【小説】オリジナル/ブルプリ/Stage06『過去』


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 それは双子の幼少期に遡る。
 母親が、流行病で死んだ。
 葬儀のことはおろか、母親のことですらよく覚えていない。その頃の双子はいろんなことを理解するには幼すぎたのだろう。
 ただ、太陽が消えたような、ひどい喪失感を味わったのは覚えている。
 喪失感を覚えたのは父親もなのだろう。それからというもの、父親は変わってしまった。
 浴びるように酒を飲み、双子に冷たく当たり、暴言を吐き、暴力をふるう。そんな父親が、アルフレッドは心底嫌いだった。
 父親が特に辛く当たったのはアルトにだった。
 まるで不幸になってくれと望んでいるかのような振る舞いは、アルトの性格を内向的に変えていった。
 アルフレッドは父親を上手くいなし、暴言や暴力をそれほど受けずに済んだが、父親の影に怯え、アルトと抱き合い、怯えながら眠った数々の夜を忘れたことはない。
 やがて双子は就学する歳になったが、父親の酒代で生活費は圧迫され、双子は学業を諦めざるを得なかった。
 そこで提案したのがアルトだった。
「オレが家のことを全部やるよ。これ以上父さんを困らせないし、オレはなんでも言うことを聞く。だから、お願いします。アルフレッドだけは学校に行かせてやってほしいんだ」
 説得の甲斐あって、アルフレッドは数年遅れで学校に入学した。
 アルフレッドは、そんなふうにしてくれたアルトに、いつしか惹かれるようになった。
 そんなとき、アルフレッドはひょんなことから、父親がアルトを抱こうと狙っていることを知った。焦ったアルフレッドは、アルトを無理矢理押し倒した。
 忘れもしない、アルトの絶望の顔。シーツに染み付いた血の跡。絞り出すように最後に言われたあの言葉。
「アルフレッドのことだけは……、信じてたのに……」
 得たものは、アルトからの軽蔑。憎悪。怨嗟。
 生きていてもしょうがない。
 自分はアルトを汚してしまったし、もう二度と、アルトに愛されることなんかない。
 そんなふうに思っていたアルフレッドだったが、死のうと思って入った森のなかで、チャクトワーフトに出会い、契約することにした。

『アルトに永遠に愛されたい』

 その思いで魔獣狩りを続けたある日。
 日が落ちてから家に帰ったアルフレッドは、アルトが父親に抱かれているのを見た。
 激昂したアルフレッドは、ナイフを持って父親に襲いかかった。
 子供のアルフレッドが力で適うわけもなく、ナイフはすぐに奪われ、何度も何度も殴られた。
「やめろォ!」
 アルトの声と同時に、父親は崩れ落ちた。
 父親の背中には深々と刺さったナイフ。そして、血塗れのアルト。
 そう。助けてくれたのは、誰でもないアルトだった。
 なぜアルトが助けてくれたのかはわからない。今のアルトにはその記憶がないから、真相を知るものはいない。だが、これだけは覚えている。
「アルフレッド……。オレ、人を……殺した……。殺し、ちゃった……」
 綺麗で大きな狐目から涙をこぼした、アルトの表情。
 もうどうしようもなくて、ただ笑うしかなかったアルトの奇妙な笑い声。
 救ってあげたい。
 ただそれだけを思い、アルフレッドの出した答えは、
「一緒に旅に出よう。記憶を消して、全部やり直そう。二人の関係も、この夜も、全部全部リセットするんだ」
 アルトの記憶を、人格を、すべてリセットすることだった。
 全てをリセットするだけの魔法は、アルフレッドにもできるくらい簡単なものだった。
 アルフレッドは術式を終え、倒れ込んだアルトをそっと寝かせ、
「死ねっ」
 父親の骸をナイフで突き刺した。
 恨みを、憎しみを、ありったけ込めて、もう動かない父親に何度も何度もナイフを突き立てる。
 それは、狂気に満ちていたが、アルフレッドにとっては必要な儀式だった。
「死ね。死ね。死ね。死ねっ」
 さよなら、大嫌いなパパ。
 アルトは大切に育てます。
 もう二度と不幸にはしないって誓います。
 僕はお前とは違うから。
 だから、
「死ねっ!」
 そうして、必要なものを持ち、アルトを連れ出すと、家に火をつけた。

