+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+
+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+
最近。
アルトが、僕の作った食事を食べない。
「……まずい?」
「……おいしくは、ないかな」
兄は、僕よりも身体がかなり小さくて、細い。
このまま食べなかったら。
考えただけで、ぞっとする。
「お腹……すかないの?」
恐る恐る、聞いてみた。
「ううん、すくよ」
その答えに少しほっとする。
でも、ピンチなのには変わりない。
「……食べたいものある? キミが望むものなら、なんでも」
言いかけたところで、アルトは映写箱(TV)を指さした。
「あれ……たべたいな」
映写箱のなかの番組は、どうやら食べ物のことをやっているらしい。芸能人が美味しそうになにかを食べていた。
「……えっと、アレはなに?」
逆に聞いてしまって、なんだか間抜けな感じになってしまった。
けれど、普段魔獣狩りばかりしていて流行に疎い僕には、その食べ物がなんだか、皆目見当もつかなかったのだ。
「『カレー』て、いうらしいよ。アゼルマインのほうから、つたわったんだって」
……作り方なんてわからないな。
「分かった。食べに行こう」
言うと、アルトは心底嬉しそうに微笑んだ。
**********
『カレー』なるものは、今ブームで、そこかしこでやっているらしい。
僕は『この記憶では初めて外に出るアルト』を連れて、住んでいるアパートの近くにあったカフェテラスに入った。
兄は物珍しそうにキョトキョト見回す。可愛くはあるけれど、余計な知識を仕入れないか心配で、僕は気が気じゃない。
「珍しい?」
笑みを絶やすまいと努力して、彼に話しかける。
「ん」
短い返事をして、彼は水を飲んだ。
「!」
小さい声を上げ、アルトはそのまま、水を一気に飲み干した。
「これ、おいしいっ。レモン、はいってる」
彼はキラキラした目で、はぁ、とため息をつく。
「おかわり、できないかな……。もっとのみたい……」
ああ、この子は『まだこういうことを知らない』んだな、と思い、テーブルのポットから水をついで、渡してあげた。
「こういうところのお水は、料金内だから、好きなだけ飲んでいいよ」
コクコク。
頷いて、水を嬉しそうに飲むアルト。
「お待たせいたしました。カレーライスです」
ウェイターがカレーを二つ持ってくる。
独特の匂いと、色。
茶色というか、黄土色というか……。なに入ってるんだろ、これ。
本当に美味しいのかな、これ。
いや、匂いはかなりお腹に直撃する匂いではあるんだけど、しかし……
「なに入ってるんだ……。具は……あるのかな……」
いっしょに運んでこられたスプーンで、中をかき混ぜる。
赤い……のは、ニンジンか。
白いのは……ジャガイモ。
そして、肉。多分、見た目からするに、豚だ。
それらが、茶色のソースの中に埋まっている。
茶色のソースは、スパイスをふんだんに使っているのだろう。刺激的な匂いでお腹がすき過ぎて、空腹の身には辛いくらいだ。なんて贅沢。さすが、アゼルマインは飽食の国。やることのスケールが違う。
僕は意を決してソースをすくった。ドロリ、としたソースだ。
これを、横に添えてあるライスと食べるのか?
うーん、意味不明。
「たべないの?」
様子を見ていたアルトが、きょとっとした目でこちらを見つめる。
……っていうか、アルトの口、カレーのソースでべたべただ。食べたのそれ?
ねぇ。その勇気、僕に分けてほしいんだけど!
「これ、からいけど、すっごいおいしい!」
か、辛いの?
ますます意味不明。
こんなのライスに合うわけない! なにこれなんでこんなの食べれるの!
カルチャーショックにくらくらしている前で、アルトはどんどん食べ進んでいく。
「おいしいっ。オレ、これすごいすき」
えー……。アルトがそこまで言うんだったら。
「いただきます……っ」
僕はカレーライスをひとさじ、口に放り込んだ。
「!」
ふわっと広がる重厚な香り。
ピリッとした辛さで舌が刺激された後に、何層もの旨味が口の中に広がっていく。
こんなモタッとしたソースに、ライスが合うわけないと思っていたけど、それは間違いだった。ライスの甘みを包み込むような辛みのあるソースが、本当に相性抜群。
僕は思わず、がつがつと食べ進んだ。
「ね?」
アルトの皿はすでにからっぽで、彼は口を拭きながら僕に確かめるように訊いた。
「確かに……!」
「あ、アルフレッド。うごかないで」
アルトがそう言って席を立ちあがり、僕の顔に顔を近づけた。
そして……
彼の舌が、僕の唇をかすめる。
「っ?!」
ガタタンッ。
僕は思わず席を立った。
声が出ず、口をパクパクするだけの僕に、
「……ダメだった?」
と、アルトが悲しがる。
「……キスは……ダメだよ……」
「キスじゃない、もん。カレーついてたから……」
「とにかく、ダメだ。次やったら、二度と外には出さない」
僕は改めて座りながら、アルトから視線をそらす。
「なんで……。オレ、アルフレッドのこと、すきだよ」
「……それは、僕以外の人間を知らないからだよ」
アルトはいずれ、僕以外を好きになる。
父や僕が、アルトを穢したから。
せめて、キスだけは、守り続けて欲しいんだ。
大切な人に、あげれるように。
さっきは感じなかった、カレーの苦みが、僕の中に残る。
キミのためなら耐えよう。どんなことだって。
それが、キミへの償い。
+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+
- 【Blog】劇場版プリズマイリヤ『雪下の誓い』見に行きました。
- 【小説】オリジナル/こみらび/そして、きょうへと続く道