【小説】オリジナル/ブルプリ/Stage07『復讐』


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 アルトは夢を見ていた。
 大好きな人の帰りを、家事をしながら待っている。
 大好きな人というのが誰なのかはわからないし、アルトは家事をしたことがないはずなのだが、それはそれは幸せな夢だった。
 ガタン、とドアが開く音がする。見知らぬ家の間取りを把握しているアルトは、真っ直ぐに大好きな人を迎えに行った。
 そこにいたのは、包帯だらけのあの男。自分たちの父だと言っていた、あの。
「ただいま、アルト」
 ニヤリと笑う男。
「いい子にしてたか?」
 アルトは後ずさりした。
「今日も客が来るからな。ちゃんと『接客』するんだぞ?」
 その笑みで『接客』の意味は察した。
 身体を売れと。そういうことだ。
 違う。
 こんなことを言うコイツは、俺の好きな人なんかじゃない。
 イヤだ。

 イヤだ!

 目を開くと、そこはベッドルームだった。
「ゆ……め……」
 妙に現実味がある夢だった。
 淫紋の見せたものだと思いたかったが、それでも、リアルすぎて吐き気がした。
 ベッド脇の鏡で自分の身体を見る。
 紋様はかなり広がっていて、一部は顔を侵蝕していた。
 傷口の痛みよりも、駆け巡る快楽のほうが気になった。
 眠る前よりも幾分楽だが、少しずつ強まっていくのを感じて、両腕で、自分を庇うように抱きしめる。
(しっかり、しないと……)
 キッと前を向き、ベッドから降りたアルトは、服を着てリビングに向かった。
 服が肌に擦れる。それですら目眩がしそうなほどの甘い感覚を運んでくる。
 アルトは一歩一歩、なるべく刺激がないように足を進めていった。
 曲がればリビングに辿り着く、その曲がり角で、
(なにか話してる……?)
 アルフレッドとルアムの真剣な話し声に、アルトは思わず足を止めた。
「あれ以上、アルトとあの男を近づけるわけにはいかないだろう?」
 ルアムの声に、アルフレッドのものらしき大きなため息が聞こえた。
「アルトには、正しい過去を参照できないくらい、偽の記憶を大量に書き込んであるけど、僕には魔法の素質がないからね。今回の接触で正しい記憶に行き着いてしまうとも限らない。僕は、それが怖い」
(偽の……記憶?)
 出るタイミングを見失ったアルトはその場で立ち尽くし、話の続きを聞くしかなかった。
「お前とずっと仲良く過ごしていたことも、犬に吠えられて記憶が混乱したことも、嘘だなんて知ったら、アルトはお前のことを恨むのだろうか?」
「恨むだろうね。いや、恨まれてたよ。記憶が戻るたびに、あの子は僕のことを恨んだ。過去の僕はそれが怖くて、どうしようもなくて、逃げてばかりいた」
 ああ、そうだ。
 アルトは、少しずつ思い出していた。
 アルフレッドに無理矢理抱かれた夜のこと。
 それを見ていた父親に、身体を求められたこと。
 『客』を取らされて売っていたこと。
 アルフレッドを庇って父を刺したこと。
「でも、もう潮時かもね。ねえ、そうでしょ? アルト」
「!」
 いきなり名前を呼ばれて、アルトは固まった。
 しばらくしてそっとリビングに入ると、ひどく顔色の悪いアルフレッドと、呆気にとられたルアムがいた。
「アルフレッド……」
 アルトは弟の名前を呼ぶ。
「ゴメン。その声で、僕の名前を呼ばないでほしい。理由は、わかるよね?」
 父と似た声だからだ。アルトは胸を貫かれた思いがした。
 自分でもこの声が気持ち悪い。なぜ、あの男と似た声なんだろう。
「アルト。お前、いつからいたんだ」
 ルアムが複雑な顔をして疑問を投げた。それを、アルフレッドが代わりに答える。
「結構前からいたよね。それで、どう? やっぱり、思い出しちゃったかな?」
 ヤケになったのか、アルフレッドは恐ろしいほど優しいトーンで訊いてきた。
「ああ。思い出してきたよ」
 嘘は言えない。アルトは素直に答えた。
 普通に答えたはずなのに、その声は冷たくて、自分はなんて嫌なヤツなんだろう、と思わずにはいられなかった。
「……俺は、キミに裏切られた。好きだったのに。信じてたのに。キミだけだと思ってたのに」
 嫌なヤツだ。本当に、嫌なヤツだ。
 涙が溢れてくるのを止められないまま、アルトは続ける。
「キミ、知らないだろ? 俺が父さんに抱かれたのはあの夜だけじゃないって。村の男たちの慰み者になってたって。俺、父さんに言われて売ってたんだぜ。それで父さんの酒代や、生活費や、キミの学費を賄ってたんだよ」
 アルフレッドは驚いて立ち上がり、アルトの頬に触れた。
 涙で濡れた頬は紋様が走っていて、あの銃弾に込められていた魔術が、彼の身体を蝕んでいることを如実に物語っていた。
「ああ、あと教えてあげる。キミ、昔、俺に『キスだけは好きな人に』とか言ってたけど。キスなんて何度も父さんにされたし、村の男たちも、俺とのキス大好きだったから。キミ、ずーっと、全く意味のない我慢をしてたんだよ! あはははは、ざまあみろ!」
 アルフレッドがアルトから顔を背けた。それを、アルトが無理矢理視線を固定させる。
「俺のこと見ろよ」
 腹の底から出したような低い声で、アルトは憎悪を示した。
「好きなんだろ? 俺のこと。俺の信頼を裏切ってまでも、抱きたかったんだろ? なんなら今、身体貸してやろうか? 最高のおもてなししてやるよ」
 アルトは、弟の首に腕を回し、深く口づけた。アルフレッドはその兄の行動を反射的に拒絶する。
 突き飛ばされたアルトは、唇を拭いながら高らかに笑った。
 父を刺した夜の、あの笑いと同じ笑いだった。
「最っ高の気分だ! その顔! 俺はきっとその顔を見たかったんだ!」
 アルトは、もう一度アルフレッドに近づいた。アルフレッドの瞳が絶望の色に染まっているのを見て、満足そうに目を細める。
「大好きなお兄ちゃんが良い気分なんだぜ? 喜べよ」
「アルト……」
 アルトがシャトレイン・チェインに繋いでいる小柄を抜いた。
 そうして、アルフレッドの喉元に当てる。
「そもそも、お前がいなければ良かったんだ」
 低く囁くようなその言葉に、アルフレッドは表情を硬くした。
 けれど、アルフレッドにとって、その言葉はとても甘く聞こえた。
 そうだ。
 僕がいなければ、アルトはきっと学校に通えた。
 パパに暴行を受けずにすんだ。
 自分を売らなくてもすんだ。
 僕が、悪い。
 僕が、いなくなれば、いい。
 僕は、彼の足枷でしかなかったんだ。
「……いいよ。殺されても。キミにだったら、僕は……」
 全てアルトに返そう。
 学校に行かせてくれたこと。
 暴力を受けずにすんだ身体。
 不特定多数に汚されずにすんだ心。
 全部、彼に返して、僕の好きだったアルトに戻ってもらえれば、もうそれだけでいい。
 アルフレッドはゆっくりと目を閉じる。不思議と涙は出なくて、これで終われるという安堵感すらあった。

