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舞い降りたのは、まぎれもないあのチャクトワーフト。
リノと契約した個体。『キオネイナ』。
キオネイナはリノを一瞥すると、ミカルドにその目を向けた。
『呼びましたか、我が子孫よ』
「ええ、『初代リノエリア』」
ミカルドが恭しく腰を折った。
「あなたや、あなたの子孫が兄さまにかけた呪いを解いていただきたい」
「キオネイナが……初代の『リノエリア』……?」
呆然として自身を見つめるリノに、キオネイナは話しかけた。
『リノ。私が「リノエリア」であった時、自害したのは知っていますね?』
キオネイナは語る。
この世界の理を。
**********
初代リノエリアは自害する際、大勢の騎士を道連れにした。
その際、自分たちに呪いをかけた。
『みんなみんな、自分の欲望で破滅してしまえばいい』
リノエリアは自分の存在を『楔』にし、騎士を『チャクトワーフト』に変えた。
『チャクトワーフト』には、人間との契約を可能にする機構と、そのレベルが100になった時に、契約者の願いを叶える機構を与えた。
レベルが100になった『チャクトワーフト』はいったん契約者の前から姿を消し、別の場所で別の者と契約することを繰り返させるように行動理念を整えた。
彼女の呪いは生易しいものではなかった。『チャクトワーフト』と契約した人間には、願いが叶おうと叶わなかろうと、死後には新たな『チャクトワーフト』になる運命を課した。
こうして、愚かな人間を『チャクトワーフト』に変えてしまい、綺麗に作り変える。それが、初代リノエリア……キオネイナの目的だった。
聡明な人間には、逃げ道を残しておいた。そのギミックは『チャクトワーフト』という名前自体だ。世界共通語で『ChactWirft』。『Witchcraft』つまりは『悪事を行う魔法』のアナグラムだ。
しかし、人間とは愚かなものだ。名前のことに気づく者は少なくなかったが、それでも魔力が、或いは、願いを叶える力が欲しくて契約する。そのさまを見て、キオネイナはさらに失望した。
『この世界は救うに値しない。すべて壊れてしまえ!』
そんな中、十代目のリノエリアが魔法を欲していることを知った。自分が最初に呪った末代がどうなったか、少しだけ気になったキオネイナは、普通のチャクトワーフトのふりをして、リノに近づいた。
リノは願った。生きたい、と。
「私が男性になれば、子供を産まなくてすめば、生きられるのかもしれないんです」
キオネイナは説明した。
契約しても、魔導服を着ている状態でなければ、チャクトワーフトのレベルは上がらない。
魔導服を着た状態で、魔術は使えない。
つまり、元々持っているレベル15の魔術では決して戦えず、苦戦を強いられることになるだろうと。
それでも、リノは真っすぐな目でこう言った。
「一生懸命戦います。私の願いを、叶えてください」
キオネイナは、リノに興味を示した。
この小さな存在がなにを成すのか、はたまた成せずに終わるのか、行く末が気になったのだ。
そうして、リノと契約するに至ったのである。
**********
『私は普通のチャクトワーフトとは違う。ほかのチャクトワーフトはレベルがリセットされる際に記憶もリセットされますが、私だけは記憶を持ち越せるのですよ。それは、散ったときも同じこと』
静かに話すキオネイナは、リノを見て微笑んだかに見えた。キオネイナの姿は異形そのものだし、人間にはその表情は理解できないはずだが、それでも、少なくともリノにはそう見えた。
『ミカルド……と言いましたか。リノと行動を共にして、分かったことがあります。この子は人を思いやれる子です。そこの少年を助けようとし、力及ばずながら善戦した。私はリノが気に入りました。呪いを解いてもいい』
「……! では……!」
ミカルドの表情が少し明るくなると、キオネイナが彼に説明を始めた。
『呪いも魔法です。私は長時間この世に留まりすぎた。魔力残量も残り少なく、一つ一つを指定して解くことはできません。この場にいる者の魔術、魔法を問わず、すべて解かれることになります。結果、そこの双子とチャクトワーフトの契約は解かれることになり……』
