【小説】オリジナル/ブルプリ/Stage09『決着』


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 明朝。
 武装もしないで小屋の前に立っていたアルトの前に、包帯の男が現れた。
「父さん」
 アルトが話しかけると、包帯男は、ニンマリと笑う。
「その紋様。魔弾は効いてるみたいだな」
 男は、息がかかりそうなくらいの至近距離に近づき、アルトのおとがいに手をかけた。
 アルトは目を潤ませて、熱い吐息を漏らす。それを見て、男は満足そうにした。
「相変わらず可愛い仕草しやがって」
 男に触れられたところが熱を持つ。
 ひどく昂揚している自分に気付きたくなかった。アルトが少しだけ顔を歪ませた。
 その様子に気付くこともなく、男はアルトそっくりの声で含み笑いをして訊いてくる。
「アルフレッドたちはどうした? お前を置いて逃げたのか?」
 男は慣れた手つきでアルトの服をはだけさせた。アルトは小さく震えて、されるがままにする。
 仕方ない。仕方ないんだ。
 アルトは自分に言い聞かせる。
 これは、自分の意志ではない。自分がしたいことじゃない。
「父さん……」
 悪くない。
 自分は悪くない。
 アルフレッドに対する裏切りでもない。
 これは。
 仕方がないこと。
「抱いて……」
 その言葉に興奮したのか、男は口づけてきた。
「ん、」
 不思議と嫌でもない自分がいて、その自分がひどく汚れている感じがした。
 汚れている……?
 ふと、疑問に思う。
 何を今更。
 そんなのは知っている。判っている。
 ならば、何をそんなに嫌がっているのか。
 利用してやればいい。すべて。
 アルトは彼にきつく抱きついて、男の舌が口内に侵入してくるのを受け入れた。
 瞬間。
 隠蔽魔法を使って隠れていたアルフレッドが、アルトの脚ごと、男の脚を切り払った。
 両脚がなくなったことでバランスを崩したアルトは、しかしそれを覚悟していたようで、男の身体を思いっきり突き飛ばす。
「ギャアアアアアッ!」
 男は絶叫してその場を転げ回った。
 アルフレッドは涙を拭いながら、男の腹を踏みつけた。ガボッと声を出して、男は転げ回るのをやめる。
「姫はどこだ?」
 高い声を低くして、アルフレッドは男に訊く。
「なんだ? リノエリアのこと追ってんのか?」
 チャキッ。
 アルフレッドはデスサイズの切っ先を男の首に押し当てた。
 切っ先を当てた部分の、男の白い包帯に血がかすかににじんだのを見て、アルフレッドはめまいを覚える。
 人間。
 こんな奴でも人間なんだ。
 血が通ってて、血液は赤くて、感情だって痛みだって感じる人間。
 ――そして、僕たちの父親。
 でも、認めない。
 お前だけは、許さない。
「お前が喋っていいのは二つだけだ。姫の行方と、アルトの淫紋の解き方。さあ、言え!」
「そんな風にしても、パパは殺せないだろ? なあ、アルフ――」
 男が名を言い切る前に、アルフレッドは彼の手の指を一本、反対方向に折る。絶叫が森にこだました。
 アルフレッドは、男の違う指に手を添える。男が小さく悲鳴を上げた。
「言わなければ、一本一本の指を反対に折ってやるよ」
 冷たい光を宿した金色の瞳は、汚いものを見る目で男を睨みつけていた。
 恐怖の色をにじませる男の瞳は、金色ではない。アルフレッドはそれを見て、この男に似なくてよかった、と心底思った。
「忘れるなよ。僕はお前に、何度もナイフを突き立てたんだ。お前なんか、殺そうと思えば殺せる。慈悲なんてない」
 口をしばらくもごもごさせた後、男は息せき切って話し出した。
「言う、言いますっ。リノエリアはアゼルマイン城だ! 俺の雇い主は皇王のランダリル三世だよ! 魔術銃と魔弾はランダリル三世が用意してくれたんだ! アルトの紋様はどうやって解くのか俺にゃわからねえ! これでいいだろ?!」
 アルフレッドは冷めた目をして、父を蹴る。
 それから、横で自らの治癒を試みていたアルトを抱き上げると、ゲートを開いた。
「ちょ、ちょっと待てよ! 俺は?!」
 助けろ。そういうことだろう。
 この森は魔獣は出ないが、猛獣はたくさんいる。血の匂いをさせていれば、きっと危ないだろう。
 仮にも自分たちの父親だ。脚を治してやってもいい。
 そんな風に一瞬思ったアルフレッドは、次の、男の言葉ですぐに考えを改めた。
「生きている価値のねえガキどもが! いいから早く治せって言ってんだよ!」
 この男は、僕たちの父親だ。
 それは間違いない。
 だが、人間として尊敬できる部分はない。有り体に言えばクズだ。
 助ける価値などない。
 アルフレッドはそちらを見ずに言い捨てる。
「知らないよ。勝手に野垂れ死んで」
 その言葉に、男は声を荒げた。
「この恩知らずども! 育てて貰った恩を忘れたのか!」
 はっ。
 アルフレッドが息を吐く。
「だから、情けでトドメは刺さないであげてるんだろ。あとはその、害虫並のしぶとさでなんとかしなよ」
 ゲートに入っていく瞬間、アルフレッドはもう一つだけ、と言い含める。
「僕だけのことを言わせてもらえば、育ててくれたのは、ママとアルトだ。間違ってもお前じゃない」
 その言葉は静かだったが、怒りに満ちていた。
 アルフレッドは、自分の腕の中でぐったりしているアルトに少しだけ頬を寄せた。
 仮にも父親である存在のあんな言葉、アルトに聞かせたくなかった。
 そう思って、ゲートをくぐる。
「ごめんね、アルト。また辛い思いさせたね」
 ゲートが完全に閉じる瞬間、双子は男の叫びを聞いた。
「覚えてやがれ――――ッ!」

