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アルトが気がつくと、そこは寝室だった。日も落ち、ランプの中の魔宝石が光っている。
ここは多分、ルアムの寝室だ。アルトは記憶を整理する。
アルフレッドは無事だろうか。
アルトが起き上がろうとすると、気づいたルアムが止めに入る。
「やめておけ。痛むだろう?」
「俺……どうして」
ふう。ルアムが大きく息を吐いた。
「おい、アルフレッド。アルトが目を覚ましたぞ」
暗闇の方に声をかけるルアム。アルフレッドはそこで、背を丸めて座り込み、ガリガリと爪を噛んでは何かを呟いていた。爪どころか、頬なども赤くかぶれていて、ボロボロになっている。
「ずっとああなんだ」
ルアムは申し訳なさそうにアルトに言う。
アルトは弟に気の毒そうな視線を投げる。
アルフレッドの肌がかぶれているのは、この世界に長くいたからだ。早くビオトープに連れて帰らないと大変なことになる。
「『副作用』も出てるな。一度、ビオトープに連れて帰らないと」
再び起き上がろうとするアルトを、ルアムは覆いかぶさるようにして止めた。
「せめて、今日くらいはゆっくりしていろ。私が邪魔なら席を外すから」
「ん、ありがとう。でも、駄目なんだ。アルフレッドの身体が心配だし。リノのことも気になるし、この傷ならなんとか大丈夫そうだから、体制を立て直すために一旦ビオトープに帰りたい。駄目か?」
「だが……」
ルアムが言いかけるが、アルトがそれを遮った。
「なによりも、あの男はきっとまた帰ってくる。ここは危険なんだ。頼むよ」
こう言ったら、聞かないだろう。観念したルアムが息を吐いた。
「しょうがないな。私は森を抜ければいい話だが、お前のことが心配だから、私もついていく。構わないな?」
「俺は構わないよ」
重く痛む身体を起こし、アルトはアルフレッドに近づいた。
「アル」
アルトが声をかけると、アルフレッドは大きく驚いてアルトを見る。
「え、あ、アルト……、くん」
「一旦ビオトープに帰ろう。お前、『副作用』出てる」
そう言われて、アルフレッドは自分の頬がボロボロになっていることに気づいたようで、庇うように手で触れた。
しかし。
「帰れない。僕は、あの男を追う」
アルトが眉をひそめる。
「追うって……。無理だ、やめてくれ」
兄が止めようとしても、アルフレッドは揺るがなかった。武装呪文を唱え、デスサイズを持ってゆらりと立ち上がる。アルトはその弟を、今度はすがるようにして止めた。
「俺もリノのこと気になるけど、手掛かりがなければ今は無理だ。俺もお前もボロボロだし、ここにいるのは危険なのはわかるよな? ビオトープに……」
「うるさい! その声で喋るな!」
アルフレッドは叫んだあと、ハッとして顔を歪めた。そして俯き、小さくごめん、と呟く。それは消えそうな声だった。
「さっきから聞いてれば……。アルフレッド、お前はアルトのこと全然わかってない」
近づいてきたルアムが、アルフレッドを叱責する。
「アルトはお前のことが心配なんだ。今、あの男を追えば、お前は無事じゃすまないよ。精神的にも不安定なお前が、いつもどおり戦えるはずなどないからな。アルトはそれをわかってて、体制を立て直そうと言ってるんだ。それなのに、お前は自分のことしか考えてないんだな」
「……だけど!」
「だけどもなにもあるか。一旦ビオトープに行くぞ。あの男は多分またここに戻ってくる。それが早かったら、私達は全滅だ」
その言葉に、アルフレッドは唇を噛んで下を向く。しばらくはそのままそうしていたが、涙目で前を向くと、ビオトープへのゲートを貼り、一人でさっさとビオトープに入っていった。
「全く……」
ルアムの言葉に、アルトがゴメンな、と呟く。
「俺がしっかりしてないのに、アイツ末っ子気質なんだ。許してくれとは言わないし、わかってくれとも言わないけど、嫌わないでやってほしい」
「愛しのアルトのお願いだ。聞いてあげよう」
そんなやり取りをして、二人はゲートをくぐる。
先に家に入っていったアルフレッドを追って、アルトとルアムは家に足を踏み入れた。その途端、アルトが倒れ込む。
「アルトっ!」
ルアムの叫び声に、アルフレッドがハッとして駆け寄ってきた。弟はしゃがみ込み、アルトを抱き起こす。
「ぁ、」
苦しそうに呻くアルトは、何故か服を脱ごうとしていた。傷が開いたのかもしれないと思ったルアムは、明かりをつけてアルトの服を開く。
「術式……!」
アルトの身体には、銃創を起点として紅い紋様が走っていた。術式だということは門外漢のルアムにもわかるが、なんの術式なのかまではわからない。
「アルフレッド、これは?」
ルアムがアルフレッドの顔を見ると、彼は見たことのない形相でアルトの身体を睨んでいた。
ガッッ。
アルフレッドが力いっぱい床を殴る。元々ボロボロだった手の甲は、切れて血が滲んでいた。
「いわゆる淫紋だよ……。あの男、僕たちを殺したあとアルトで遊ぶつもりだ」