キオネイナがちらり、とアルフレッドを見た。
『そこの青髪の少年は死に至るでしょう』
「!」
ルアムに抱き上げられたままのアルトが、小さく悲鳴を上げた。しかし、アルフレッドには分かっていたようで、寂しそうに笑う。
「構わないよ、僕は」
「アルフレッド……」
震えるアルトの声が、すがるように弟の名前を呼ぶ。
その呼び声に、アルフレッドは近づいて、アルトの頬を撫でた。
「……ごめんね、アルト。知ってたんだ。僕は近いうちに死ぬって」
「なんで……。なんで……」
なんで、を繰り返すしかない幼い兄を、ルアムから引き取り、ぎゅっと抱きしめて頭を撫でる。
「……キミが魔法使いになった日。キミとチャクトワーフトの契約は、少し遅かったんだ。その少し前に、僕は息を引き取っていた」
今できるだけの力でしがみつくアルトの髪を、いつも通り撫でる。
「キミの願いは『僕が永遠にそばにいること』だった。僕はキミの願いが叶うまで、或いは叶わない事が確定するその日まで、チャクトワーフトシステムに捕られた人質だったんだろうね。気づいたら、またキミのそばにいることができていた。でも、僕は死んでいたから……それ以来、僕のチャクトワーフトのレベルは、上がらなかったんだ。キミには隠していたけどね」
ごめんね。
アルフレッドは優しい手つきでアルトを撫でながら、彼に謝った。
「今魔法を解かれなくても、僕は近いうちにいずれ死ぬ。チャクトワーフトのレベル、もう殆ど残ってないんだ。多分、1になったら、それでおしまい。いつ果てるとも分からない命なら、僕はキミにしっかりお別れを言って、満足して逝きたいな。……わがままかな?」
「わがままだよ!」
アルトが叫ぶ。
「結婚式するんじゃなかったのかよ! オレが欲しいとか、言ってたじゃないか!」
ありったけの声で叫ぶアルトを、アルフレッドは優しい顔を崩さぬまま受け入れた。
「お前の作る美味しいご飯だって食べたかったし、オレのご飯もっと食べてもらいたかった! せっかく全部思い出したんだぞ!」
そうだね。
アルフレッドが困った顔で相槌を打った。
「でもね、アルト」
アルフレッドはアルトの頭を自身の胸に押し当てた。アルトはその途端、声を上げるのをやめた。
「……心臓……。本当、に……」
「ね? ……だから、ごめん」
崩れ落ちるアルトを座らせると、アルフレッドはそのそばにしゃがみこんだ。そして、顔をアルトに向けたまま、キオネイナに向かって話しかける。
「僕はもういいよ。必要なら、術式を展開して」
『分かりました。では、始めましょう』
キオネイナが術式を展開する。長くも短くも感じたそれが終わると、周りのブループリズムが呼応して光った。
呪いや魔術をかけられた人間から、術がほどけていく。
それは、アルフレッドの身体にも及び、彼の身体は光の砂になって先端から崩れ落ちていった。
「アルフレッド!」
アルトが弟に手を伸ばす。
「……生まれ変わりっていうものがあるなら」
アルフレッドがその手を掴もうとした。
「また、キミに会いに行くよ」
アルトを掴もうとしてくれた手は、さらさらと光って落ちていく。
「キミを好きになれて、幸せだった」
愛してる。
彼が無くなる瞬間、そんな声が聞こえた気がした。
「アルフレッド……」
消えていった弟がいた空間を、呆然として見つめるアルト。
自分にかかっていた呪いも、チャクトワーフトとの契約も、解けた実感がある。
アルトは立ち上がって、祭壇のほうを見た。
「兄さま……お身体の方は……?」
「レベルがかなり下がったのは判りました。レベル2までしか使えなさそうですね……」
瞬間、異変は起こった。
洞窟が、地鳴りを起こして崩壊を始めたのだ。
祭壇のすぐそばの壁面が、パキンと割れる。
その隙間から見えたのは、巨大な目。
明らかにこちらに敵意を持っていると判るその視線。
「兄さま、下がれっ!」
ミカルドが魔術銃を構えてリノの前に出た。魔術銃の弾を強力なものに切り替えて何弾か打ち込むが、目はびくともしない。