 ********

「成功したか」
 双子の家に待機していたルアムは、双子がリビングに現れると、安堵の顔を見せた。
「自分ごと脚を切断しろとか、まともな思考じゃない」
「オレもそう思う。けど、やっぱあの男には効いたよ」
 アルトはアルフレッドの腕から離れて、ひょこひょこと歩き出した。両脚が痛むのだろう。
 ボトムの布は切れて、年端もいかない少年のような脚が見える。
 跡もなく、綺麗にくっついているようには見えるが、布の切れ方から察するに、脚は丸ごと吹っ飛ばしたのだろう。
 痛々しい。
 ルアムは顔をひきつらせた。
「お前、脚は大丈夫なのか?」
 ルアムの問いに、アルトはうん、と答える。
「オレの属性、水だから。回復は得意なんだ」
 そう言いながら歩くアルトに、アルフレッドが近づく。
「まだ歩いちゃダメ。痛いでしょ」
 そう言って自分を抱き上げようとする弟を避けるアルト。その瞳は、少し濁って影を落としていた。
「……アルト? なにかあったのか?」
 ルアムがアルトの肩に手を置いて、アルトと同じ視線まで腰を落とす。
 アルトはバツの悪い顔をしながら、別に……と言い、唇を拭った。
 途端、彼の大きな狐目から、ぼろっと大粒の涙がこぼれる。
 ルアムはぎょっとして、俯いたアルトを覗き込んだ。
「おいっ。別にじゃないだろっ」
 その言葉にアルトは、ぐすぐすと鼻を鳴らしながらルアムに抱きついた。ルアムが困惑しながら、アルトを抱きしめ返してアルフレッドを見る。
「なにかあったのか?」
 訊いたのはアルフレッドに、だったが、アルトがぐすぐす言いながら答える。
「キスされた」
「……はっ?」
 ルアムの腰のあたりに顔をうずめたまま、ぽつりぽつりとアルトが答える。
「オレ、最悪だ……。本当に、あの男に抱かれたいって思っちゃった……。囮のつもりだったのに……もう少しアルフレッドの攻撃が遅かったら、あの場で……」
 アルフレッドの顔色がさっと変わる。
 あれは演技じゃなかったのか。
 そう思うだけで辛かった。
 やっぱり、囮になんてしなければよかった。
 彼は複雑そうにすると、ルアムからアルトを引きはがして、強引に唇を奪った。それから、兄をぎゅっと抱きしめる。
「キミは悪くない。悪くなんて、ないから」
 ルアムはそれを見ながら、二人の分のお茶を用意して、さあ、と言い、二人の注意をこちらに向かせた。
「とにもかくにも、状況を聞こうか」