 ********

 長い旅の始まりだった。
 記憶も人格もリセットしたアルトは赤ん坊のようになり、一日中ぼうっとしては喃語を喋るだけになった。
 辛くなかったなどとは言わない。確かに辛かった。
 頼る人がいない。
 話す相手すらいない。
 それは確実に、アルフレッドの精神を削っていった。
 だが、同時に幸せだった。
 自分を拒絶しないアルトがそばにいてくれる。
 自分たちを脅かす父親もいない。
 それはアルフレッドにとって新鮮で、何事にも代えがたいものだった。
 途中、アルトは何度も記憶を取り戻した。
 そのたびにリセットし、家を引き払い、放浪することを繰り返した。
 アルフレッドの魔法の素質があまりに低いこととも関係するのかもしれないが、やがて、魔法でも記憶をリセットしづらくなった。
 彼は仕方なく、嘘の記憶を大量に書き込む手段に出た。
 参照する記憶が膨大ならば、アルトはあの夜のことも、自分に汚されたことも思い出せない。そう思ったからだ。
 予想は当たった。
 アルトは記憶が曖昧になり、あの夜のことやアルフレッドにされたことを思い出すことはなくなった。
 ただし、アルトの性格は大きく変わってしまった。
 大雑把でガサツ。何を考えているか、さっぱり読めない仏頂面。
 しかし、そんなアルトは、アルフレッドのことを好いてくれるようになった。
 嬉しい反面複雑で、神様が本当にいるなら、何故こんな仕打ちをするのだろう、と思った。
 前の、僕の好きなアルトと、彼は違う。
 アルフレッドはそう思い、それからというもの、アルトのことを『くん』とつけて呼ぶことにした。
 それは、自分の心を守るための、精一杯の対策だった。
 その後も、アルフレッドには嬉しくない事件が起こる。
 それは、唐突だった。
「アルフレッド」
 後ろから手で目隠しをされ、呼ばれたアルフレッドは、その声に慄いた。
 大嫌いな、死んだはずの父親の声。
 恐怖のあまり、呼吸を乱して振り向くと、そこにはアルトがいた。
「あれ? どうしたんだその顔」
 アルフレッドは泣きそうな顔で、やっとの思いでこう口にした。
「ホントは、その名前嫌いなんだ。アル、て呼んで?」
 名前が好きではないことは本当だ。
 アルフレッドという名前は父親がつけている。それだけで、嫌いになるには充分だ。
 ただ、彼らの風習では、ファーストネームを呼ばせるのは愛情表現だった。ミドルネームは家族用。
 アルフレッドにとって、アルトは家族ではなく、愛する人だ。ミドルネームは呼ばせたくなかった。それが、母親のつけてくれた名前だと知っていても。
 だから、ファーストネームの愛称で呼んでもらうことにしたのだ。
 それが苦肉の策だとは自分でもわかっていたが、それでも。
「ん、わかった」
 神様なんていない。いるんだとしたら、なんでこんな仕打ちばかりするんだ。

 声変わりしたアルトの声が、なんであんなにパパの声にそっくりなんだ!

 その事件からしばらくして、アルフレッドは床に伏した。
 アルフレッドは知らなかったが、チャクトワーフトとの契約には媒体が必要だ。
 アルフレッドの場合、使われたのは『この世界との適合』という事実。
 世界の異質物となってしまったアルフレッドは、緩やかに世界から拒絶されていき、身体が朽ちる寸前までになっていたのだ。
 床に伏したアルフレッドの手を握ったアルトは、必死の形相で叫んだ。
「俺を置いていくな! 俺を一人にするな! 愛してるなんて言っておいて、一人満足して去っていくなんてこと、絶対に許さない!」
 アルトの願いを嗅ぎつけたチャクトワーフトはアルトと契約し、彼も魔法使いになった。
 彼の願いは、

『アルフレッドが永遠に自分のそばにいるように』

 そうして、アルトは『アルフレッドを拒絶しない世界』として、ビオトープを作り出したのだ。
 それが、二年前の話である。


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