吐き捨てるように言って、アルフレッドはアルトをギュッと抱きしめた。
「ゴメンねアルト……。辛いよね……」
アルフレッドがアルトを抱き上げる。そうして、ルアムに背を向けた。
「ゴメン、ルアム。お茶出すから、しばらくリビングにいて」
ルアムは息を吐いた。
何もできない。
この二人の間に入ることすら、自分には許されない。
そんな自分が価値のないものに思えた。
********
荒い息は聞いているだけで辛い。
そんなことを思いながら、アルフレッドは、ベッドに横たわらせたアルトに口づけた。
「ア、ル……」
暗闇で見るアルトの目は潤んでいて、普段ならキレイだと褒めるのだろう……とアルフレッドは思う。今はただただ辛くて、そんな言葉をかける余裕もない。
「俺……どうなるのかな……」
服を脱がされながらアルトは問う。気絶しそうなほどの淫らな感情は、彼に不安しかもたらしていなかった。
「この術式は、特定の人物の精を摂取すれば一定時間楽になるように書いてある。僕のでも少しは効果があるはずだ」
できるだけ冷静に、不安を与えないように。アルフレッドは声を低くして喋った。
「パパ、って言ってたよな。アイツ」
嬌声を殺しながら、アルトが言う。
「俺たちの父さんって、火事で死んだってお前から聞いたけど」
アルトには昔の記憶がない。二年ほど前、突然吠えた犬に驚いて階段から落ちたのがきっかけで、記憶が飛んでしまったのだ。
記憶が混乱していることにさして不自由もしていない為、そんなことはすっかり忘れていたが……
「生きて、たんだな」
「今はそんなことどうでもいい」
アルフレッドは冷静に……というより、冷たく言って、アルトに挿入した。
「は、っ……」
気が狂いそうだ。アルトは思う。愛されている最中なのに、足りない。中に目一杯注いでほしい。そうして、とろとろになった奥を、気絶しても攻め続けてほしい。
想像しただけで、身体は歓びに震えた。胸の尖りはピンと勃ち、自身は熱を持って痛いくらいに張りつめる。アルフレッドのものを咥え込んだ後孔は噛みちぎらんばかりに彼を味わっているのがわかる。
「中で、出して……。いっぱい注いで……、溢れるまで……。俺が気絶しても……やめちゃ、イヤだ……」
こんなことを思うなんて、ましてや、声に出してしまったなんて、なんて自分は淫らでだらしなくてみっともないのだろう。
アルトはギュッと目を瞑って、アルフレッドにしがみついた。閉じた目からはポロポロと涙が流れ、罪悪感と恥ずかしさで胸がいっぱいだった。
アルフレッドはそんなアルトを見て、辛いよりも、自分の欲望が上回ったのを感じた。こんな状態なのにとも思ったが、抗えず、アルトの最奥で精を放ち、抽挿を続ける。
「あっ……。ああッ……」
こんなに悲しい繋がり方なんてない。
二人は共に思ったが、お互い、止められない自分に嫌悪した。
********
一時間ほどして、リビングに現れたアルフレッドを見て、ルアムはなんと声をかけていいか迷った。
目は赤く、涙の跡もある。表情だって暗い。
そんなのを見たら、誰だってかけるべき言葉を見失うだろう。
「……アルトは?」
やっとのことでそう言うルアムに、
「眠った。疲れたんだろうね」
アルフレッドは冷水を飲みながら答えた。
「……お茶、飲んでないじゃない」
「すまないな。なんとなく、頂く気になれなかったんだ」
ルアムは、テーブルに置いてあるデザー・ミルフェの本を見て、複雑そうな顔をした。表紙を撫でながら、アルフレッドに問う。
「これ、新刊だな。お前、デザー・ミルフェ好きなのか?」
「それはアルトのだよ。僕はデザー・ミルフェに興味ない」
そうか。
ルアムはますます複雑そうに眉間にシワを寄せた。
「このシリーズ、デザー・ミルフェの著作ではあまり人気がないやつだが」
「そんなのは知らないけど。アルトの部屋にはデザー・ミルフェの本だいたい揃ってるみたいだよ」
しばらくの沈黙の後、ルアムはポツリと呟いた。
「デザー・ミルフェが羨ましい」
「だよね」
アルフレッドは同意して、ルアムの向かいに座った。
「夜が明けたら、僕はキミの小屋に戻ってアイツを迎え撃つ。アルトのこと、頼むね」
「お前、まだそんなことを……」
ルアムは言いかけてやめた。その代わり、いくつか疑問に思っていることを訊くことにする。
「……アルトの容態はどうだ?」
「思ったより悪いよ。抱いてる間も術式が拡がり続けてた。趣味の悪いことに、正気を失わないで劣情を催すように書かれてるしね」
アルフレッドはテーブルの上で組んだ拳をじっと見て続ける。
「楽にしてあげるにはあの男の精が必要だけど、それも一定時間しか効かない。僕のでも少しはごまかせるけど、効果は薄そうだ」
「あの男は何者なんだ? お前たちの父親は……」
ルアムの問いに、アルフレッドは抑揚のない声で言った。
「うん。僕と……アルトが殺したはずなんだ」
組んでいたアルフレッドの手は、細かく震えていた。
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