 ********

「なるほど、理解した。しかし……」
 ルアムは顎に手を当てて考え込む。
「アゼルマイン城か……。これはまた……」
 気難しそうな顔を歪めるルアムに、アルトが訊く。
「父さんの雇い主はランダリル三世だって言ってた。リノの父親か?」
 その問いに、ルアムがいや、と答えた。
「皇女殿下の弟君だ」
 想定外の答えに、双子が顔を見合わせる。
「嘘でしょ? ランダリル三世は皇王だってパパは……」
「もしかして、幼くして即位したとか、そういうアレか」
 いや。ルアムが答える。
「ランダリル様は23歳だよ」
「え、弟君でしょ?」
 アルフレッドの問いに、ルアムがああ、と答える。
「リノエリア様は25歳。見た目が幼いのは、アルトと同じなんだ。バヨナだよ」
 それはそうとして。
「私は、なぜお前たちとリノエリア様が一緒にいらっしゃったのか、そこから全然わからんのだが」
 ルアムのもっともな言葉に、アルトが答える。
「アイツ、魔獣に殺されそうになったオレを助けてくれたんだ。で、そのお礼に一緒に暮らしてただけで」
 しかし、それは余計混乱を招いただけだったようで、ルアムははあ?と訊き返してきた。
「助けてもらったから一緒に暮らすって、まったくもって意味が分からん。お前はアレか、竜宮城の亀か? だったら私も助けてやるから一緒に住め」
 思わずまくしたてるルアムにジトっとした視線を向けつつ、アルフレッドが言い返す。
「家に帰りたくないって、姫が言ったの。そのためには何でもするって。当時は家出少年かなとも思ったし、じゃあ、一緒に暮らすかってなったんだ」
 うーむ……。
 ルアムが眉をひそめながら、とりあえずは分かった、と頷いた。
「それはそうと、皇王にはお会いしないとならないだろう。アゼルマイン城にお戻りになったのなら、リノエリア様のことはともかくとして……。アルトの呪いを解く鍵は、皇王にあるのは確実だからな」
 その言葉に、双子は微妙な顔をした。
 アルトたちエジャン人の国『エジャール』と、リノエリアたちアゼル人の国『アゼルマイン』は長いこと戦争をしていた。
 優勢だった『アゼルマイン』から、何故か停戦申し出があり、一応の和平条約を結んだのは、双子が生まれる少し前だ。
 未だにエジャン人とアゼル人の仲は良好とは言えず、お互いの国に入ることはあまり良しとされていない。
 双子がマーキングしている場所も、エジャールか、エジャール近隣の共有森林区域だけだ。
「取り敢えず行くしかないのは分かってるけどさ」
 アルフレッドが頭を抱える。
「マーキングしてない土地には飛べないぞ。蒸気列車のチケットを取るにしても、まずは通行許可を取らないといけないし……」
 ルアムは、口々に言う双子をちらっと見たあと、一つだけ……とアルトに訊いた。
「アルト。私と初めて会った時のことを覚えているか?」
 不思議そうな顔をしたアルトが、上目遣いでルアムを見る。
 覚えているか、も何もない。
 この、変人極まりないアゼル人は、アルトを見るなりすごい勢いで抱きついてきたのだ。
 インパクトが強すぎて、忘れようはずがない。
「いきなり抱きついてきて、変な奴だなって思った」
 アルトの言葉に、ルアムはほんの一瞬戸惑ったあと、くすりと笑う。
「そうだな。変な奴だよ、私は」
 そう言いながら、ルアムは目を細めて、テーブルの上の本を撫でた。しばらく表紙を撫で、息を大きく吐くと、アルトにその本を渡す。
「これの印刷所前にマーキングしろ。そこはアゼルマインの城下町のはずだ」
 アルトは本を受け取り、まじまじとそれを見た。
 デザー・ミルフェの本。
 まだ読み終わってもいない新刊、しかも初版本だ。物質を触媒にして行うマーキングは、出来れば行いたくない。
 そして、気づいてしまった。
 いや、思い出した、のほうが正しい。
 この本は。
「……でも、この本は……」
「初版本が欲しいなら、後でくれてやる。優先順位を間違えるな」
 違うんだ。
 アルトが震える声で言う。
「この、本、は」
 ぎゅっと本を抱きしめるアルト。
「……気づかなきゃ……思い出さなきゃ、良かった」
 固く瞑った目から、ポロポロと雫が落ちる。
「なんで今更、こんなの書くのさ……。馬鹿、みたい……」
 ポロッと落ちた涙が、ハードカバーの、タイトルの辺りにかかる。
 箔押しのタイトルが、雫を受けて光っていた。


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