「『エクスプロージョン レベル2』!」
リノがその後ろから魔術を打ち込むが、それすら効果はないらしい。
それどころか、リノをターゲットとしてみなした目は、彼女に向かって光線を打ち込んだ。
「きゃあぁぁぁぁぁッ!」
「リノっ!」
アルトが駆け出して、彼女をかばおうとする。
その時。
「アルトさん、感謝します!」
薬の効き目が切れてきたのだろう。ドルケが二人の前に立ち、剣で光線を跳ね返した。
「ドルケさん、あんた平気なのか?」
「ははは。まだフラフラしますが、いたって元気そのものですよ!」
そう言って豪快に笑う漢に、ルアムがカバンから何かを取り出して投げた。
「兄貴! これを!」
それは炎色をした魔宝石が入っている指輪だった。
「炎系の魔法レベル5同等のエンチャントがつく! そいつを使って叩き切ってやれ!」
ドルケはそれを受け取って、すぐさま指にはめた。途端、彼の持っていた剣が炎を纏う。
「お前の作品か! いいものだ!」
言いつつ、彼は目に突撃していった。
ルアムはキオネイナに訊く。
「あの化け物はなんだ? 魔獣なのか?」
『わ、分かりません……! この洞窟は、私が生まれる以前からありました。魔術儀式をするために最適なブループリズムでできていることは知っていますが、それ以外は何も……』
この異形のお姫さまはまるで役に立たん。
ルアムはそう思って、自分で考えを巡らせることにした。とはいえ、戦力にならない者が多すぎる。あまり時間はない。
(ブループリズムでできている洞窟……。先ほど私は、『ブループリズムは魔獣から採れない魔宝石』だとアルフレッドに説明したし定説ではそうだったが、もしやそれは間違いで……ブループリズムも魔獣から採れる魔宝石、しかも、巨大な魔獣特有のものだとしたら……。この洞窟は、巨大な魔獣の体内なのでは……?)
魔獣の大きさは、だいたい強さと比例する。そして、魔宝石の強さも、魔獣の強さに比例する。ブループリズムが欠片でも強力な魔宝石だという事実が、この仮説の正しさを物語っていた。
洞窟魔獣はなんらかの原因で仮死状態、或いは冬眠状態だったのが、中での魔術呼応が原因で目覚めたに違いない。
ルアムはアルトたちの元に行き、至った答えを、前線を退いているアルトとリノに話した。
リノはそれを聞いて、頷き、キオネイナに訊いた。
「あと一回だけ、魔術を使えませんか?」
『モノにもよりますが……やってみましょう。何を望みますか』
「私のレベルを元に戻してもらいたいのです」
キオネイナは、少し考え、こう切り出した。
『あなたのレベルは、蓄積された呪いによってもたらされたものです。戻すことは……』
「このままでは、この場の者どころか、国や……世界すら危ない。私はみんなを助けたいのです」
『……それは、あなたの身になにが起ころうと、ということですか?』
リノは真っすぐな視線で、魔獣とその周りを見た。必死になって食い止めているミカルドとドルケも、もう限界だろう。
「ええ」
『……方法はあります。一つだけ。私の代わりに、あなたが「楔」になれば、レベルは元に戻ります。さらに、幸いにも、あなたはバヨナ病罹患者だ。成長しなかった分の生命力も、全部魔力とレベルに回すことができる。ただそれには……』
キオネイナがアルトを見た。
『この場にいるバヨナ病罹患者をターゲットに、魔法を展開するしかありません。それはこの少年を巻き添えに「楔」になるということです。永遠に年を取らず、死ぬこともない。大切な人をみんな置いていくことになる。その孤独に、あなた方が耐えられるとは思えない』
「……いいよ」
アルトが答えた。
「リノも一緒なんだろ。だったら、オレは構わない。耐えられるかどうかは分からないけど、一人で『楔』やってたあんたよりかはだいぶマシじゃないかな」
彼はリノを見る。
「あとは、リノがどうするかだ」
アルトと視線を交わらせたリノは、こくり、と頷いた。
「私も構いません。キオネイナ、早く」
『では、術式を展開します。……今度こそ、さようならリノ』
キオネイナの身体が眩く光る。
今度もそれに呼応して、ブループリズムがキラキラと光る。まるで祝福するかのように、アルトとリノに光が舞い降りた。
