリー。誕生日おめでとう! この景色が、オレからのプレゼントだよ!」
彼女の緑の瞳に、アゲハと景色が映る。
年下ながら、その瞳に、アゲハが見惚れた。
そして、美しく成長していた、10年後のマリーの姿がダブる。
…ちょっとくらいなら、誰にも怒られないかな……。
「マリー、目を閉じて。開いちゃダメだぞ」
「なんですか?」
彼女は言いながら、目を瞑る。
アゲハは、そんな彼女の頭をよしよし、と撫でて、その瞼に唇を落とした。
「ひゃあっ?」
マリーがびっくりして飛び上がる。
アゲハの顔に、マリーの頭がガツッと当たった。
「いてっ」
…やっぱり、悪いことってできないなぁ。天罰が下った……。
「わわわ、スイマセン! スイマセン!!」
慌てて謝るマリーに、彼は片手で顔を抑えながら、片手で彼女をなだめた
「や、オレが悪かったよ」
お互い、照れ笑い。
それから、アゲハが、未来のマリーから今のマリーへ言付かったことを、それとはナシに言った。
…これくらいなら、ネメシスQの制裁プログラムも発動しないだろう。
「マリー。もっと自信持てよ」
「え?」
「ん、いいコなんだから……、って意味だよ。マリーの誕生花の花言葉もそうだしな」
「花言葉?」
「『華麗な転身』だよ。きっと素敵な女性になれるさ」
その言葉に、マリーがにっこりと笑った。
「……はい!」

**********

2人が戻ってきて、夕飯の配膳の時間。
「なによ、マリー。ずいぶんご機嫌じゃない?」
フーがじろーっとマリーを見る。
「えぇ? そうかなぁ?」
彼女の声は弾んでいる。
憧れのアゲハに、瞼へキスを貰ったのだ。
まぁ、当然といえば当然だろう。
「だって、アゲハのお姉さんに貰ったネックレスしてるし」
「気のせいだよ、フーちゃん」
それを聞いていたシャオがぼそっと呟いた。
「……ホントかな」
「そうだよ、ホントだよ。シャオくん!」
ちなみに。
シャオはこの日、心なしか、ずっとふくれっ面をしていたという…………。

fin.