 ザクッ。

 音はしたのに、痛みは来なかった。アルフレッドが目を開けると、アルトの小柄は、彼自身の首に傷を負わせていた。
「アルト!」
 倒れ行くアルトに、アルフレッドとルアムが声をかける。
 アルトは苦しそうに息をしながら、アルフレッドの顔を見て、狂ったように笑う。
「お前を殺したって俺の気が済むわけないだろ。お前に絶望してもらいたいんだよ、俺は」
 ルアムの応急処置を拒否して、アルトは続ける。
「お前、自分が傷つくのは耐えられるけど、俺が死ぬのは耐えられないだろ? 俺が死ねば、俺はこの汚い身体とサヨナラできるだろ? 一石二鳥ってやつだよ」
 弱くなっていく笑い声。
 アルフレッドはアルトを抱き起こした。もう抵抗する力もないのか、アルトは何もしてこない。
 ルアムの処置を受け、アルトは焦点が合わない目でポツリと話し始める。
「あー……。俺、すごいヤなヤツ……。やっぱり、死んだほうが……いいよな……」
「アルト、喋るな」
 ルアムが注意するが、アルトは続ける。
「アルフレッド……。ゴメン……。ほん、と、は……」
「喋るな、傷に障る」
 ルアムの警告を聞かず、アルトは喋り続けた。
「だい、すき……だった……、よ」
 アルフレッドが抱えていた身体が、一気に重くなった。
「アルト! アルト! アルトっ!」
 兄の名を呼ぶアルフレッドを、ルアムが制する。
「大丈夫。気を失っただけだ」
 その言葉に安堵はするものの、アルフレッドは複雑だった。
 アルトは自分のせいで父に犯され、村の男たちに買われたのだ。
 恨んで当然だ。
 なのに、気絶する直前、大好きだったなどと言う。
 この、心臓を掴まれたかのような感情を与えるのも、アルトの復讐のうちなのだろうか。
 それとも。
「手当てが終わったぞ。もう一度寝かしに行け。それで、ついていてやれ」
 ルアムはそう言って、二人から距離を取った。
「……ルアムは?」
「私はここでお茶でも飲んでるよ。アルトの眼中に私はいないことがハッキリしたしな。諦めるつもりはないが、今は譲る」
 アルフレッドは小さく、ありがとうと言って、アルトをベッドルームに運んだ。


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