『……あなたに会えて……人も捨てたもんじゃないなって……』
キオネイナはそう遺して、空気に溶けていった。
二人の記憶に、再び大量の魔術式が書き込まれる。
二人は頷いてから、ミカルドとドルケのそばに駆け寄った。
「アルトさん、他の方を頼みました!」
「任せろ!」
リノはその返事と、アルトが防御を張ったのを確認すると、壁面の亀裂にありったけの量の魔法を乱発した。
断末魔のような叫びが聞こえ、それから数回、洞窟が大きく揺れた。
やがて洞窟には、沈黙が訪れた。
亀裂の中にあった目玉はもう光を失っていて、どろどろと溶け始めている。
それを見たリノは、小さく「やったぁ」と呟いて、その場に倒れ込んだ。
**********
「もう行かれるんですか?」
ベッドの中で、リノが残念そうに尋ねた。
身体に負荷がかかり過ぎたのだろう、体調を崩したリノは、しばらくベッドから動けそうにない。
「うん」
アルトはリノの手を握り、立ち上がる。
「リノさまも残念がっておられるし、もうちょっとゆっくりされても……」
お茶を持ってきたドルケの声に、アルトは困ったように笑う。
「アルフレッドの墓を建ててやらないと。あと、父さん。父さんは故郷の村に眠らせたいし、一度帰らないとな。オレは故郷にマーキングしてないから、長旅になるし、もう出立しないと」
「……また、お会いできますか」
リノの問いに、アルトが頷いた。
「ああ、またすぐに」
じゃあな。
アルトがそう言って、立ち去ろうとするところに、ミカルドが顔を出した。
「兄さま! 公務の合間に来てやったぞ!」
「ミカルド」
アルトが意外そうな声を出した。
「お前、本当にリノのこと好きだな」
「は? うるさいなお前。いいだろどうでも。それより、帰るのか?」
ミカルドの問いに、アルトはああ、と答える。
「ああ。なら、これくれてやる」
彼はぶっきらぼうに、アルトに三つ品を渡した。一つは父の遺品だが、あと二つは何だか分からない。高級な装飾品だ、ということは分かる。よくよく見ると、アルトのフルネームが彫ってあるものと、アルフレッドのフルネームが彫ってあるものだった。
「これなんだ?」
「うちの国の国賓が持つ物だ。『イグリー』っていうんだ。これ持ってれば通行許可書なんかいらないし、僕の名前でいろいろな待遇が受けられる。便利だぞ。名前を彫らなきゃならないからな、大急ぎで作らせた」
アルトは様々な方面からそれを眺めて、ふーん、と感嘆のため息をついた。
「なんだよ、そのため息」
「アルフレッドの分も作ってくれたんだな。サンキュー」
その言葉を聞いて、ミカルドは顔を真っ赤にして言い訳をグダグダと並べ立て始めた。
「別にっ! ただ、うちの国救ってくれたやつだしっ? ほら、一つ作るのも二つ作るのも変わんないしっ? 特に深い意味なんかない!」
「父さんの遺品も取っといてくれたんだな。助かる。どうしようもない男だったけど、それでも、オレには父さんだからさ。これで墓に入れるものができたよ」
アルトはそう言って、ミカルドの背中をポンと押した。
「リノのこと、頼んだ」
そうして、御所を出て、通用門を出ると、ルアムが待っていた。
「……帰るのか」
「ん」
二人並んで歩く。
パンのいい匂いは、なんだかかすんで感じられた。
アルフレッドと、ルアムと、ここのパンを食べ比べ出来たらどんなに良かっただろう。
「……一緒に、暮らさないか?」
ルアムがぽつりと言う。
「アルフレッドからお前を取るつもりなんてない。ただ、私は」
アルトが立ち止まって、ルアムのほうを向いた。
「独りがいいかな」
少年のままで時が止まった彼は、儚く笑う。
「もう、誰かを失うのは嫌だ」
「そうか。それはすまない」
ルアムはアルトの頭に手を置いた。
それをくすぐったそうにして、アルトは隣にいる青年に言う。
「あ、でも、別にデートの約束は忘れてないし。お前のこと嫌いじゃないから、会いには行く。絶対行く。頼まれなくても行く」
「それは是非」
そこで、城下町に宿を取ってあるというルアムと別れ、アルトはひとまず、ゲートを開けてビオトープに戻った。
変わらない異世界。
変わらない赤い屋根の家。
赤い屋根は、アルフレッドのたってのお願いだったな。アルトが思い出す。
ドアを開け、中に入る。
一度魔力を失ったのに、中もちっとも変わっていなかった。元々、一定時間以上この世界に存在させるには、構築物質をこの異世界基準にする必要がある。持ち込んだ本だって、こちらでは手に入らない食料品だって、その手順をきっかり踏んでいる。多分、今の魔力で全部再構築されたのだろう。
「ただいま」
誰もいない家に挨拶をして、テーブルに二人分のイグリーを置いた。
髪の色に合わせてくれたのだろう。『Alto=Varel=Rainstar』と彫ってある方は紫色を基調に、『Alfred=Cris=Rainstar』と彫ってある方は青色を基調に作ってある。
アルトはアルフレッドのイグリーをそっと撫でた。
「……お前は、なにも遺してくれなかったな」
光の粒になって消えたアルフレッドには、遺品がなかった。彼の部屋を開ければ、何か見つかるかもしれないが、それはすべてそのままにしておきたかった。いつ彼が戻ってきても、すぐに部屋を使えるように。
イグリーをもう一度撫でる。
何度撫でても、アルフレッドが戻ってくるわけではない。分かってはいるが、彼の名前が彫ってあるというだけで、それは特別なものに感じられた。
「ア、ル……ぅ」
大粒の涙を流して、アルトはその場に座り込んだ。アルフレッドを喪ってしまった空虚さと、やっと泣けたという安堵感と、ごちゃごちゃした感情が一挙に押し寄せてきて、どうしようもなかった。
「なんで置いてくんだよぉ……。なんで黙ってたんだよぉ……。生まれ変わりなんていうものがあったら、会った瞬間に一発ぶん殴ってやるぅ……」
しゃくりあげて、独り泣く。
そんな中、後ろから誰かが彼のことを抱きしめた気がした。
「まったくもう。キミは本当に泣き虫さんだなぁ……」
その幻聴はアルフレッドの声に聞こえて、アルトはびっくりして固まった。
「……え?」
「やだな。僕の声、忘れちゃったの?」
抱きしめられた気がした身体を見る。細くて白い腕が後ろから回っている。
アルトは反射的にその場から離れ、間合いを取った。
そこには、まぎれもなくアルフレッドが座っていた。
「……ア、ル……?」
呼ばれて、彼は立ち上がる。そうして、少しだけ首をかしいで微笑んだ。
「ただいま」
「なん……で? どうして?」
眼を白黒させるアルトに、アルフレッドは一言。
「キミ、『楔』になったでしょ」
「え……? あ、なった。なりました……」
アルフレッドはうん、と頷いた。
「僕、キミと繋がっちゃってるから、自動的に『楔』にされたみたいなんだよね」
「……えっと?」
「あ、えっちなほうではなくてね? 一卵性の双子じゃん、僕たち。魂繋がってるんだってさー」
しばらく信じられない、といった顔をしていたアルトだったが、やがて意味が分かると、顔を嬉しそうに上気させて、アルフレッドの胸に飛び込んだ。
アルトは彼の胸に耳をつける。心臓はきちんと鼓動を打っている。
「生きてる……」
「まあ、生き返ったっていうのが正しいからねぇ」
「……生きてる」
「うん、まあね。そんなに何度も確認すること?」
「だって……」
アルトがアルフレッドを見上げた。涙が止まらない。今度は嬉し涙だとしても、泣き虫と言われたばかりだ。恥ずかしすぎる。
「アルフレッド」
「なに?」
「……オレ、一旦魔法使いじゃなくなった」
「うん、知ってる」
それを聞いて、アルトはアルフレッドの胸に顔をうずめて何かもごもごと喋った。聞き取れなくて、アルフレッドは「ん?」と訊き返す。
アルトが恥ずかしそうにもう一回言う。
「分かるようになった」
「……そっか」
弟の首に手を回し、ぐ、とアルトがつま先立ちをする。
「……愛してる」
アルトは顔を真っ赤にして、小さな声で言うと、アルフレッドに深く口づけた。
今度の彼の唇は、煙草の味ではなく、涙のような味がした。
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